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〈21世紀ファシズム〉の”集団心理学”

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Ur-Fascism speaks Newspeak.
Umberto Eco


 昨年秋にブログを公開して以来、ときどきはオリジナルのブログ稿を載せると宣言していながら、前回掲載から数ヶ月を経てしまった。一年の計は元旦云々というが、今年はもう少し頑張れればいいと思う。

 「〈21世紀ファシズム〉の”集団心理学”」という暫定的に擬古風な総題で、何回か分載してみることにしよう。

 〈21世紀ファシズム〉は山括弧(〈 〉)付きで、新しい世紀はどうやら新たな形態の〈ファシズム〉に向かいつつあるのではないのか、という、いま物を考える世界の人びとが、共通に危惧している問題の提起である。

 ”集団心理学”には、引用符(” “)をつける。この捻(ひね)くれた引用符は、二一世紀のネット時代に「集団心理学」のようなものはどのようなかたちをとるのだろうかという認識論の疑問を含意している。フロイトの「集団心理学と自我分析」(1921)を意識している。しかし、そもそもフロイトの用語ではない。かれが集中的に参照しているGustave Le Bon (ヒトラーもゲッペルスもムッソリーニもルーズベルトもバーネイズも「熟読」した)や、あるいはGabriel de Tardeの提起した問題系が参照されている。

 私は決してフロイディアンはない。しかし、それでも、今日あらためて、一世紀前にフロイトに「集団心理学と自我分析」(1921) を書かせた動機を捉え返しつつ、一世紀後の今の時代に起こりつつあることを理解すると、今の世界を理解するため重要な手掛かりが見つかると思っている。

 いずれまとまった論考として刊行するかも知れないが、一種の準備稿のようなものだと、ご理解いただければと思う。随時改稿していくので決定稿ではない。

さて 第1回の今回は、


「フランスの〈11・13〉以降」の世界

 フランス、パリの2015年11月13日のパリ同時多発テロ事件は、あらためて世界が迷い込んだ暗闇の深さに人びとを震撼させた。

 私も大きな衝撃を受けたが、それはフランスのパリを仕事柄、比較的よく知っているからとか、じっさいに親しい友人・知人や親族がそこで暮らしているからだけではない。リアルタムで事件のネット中継を見ている東京の私たちの現実とそこが地続きで経験されていることを実感しているからである。たんにコミュニケーションとして接続しているからというのではなくて、そこで噴出している問題そのものが、いまここ日本で起きている問題と地続きなのである。

 本稿はその「問題の地続き」について書くものだが、その前に、幾つかの傾聴すべき声を紹介しておく。

I  いま〈知性〉の声を聞く

 1 ド・ヴィルパン元首相
 フランスの元首相ドミニック・ド・ヴィルパンは、外務大臣時代に2002年の国連安全保障理事会でイラク戦争に真っ向から反対する演説を行って有名になった。彼は、昨年のシャルリ・エブド事件以前から、「テロとの戦争」を口にし始めたオピニオンに対して警告を発している。「テロとの戦争」という西側の爆撃は現地の過激派を増やすだけで、住民の被害を拡大し難民を増加させ出口のない憎悪の連鎖を招くだけであること。中東では、ドゴール時代から築かれてきた外交の遺産を活かしてアメリカとは一線を画した外交政治を展開して地政学的な安定勢力たれというのが、まさにシラクを継ぐドゴール主義者としての明確で説得的な主張である。とくに、2014年9月に放送されたテレビ番組(France 2 “Ce soir ou jamais” )での発言は〈11・13〉後のフランスでは何度も視聴し直されている(http://www.dailymotion.com/video/x26sp1d_dominique-de-villepin-a-propos-de-daech-l-etat-islamique-et-la-guerre-dite-contre-le-terrorisme-6-mi_news)。

 フランスは「戦争状態」にあるとして、左も右も「テロとの戦争」へとひた走ろうとする現在のフランス政治界にあって、まさにこうしたドゴール主義の伝統を活かそうという明晰な知性の声がかき消されている現状をどう考えるべきだろうか。

 これを私たちの国が向かいつつある方向と比較して理解すると何が見えてくるだろうか。「戦争をしない国」という戦後の平和主義が蓄積してきた信頼資本をわけもなくなげうって、テロとの戦いなどに参加しようなどと愚かな政治家が登場している我が国の情況を重ねて見るとどうだろうか。

 2 経済学者トマ・ピケティ
 昨年、『二一世紀の資本』が世界的なベストセラーとなった経済学者のトマ・ピケティは、すでに朝日新聞にも抄録された記事(Le Monde紙 2015年11月21日)で、治安と武力による対応では問題は解決できないことを説いて、背景にある地政学および経済社会の問題を指摘している(「朝日新聞」、2015年12月1日付朝刊、ピケティ@コラム)。

 テロの背景には中東地域の巨大な経済格差があり、西欧諸国にはそれを生み出した大きな責任がある。「イスラム国」を生み出したのも、もとはといえば、イラクをつくりだした1916年のサイクス・ピコ協定があり、それもまた西欧の責任だとピケティは言う。

 さらに、1991年の湾岸戦争以来の非対称な戦争があり、それはつまり、石油資源を中東の首長たち、つまりは西側資本に取り戻す戦いでしかなかった。中東地域の3億人の人口に対する富の分配を見れば、この地域の石油資源を有する人工1割に満たない君主国が地域GDPの6割から7割を占めているという。それらの君主国の内部でも、一部の人びとが富を独占して、移民や女性など大多数は奴隷状態。そこでもまた西側の資本家たちが武器を売りつけたり、サッカークラブの運営資金を仰いだりと、結託しているわけだ。

 選挙で民主的に選ばれた政府を西欧の黙認下で軍事クーデタで倒したエジプト民主革命の顛末を見れば明らかなように、西側の民主主義の欺瞞性は中東地域では人びとの目に明らかだ。

 他方でヨーロッパとくにフランスにおけるアラブ系の失業や就職差別をみればテロリストをそのなかから生み出すことになっても不思議はない。リーマンショック以前の欧州経済では年間100万の移民を受け容れかつ失業は減っていた。各国政府の緊縮策が、国家のエゴイズムを高め社会的包摂を疎外して、アイデンティティの緊張を高めた原因である。  このようにピケティは分析している。ここにもまた、私たちの国の状況との共通要素を幾つもみとめることができるではないか。中東で西欧と足並みをそろえることの歴史的意味、石油資源問題の含意を私たちはよく考えているか。社会的寛容の劣化、ネオリベラリズムの支配とナショナリズムの上昇もまた私たちの国に共通した状況ではないか。

 3 精神分析家 フェティ・ベンスラマ
 精神分析家のフェティ・ベンスラマはチュニジア出身で、イスラムおよび一神教の問題について精神分析からのアプローチに永年取り組んできた。11月13日の事件が起こる直前の12日に応じたインタビューが(Le Monde 2015年11月13日)、「ジハディスト」と呼ばれる聖戦のにわか戦士に突如変貌して、自爆テロに及ぶ、フランスの若者世代の「過激化」の心理を説明したものとして注目された(岩波『世界』1月号にその後訳出された)。「過激化」したと見なされた若者の大部分が一五才から二五才の若者たちで、アイデンティティ・クライシスのただ中にある年頃の若者たちだ。精神分析によるアプローチの特徴は、これを個と集団とを結びつけ人間の自己形成にいたる「理想」にかかわるトラブルと考えるところにある。

 ジハードへの誘いは、アイデンティティの深刻な欠如に悩む若者たちを捉えて、興奮剤ともなりうる。イスラムについてとくに詳しい知識はなくても、ネットで簡単に手に入れられる薬剤のようなものである。宗教にとくに興味を持っていなかった若者が、突如として、「超ムスリム」になったりするのである。

 他方で、その理想の危機の根源には、歴史的なトラウマとの関係もあって、1924年の「イスラム帝国」の滅亡のトラウマとの関係もベンスラマは指摘している(第一次世界大戦後のトルコ・オスマン帝国の解体とアラブの反乱とその結末)。そこに突如として、近代的価値を飛び越えて「超ムスリム」化する過激化の原理が潜んでいると述べている。

 大江健三郎の「政治少年死す」のような過激化の論理が働いているとも受けとめられるが、形は異なるとはいえ、過激化の心理的機制はむしろ普遍的なものともいえるのではないか。

 我が国においても「右傾化」する若者たちの動機に、アイデンティティ・クライシスと、それゆえの代償行為としても「日本」への回帰があるとすれば、その部分については、既視感のある分析が述べられているといえるだろう。

 4 哲学者 ベルナール・スティグレール
 哲学者のベルナール・スティグレールは、フランスの「われわれ」が「戦争状態」にあるという認識自体を忌避している(ド・ヴィルパンも「戦争」と考えることを拒絶している。それこそISが望むところだ、と。)。戦争があるとして、それは「経済戦争」であり、「私」のではなく「彼ら」の戦争である、と( Le Monde 紙11月19日)。言わんとするのは、ネオリベラリズムの世界化が引き起こしている「彼ら」の戦争であって、その被害者が「私」および「私たち」なのだという。

 世界的な経済戦争人びとを巻き込み、世界全体が内戦化しつつある。

 これは、経済の戦争であって、雇用が崩壊しとくに若い世代にとって大失業時代が待ち受けている(最近日本でもようやく議論が始まったが、ロボットや人工知能の発達によって、今後20年のあいだに先進産業国では雇用の50パーセントが失われ、中産階級が消滅すると予測されている)。絶望が暴力を生む。希望がない世界こそが、自爆攻撃という名の「自殺」の意味であり、若者たちは未来に希望がないことをよく見抜いている。オランドもサルコジも若者たちに未来への本質的展望を与えようとしない。その愚かさこそ、真の原因であり、それに向き合わぬからスケープゴートを探すことになる。

 ジハディストの『わが闘争』の書と言われる、アブ・バクル・アル=ナジ(Abu Bakr Al-Naji サダム・フセイン時代の工作員でイスラム原理主義者となった複数の著者によるものとの説もある)の『野蛮のマネジメント(The management of savagery)』という書を読むと、地域市場で企業が代理店をどのように開けばいいのかを教えるマニュアルと同じ書かれ方をしているのが分かる。暴力のフランチャイズ化。蛮行でまず地域をカオスに陥れ、主導権を握り、権力を丸取りせよという指南の書なのだ。

 このアグレッシブなやり方は、情報化時代のそれだ。デジタル革命はあらゆる産業の前提をひっくり返して、技術革新による社会システムの「破砕」が、猛スピードで暴力的に進んでいる。『野蛮人襲来 Les arbares attaquent』というサイトがあるが、そうしたやり方の指南マニュアルを掲載している。『黙示録の四騎士』と呼ばれるGoogle, Apple, Facebook, Amazonの支配が急速に拡がり、技術革新が猛スピードで進んでいて社会システムが追いつかない。この「大断絶」のなかで、人びとが何が起こっているのか分からない大混乱のうちに、市場を丸取りしていくIT化が進行しているのだ。UBER(自動車配車ウェブサイト及び配車アプリ)のようなサービスの進行がその例である。

 テロの問題は宗教問題ではなく、フランスの地方議会の銃撃大量殺人やアメリカやカナダやヨーロッパ各地で起きている大量殺人のことを考えればわかるように、「絶望」問題なのだ。

 デジタル革命という未曾有の技術革新の大変化による社会基盤の崩壊、大失業時代の到来、希望の喪失、そこにこそ現在の世界の混迷の文明的原因があるという見方は、私たちの国にも十分に実感される。私たちの社会も経験してきた、希望のない若者による無動機殺人、大量殺人、あるいは、暴力的に進む市場原理の支配。市場原理の貫徹と加速と鏡的に反映しながら、暴力のスパイラルも競り上がってきているのである。

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