記事

埼玉西武秋山翔吾選手が子ども達に語る夢 サッカー界と野球界連携による「夢の教室」とは - 森本茂樹

「夢の教室」として行われている授業をご存知だろうか。公益財団法人日本サッカー協会(JFA)が2007年からスタートさせた取り組みで、現役、OBを問わずサッカー選手をはじめとしたアスリートが、小学校、中学校を訪れ、夢先生として授業を行っている。昨年11月、日本プロ野球選手会(JPBPA)がJFAと、JFAこころのプロジェクト「夢の教室」の共同実施をする発表を行った。組織ぐるみの取り組みとしては、初めてとなるサッカー界と野球界の連携で、12月より各球団の選手が小学校を訪問。1/15には、今シーズンのラストバッターとして埼玉西武ライオンズの秋山翔吾選手が埼玉県坂戸市の上谷小学校で行われた授業に登壇した。

画像を見る
プロ5年目の2015年シーズン、プロ野球史上最多となるシーズン216安打を放った埼玉西武ライオンズの秋山翔吾選手が、夢先生として教壇に立った(写真提供:埼玉西武ライオンズ)

夢の教室とは

 JFAこころのプロジェクトは、JFAが2006年に子どもたちの心身の成長に寄与することを目的に立ち上げ、2007年より小学校、中学校を訪れる「夢の教室」をスタートした。スタート当時、夢先生はサッカー関係者だけだったが、「夢の教室」はサッカー教室ではなく、夢を持つ大切さを伝える場所だと、様々な競技に拡大。これまでに7800回を超える授業が実施されており、東日本大震災が起こった2011年には、日本体育協会等の4団体協働で「スポーツこころのプロジェクト~笑顔の教室」もスタートしている。

 JFAとJPBPAの契約発表の記者会見には、JFAの大仁邦彌会長も出席。人気と影響力の高いプロ野球と手を組むことで、プロジェクトの認知度が高まることはもちろん、より多くの人がスポーツの価値や意義を認識し、子どもたちの心身の健やかな成長のために、スポーツの力を最大限に生かしてプロジェクトを進めていく旨を発表している。

 今までも横浜で活躍した古木克明氏やMLBでプレーしたマック鈴木氏など野球関係者も夢先生として授業を行っていたが、組織として取り組むのは、今回が初めてとなる。2015年12月から2016年1月にかけて、全12球団から各1人がJFAこころのプロジェクトに派遣された。メンバーは、WBSCプレミア12の日本代表から増井浩俊選手(北海道日本ハムファイターズ)と秋山翔吾選手(埼玉西武ライオンズ)に加え、2015年シーズン74試合に登板し、14年ぶりのセ・リーグ優勝に貢献した秋吉亮選手(東京ヤクルトスワローズ)や高卒1年目から3年連続二桁勝利を飾った藤浪晋太郎選手(阪神タイガース)ら12名である。

秋山選手改め、秋山先生

 埼玉西武ライオンズの本拠地・埼玉県の中部に位置する坂戸市の上谷(かみや)小学校の5年1組を訪れたのは、2015年、216本のヒットを放ち、シーズン最多安打を記録した秋山翔吾選手。5時間目はユニフォーム姿で体育館で一緒に汗を流す「ゲームの時間」で、6時間目はスーツに着替え、夢について語る「トークの時間」となった。

画像を見る
なかなか上手くいかない「だるまさんが転んだ」では、どうすればいいのか一緒に考えた。24名で手をつなぎながら、走ってゴールを目指していたが、「歩いてみたら」という児童の意見を採用し、焦らずにみんなでゴールを目指した

 授業を受けたのは5年1組の23名。たくさんの報道陣もおり、冒頭で「緊張するかもしれないけど、楽しんでいつも通り一緒にやりましょう」と語りかけた秋山選手。子どもたちの気持ちをほぐすために「秋山先生は長いので、普段は言われないのですが、アッキーと呼んでください」と授業がスタート。柔らかいボールを使ってのトスバッティングの実演から子どもたちのバッティング体験、さらにボール取りゲームやだるまさんが転んだを一緒に行った。

 「今日は失敗ってないから。チャレンジすることが成功だよ」と何度も繰り返しながら、子どもたちの笑顔を引き出した秋山先生。アシスタントがドッチボールを上に放り投げたら前進、ボールを手に持ったらストップというルールで行っただるまさんが転んだ。秋山選手も含めて横並びで24名が手をつないでいるので、なかなか全員でストップができずに一時中断。「じゃあ、どうしたら上手くいくかみんなで考えよう」と子どもたちの意見を聞きながら、進行した。

画像を見る
5時間目終了後に、ライオンズを現すL字を作って、全員で記念撮影。一緒に体を動かし、気持ちが伝わる授業だった

 最終的にゴールはできなかったものの、秋山選手は最後に「一人でできることとみんなでできることがあって、みんなで協力して達成することって、すごく大切なことです。できなかった時は、どうしたらやりやすくなるのか、できるようになるのかをみんなで考えて。今日は、最終的にゴールはできなかったけど、みんなで考えて、楽しくできたので、それはそれで成功だと思います」とまとめた。

考え、足りないことをプラスに変えることが
夢につながる

 6時間目は教室での授業。16社25名のメディア関係者が教室をぐるりと囲むと、児童からは「授業参観じゃん」との声があがるほど。スーツに着替えた秋山選手が教室に入り、6時間目がスタート。「みんな疲れてない?」と語りかけた秋山選手の次の質問は「野球を球場やテレビで見たことある人いるかな?」だった。手を挙げた児童は半分ほど。クラスで野球をしている子どもはゼロ。まずは、野球がどんなものかを知ってもらうためにも、2015年シーズンの秋山選手の活躍をビデオで確認。日本プロ野球史上最高記録となったシーズン最多の216安打を始め、攻守の好プレー集に、子どもたちからは拍手が起きた。

画像を見る
考え方を切り替えて臨んだ2015年シーズンに、大きな成功を収めた秋山選手。バッティングが注目されがちだが、守備でも2013年に続いて2度目のゴールデングラブ賞を受賞した(写真提供:埼玉西武ライオンズ)

 「今のが僕なんですよ。普段と随分違うって言われるんで。ああいう仕事をしています」と、すごい選手なんだ、と感じたばかりの子どもの心を今度はほぐして話は進む。「野球の話ばっかりするつもりはないんですけど、自分だったらどうかなって考えながら聞いてください」と黒板に野球を始めてからの気持ちの揺れ動きを夢曲線として書きながら話し始めた。

 野球チームのコーチをしていた父親の影響で、小学1年生で野球を始めた秋山少年は、野球の楽しさを少しずつ感じて大きくなった。しかし、小学6年生の11月にお父さんがガンで亡くなってしまう。「その時、すごい気持ちが落ちて。野球をやりたいって思いがありながら、中学校でどうしようかな、と悩みました。それでも、中学で野球をやらせてもらえて。中学の野球部はとにかくきつい、苦しい部活でした。4時に起きて、電車で学校に行って。夜の7時くらいまで練習をしていました。『いつ辞めようかな』って思った時期もありましたが、父親がいなくなって、それでも野球をやらせてもらっていて。続けることが恩返しなんじゃないかな、と野球を続けました」

 高校は神奈川県の横浜創学館高校に進学。3年夏には強豪校がひしめく神奈川県大会でノーシードながらベスト8に。他校に比べ、設備なども限られていたことがきっかけで、考えることを学んだという。「足りない中でどうするか、だと思うんです。人が苦しいと思ってることでも、どうせやるなら、楽しくならないかなって意識して。どうやって苦しいことを乗り越えようかな、と。プラス志向っていうんですが、考え方を前向きに、苦しいけど何か得られるんじゃ、と考える大事さを教わりました」

夢を実現した秋山選手の挫折

 八戸大学を経て、2010年10月に埼玉西武ライオンズからドラフト指名を受けた秋山選手。子どもの時に思い描いていた『プロ野球選手』という夢が実現した。しかし、プロの世界は厳しかった。「ヒットが打てない、守備がうまくできないって苦しい時が続きました。活躍する選手との差は何なんだろう。何が自分には足りなくって、何をしないといけないんだろう、って考えさせられました」

画像を見る
子どもたちに大切にして欲しいのは、「継続・我慢・感謝」の3つの気持ちだという。野球を始めた小学生時代から、プロ5年目での成功までの浮き沈みを事例に、分かりやすく伝えた

 「父親が残してくれたプロ野球選手という夢だったけど、そして、野球を続けさせてくれた母親のためにとやってきた野球だったけど、やっぱり野球が好きだという自分に気づきました。試合にも出られなかったこともある4年目(2014年シーズン)があって、大きくバッティングを変えました。例えて言うと、国語はできないから算数をやろうっていうくらい大きな変更でした。苦手なことを克服するよりも、得意なことを伸ばそうと考えたんです。それで昨年のヒット数がシーズン日本一になったんです。一つの考え方で人ってどういう風にも変われるんだな、とその時強く思いました」

 秋山選手のプレーで大きく変わったのは、バッティングフォームである。上から捉えに行ってバットを振る感じから、グリップの位置を下げて、バットを寝かせるスイングを心がけた2015年シーズンは、点ではなく、線でボールを捉えられるようになった。さらに、打てなかった時やいい当たりでアウトになってしまった時も、それを引きずらず、気持ちの切り替えができるようになったという。

 「考え方を変えて、なんとか成功した。とにかく我慢して、続けることの大事さを感じたというか。僕がみんなに伝えたいのは、継続と我慢と感謝。この3つを持って欲しい。父親がいなくなってから、いろんな人が助けてくれました。野球を教えてくれた人、生活のお世話をしてくれた人に感謝をして、苦しい時も歯を食いしばって続けてきました。勉強でも、『これ何のためなんだろう、何になるのかな』って気持ちがあっても、すぐに結果が出ることを求めないで。自分がやってきたことは、自分の人生につながっている。投げ出すんじゃなくって、発想を変えられるように。僕は特に両親や家族には感謝の気持ちを持ってやってきました。このことが、少しでもみんなの考え方にプラスになったらいいな、と思います」

子どもたちから夢の発表

 秋山先生の講義が終わった後は、子どもたちが自分の夢に向き合う時間。配布された夢シートに将来の夢やそのためにできること、やってみたいこと、今得意なことなどを記入する。秋山選手はシートに自分の夢を書き込む子どもの机を回りながら、声を掛けていく。「夢っていうと難しいけど、自分のやりたいことを書いてみたらいいよ。どういう風に上手くなりたいか」と。記入を終えた子どもたちがサッカー選手や生物学者などの夢を発表すると、秋山選手は、その一つ一つにコメントを返した。

画像を見る
子どもたちの机を回って、アドバイスをする秋山選手。目線を合わせ、子どもたちの気持ちに寄り添った

 『プロサッカー選手になるために、チームで頑張る。個人練習を毎日する』と発表した子どもには、「例えば何をしたら一番いい?」と、具体的にするべき練習を『シュート練習をする』と引き出したり、「毎日っていうと、雨の日もしてる?」と質問。「野球もそうなんだけど、毎日道具に触ることで得られるものもあると思います」と子どもたちが大きな夢のために、今踏み出す一歩をどうしていけばいいか、考えるヒントを伝えた。

 「今、書いたことがこれから変わっていってもおかしくはありません。自分にあった違う道が見つかるかもしれないし。その時、新しい目標に向かっていけるかだと思います。そして、一番みんなを支えてくれているのはお父さんとお母さん。感謝の気持ちを持って、挑戦してがんばってください」と初めての授業を語り終えた。

夢がつながる夢先生

 今回、サッカーと野球が一緒に取り組むことになった夢先生だが、日本サッカー協会(JFA)の山下恵太氏は、「プロ野球と共同して実施した夢先生ですが、メディアの取り上げが思った以上にありました。参加していただいた選手も事前に準備してくれて、皆さんやる気を持って取り組んでくれたので、非常に良かったです」と話した。一方、日本プロ野球選手会(JPBPA)の加藤諭氏は、「夢先生は、 自分のことを振り返るいい機会になり、プレゼンや喋る力の確認にもなります。どの選手も子どもたちに夢について想いを持って伝えてくれましたし、選手自身のキャリアアップということも含めて、実施して非常によかったと思います。秋山選手も言っていましたが、来年度はもっと多くの選手に体験して欲しいですね」と語った。

 授業を終えた秋山選手は、「すごく緊張して入ったんですが、子どもたちが明るく迎えてくれて、自分自身いい勉強になりました。自分のことを喋ればいいんだと思っていましたが、慣れない場所で、オロオロするところもありましたが、話もよく聞いてくれましたし、ホント助かりました。先生方とは違って、スポーツ選手として伝えられることがあるのかな、と思います」と振り返った。『夢先生の今後の夢は』という質問には、「今日授業を受けてくれたみんなに野球を見に来て欲しいなと思います。移動とか大変になるので、簡単なことではないですが、それがこのプロジェクトをやった上での夢ですね」と子どもたちと交流し、広がった夢を語った。

画像を見る
JFAとJPBPAの取り組み初年度は、秋山選手の授業をもって終了。次年度に期待の持てる一年目となった

 教室には、クラスの目標が「自ら考え、みんなで協力。最後までやりぬく」と掲示されていた。担任の先生は、「子どもたちもいつもと違って、食い入るように見ていました。僕自身、ああいう話をしてもなかなか伝わらないところがあって、『ああまたか』みたいになってしまう。それを実際にやってきたプロアスリートが言うと重みも違いますよね。授業も秋山選手の人柄が出ていて、発表した子どもたちもよかったと話しています。本当にありがたいという気持ちです」と語った。

 子どもや先生はもちろん、選手自身にも新しい経験となる夢先生。サッカー界と野球界が一緒に取り組んでいくことで、スポーツの夢がさらに広がっていく。2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、スポーツの持つ可能性が、ますます大きくなっていくように感じた一日だった。

あわせて読みたい

「スポーツ」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    一斉休校にマスク2枚は科学的か

    やまもといちろう

  2. 2

    パチンコ屋は警察が閉店指示せよ

    水島宏明

  3. 3

    深刻な院内感染 緊急事態宣言を

    中村ゆきつぐ

  4. 4

    マスク配布は日本型対策の象徴

    篠田 英朗

  5. 5

    マスク配布案が通る国家の滑稽さ

    井戸まさえ

  6. 6

    小池知事をバッシングする愚かさ

    青山まさゆき

  7. 7

    マスクせず批判浴びた議員が本音

    山下雄平

  8. 8

    政府の布マスク配付は「良策」

    青山まさゆき

  9. 9

    俺の子産んで 志村さんが依頼か

    NEWSポストセブン

  10. 10

    コロナ名目で個人情報集める国家

    飯田香織

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。