- 2016年01月26日 09:45
なぜこの人には話したくなるのか 「聞き上手」の流儀 相手の心を動かし本音を引き出す 作家・吉永みち子流「コミュニケーションの極意」
大宅壮一ノンフィクション賞受賞作『気がつけば騎手の女房』をはじめ数々の人物ノンフィクションを上梓、インタビューの名手として知られる作家・吉永みち子氏の、相手の心をつかむ、動かす、本音を引き出す「コミュニケーションの極意」とは。
どこで口火をきるか
インタビューで出会うのは、職業もその背景も実に多様な人たちです。どういう答えが返ってくるかわからないし、その答えが想像と違っていても、受け止めて返していかなければならない。話を聞きながら次はどうしようかと常に考えていなければならないんですね。何を聞こうかとあらかじめ構成を立てていると、そこから話がそれたときに途方にくれる。流れが崩れるから再構築しなければならない。取材はなかなか予想どおりにはいってくれないものです。
でも、生身の人間同士が向き合うのですから、そんなに予想通りにいったら逆に気持ちが悪い。相手側から事前に質問事項を提出するように求められることもありますが、当たり障りのないものを出しておいて、現場では全く別のアプローチをすることが多いですね。
吉永みち子氏(写真:岡本隆史)
最も気を遣うのは、最初の一言をどこから入るかということ。コートを着ている人にはとりあえず脱いでもらわなければならないわけですから、出会い頭の一言というのは質問とはまた違って、どこで口火をきったらその人に一歩近づけるかという感触を得るためのもの。なるべく早い時点で相手がこちらを向いてくれないと、経歴をなぞっているだけでインタビュー時間が終わってしまいます。この人の場合ここから入るとそっぽを向かれそうだとか、とりあえず気持ちをほぐしてもらうにはどうするかとか、原稿とは全く関係のない部分ではあるけれど、そこが重要でいちばん時間をかけてぎりぎり取材直前まで考えることかもしれません。
気持ちが切り替わる瞬間をとらえる
たとえばある分野の専門家などで、こちらが門外漢だからなのか、取りつく島もないような人とか、質問に対して単語でしか答えないぶっきらぼうな人もいます。そんな人が、何かが「落ちた」ように途中でふっと気持ちが切り替わる瞬間があるんですね。その手ごたえを感じた瞬間を逃さずにとらえて、そこから一気に走り出すわけです。そういうチャンスがなるべく早いタイミングでやってくればありがたいけれど、そうではないときには次の手をどう繰り出すか、頭の中は高速回転です。
逆に、こちらが思っていた以上のことを思いがけず相手が話してくれることもあって、そんなときには配慮が必要になります。気持ちを許して話してくれたこと、互いの信頼関係の中で出てきた言葉を喜び勇んで原稿で使ってしまうと、インパクトはあるけれどちょっとルール違反という気もするわけです。同じ言葉を使わなくても、そのときの気持ちがどうだったのかということさえわかれば、いくらでも表現はできるものです。言葉が強すぎると誤解を招くこともあるので、その点は人を描くときには気を遣いますね。
相手が打ち返せる球を投げる
大学卒業後に就職したのは競馬専門紙の会社。男ばかりの職場です。初出勤の日くらいはスカートをはいて行くよう母に言われたのでそうしたら、編集部のある2階への階段がはしごのような横板のない階段。スカート姿で上がっていったら、「おねえちゃん」と呼ぶ声が聞こえた。立ち止まったら、はしごの下に印刷工の方たちがいっぱいいたんですね。これが駅の階段なら「痴漢!」と叫ぶところですが、この人たちは職場の同僚です。どう対応したらいいか一瞬戸惑いましたが、これ以上の被害拡大はないだろうと思って、とっさに「タダで見ようと思うんじゃないよ!」と。
どうしてそんなことを言ったかというと、向こうが反論しやすいと思ったからです。するとその人たちは「怖いねえちゃんだよな」「金まで払ってだれが見るかよ」などと言いながらさっと離れていった。そういう反応ができるように、相手が打ち返しやすい球を投げるということです。「キャー!」と叫んで逃げると自分はずっと被害者で、毎日顔を合わせる同僚たちに対してストレスを抱え続けることになる。それは避けたいことですよね。言葉は微妙なもので、一方的に投げつけるだけでは相手に届かない。こう言ったら相手はどう受け取るか、ここまでなら言っていいのかどうかを考えないと失敗しますね。
こんな話を聞きました。大草原でトイレがないときに、女の場合どうやって用を足すか。後ろ向きになるから男は見るのであって、向かい合えば絶対に見ない。そういうものですよね。それと同じことを男性だけの職場で実践してきたように思います。必死でやっているうちに、その場その場でとっさに対応できるアドリブ力が鍛え上げられたのかもしれません。
対立構造を変える
競馬専門紙の記者をやめてフリーで受けた初めての競馬関係以外の仕事は、企業トップのインタビューでした。相手は大手ビール会社の社長で、編集者とカメラマンの3人で取材に行ったら、広報担当や秘書や10人くらいのギャラリーがいて、なんだこれは? と思いましたね。集中できないから「消えてもらって」と編集担当に言ったんです。向こうはもめていたけれど、結局は退室してもらいました。
社長は「競馬記者が何しに来た」という感じで、開口一番「私はばくちのようなギャンブルは大嫌いです。社員にも禁止している」と牽制してきたんですね。「企業のトップは常に決断を迫られる立場なんだから、毎日がばくちのようなものだと思っていました。賭ける必要がない企業というのはこの先、生き残っていけるんですかね」と返したら、社長は黙ってしまいましたが、納得していないようでした。
(写真:岡本隆史)
相手と話が合わないからといっていつまでも対立構造を続けていても仕方がないので、別の方向からアプローチしようと、ふと「犬は飼っていますか」と訊ねたんです。すると社長は犬を飼っていて、しかも会社と関係のある名前をつけていた。なぜそこまで会社に忠誠心をもっているのかと、そこからさらに聞いていくと、その人のこれまでの企業人としての人生が見えてきて、どれだけ会社に恩義を感じているか共感できたんですね。
そのインタビューをきっかけに、今度は逆にその社長がするインタビューにゲストとして呼ばれたり、請われて社長を競馬場に案内したりという関係になりました。
自分が変われば相手も変わる
子どものころは体が弱くて、この子は育たないんじゃないかと近所の人から言われていたようです。父母は高齢だったので何を話していいかわからず、しゃべる相手がいませんでした。3日に一度は学校を休んでいましたが、家にいると1日何もしゃべらずにじっとしている。すると頭の中でぐじぐじと考える子どもになって、そんな子は学校でみんなに嫌われていじめられるんですね。
このままだと自分の人生どうなってしまうんだろうと子どもながらに思っていたら、小学校3年のときに引っ越して転校することになったんです。弱い子、おどおどしている子という周りの評価を突き破るのは大変だけれど、それなら新天地でこれを機に自分を変えようと決めました。どん底というのは案外いいもので、それ以上沈むことはないですから。
転校するまでの半年間は、自分とは正反対の元気な子の行動を観察して、自分もこんなふうにしようと予行練習までしました。失敗は許されないから綿密に。真剣でした。転校してみると、われながら元気な子の振る舞いがうまくいって、生活そのものがガラリと変わりました。家にこもる生活から抜け出して外で遊ぶようになり、遊ぶとお腹がすくからご飯も食べられるようになる。そんな自分にだんだん慣れてきて、本当にすっかり元気な子になりました。このことで気がついたのは、悪いのは周りじゃないんだ、自分が変わると周りも変わる、ということ。
マイナスのカードの裏はプラス
インタビューする相手は、功成り名を遂げた人も多く、輝かしい世界で成功している人に見えるかもしれません。でも、みんなが順風満帆というわけではなく、見えない部分に傷をもっていたり悲しみを抱えていたり、吹っ切れない部分をもっていたりします。有名な女優であれ世界的なアーティストであれ、だれひとりとしてこの人は特別だと思ったことはありません。彼ら彼女たちを光らせているのは恵まれた境遇や才能ではなく、乗り越えてきたもの、試練やつらい出来事といったもので、それを乗り越えたからこそ大きな力を発揮できている、それらが今を輝かせるもとになっているんだろうなと思いますね。
運が悪いとか恵まれていないことを、持っているとかいないとか、そんな言葉で表現する人もいますが、「持っていない」と言ってしまうとそれで終わりです。世の中、「持っている」人ばかりじゃない。「持っていないんですよね」と言わないことが、生きてく力になるのではないでしょうか。
ある脚本家の方の言葉ですが、プラスのカードの裏は必ずマイナスで、そのマイナスのカードの裏にあるプラスが人を助けるんだ、と聞いたことがあります。自分に照らして考えてみても、マイナスだと思っていたことが、時が経つと全部力に変わっていた。もし何の苦労もないお嬢様として暮らしていたら、その後ものすごく生きていくのがしんどかったかもしれないし、社会に出てからいじめにあって対応するすべもなく引きこもったかもしれない。そう考えると、あの親にしても引っ越しという状況がきたときの決断にしても、あれでよかったんだと思いますね。
多くの人はマイナスのカードを排斥してプラスだけを取ろうとするけれど、本当に人生に真っ向から向き合っていこうとすると、マイナスのカードを引くことだってある。マイナスのカードが多ければ多いほど、それがひっくり返せたときのプラスは大きいわけですから怖いものはなくなる。インタビューを読むときには、そんなことを感じ取ってもらえたらうれしいですね。(談)
終わりに
コミュニケーション力は生きていくための知恵であり武器でもあると語る吉永みち子氏。これまで多くの女性たちにインタビューした経験から、女性の強さとは試練の中でも自分を語る言葉をもっていることだと言います。いいこともよくないことも自分の言葉で吐き出し、失敗や恥さえ無駄にしないで輝きに変えることができる、そんな女性たちの本音と生き様を鮮やかに描き切った吉永氏の最新インタビュー集『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ社、1月20日発行)をぜひご一読ください。
よしながみちこ/1950年、埼玉県生まれ。85年、『気がつけば騎手の女房』で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。『母と娘の40年戦争』(集英社文庫)、『怖いもの知らずの女たち』(山と溪谷社)など著書多数。最新刊は『試練は女のダイヤモンド』(ウェッジ)。
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