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「蔡英文は同性婚を支持します」―― LGBT政治からみる台湾総統選挙

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「LGBT」イシューの「人権立国」施策への包摂

LGBTの尊重は、多様な文化の尊重と人権の保障を意味しています。LGBTの尊重は先進国家の人権指標のひとつであるだけでなく、私たちの卓越した国家が人権先進国と同質であることの重要な証明でもあります(馬英九, 2004,「小小的種子, 散播與與耕耘」)。

馬英九台北市長(当時)は2004年の「台北LGBTフェスティバル」のパンフレットでこのように述べた。ここで、「LGBTの尊重」を「私たちの卓越した国家が人権先進国と同質であることの重要な証明」とする論理を考察するために、もう少し踏み込んで「人権立国」の背景を検討しよう。

台湾は1971年に国連を追放されて以来、アメリカや日本をはじめとする主要先進国と相次いで国交を断行してきた。1970年代から80年代にかけては飛躍的な経済成長によって国際社会において経済実態としてのプレゼンスを向上させることに成功したが、90年代後半から2000年代にかけて中国が経済大国として台頭すると、台湾は中台間のパワー・バランスの変化と、米中関係を軸とした中台間の相対的関係の変化という、ふたつのバランスシフトに直面することになった(佐藤和美, 2007,「民進党政権の『人権外交』:逆境の中でのソフトパワー外交の試み」)。

つまり、中国が「世界の工場」として世界経済における存在感を発揮する一方、台湾の経済成長は減速傾向を示し、国内経済の中国依存度が急増した。くわえて、戦後一貫して台湾の強力な支援者であったアメリカも、中国との関係を重視するようになったのである。

民進党政権が「人権立国」を宣言したのは、このように国際環境の急激な変動に直面した時期であった。国際社会における生存空間の縮小という危機感を背景として、民進党政権は「政府主導により台湾を人権社会としてさらに成熟させることで『人権立国』台湾を内外にアピールし」、どうじに「人権・民主」イシューを対外交流の基盤に置くという「人権外交」を打ち出したのである(佐藤和美2007: 131)。

すなわち、「中華民国をもって21世紀における人権のあらたな指標」するという「人権立国」戦略は、対米・対中関係に強く規定されたといえる。民進党政府は、「人権後進国」の中国とは対称的に民主化の成功を果たしたとするアイデンティティに依拠し、人権状況の改善を国策に掲げることによって対米関係の深化や国連に代表される国際機関・国際社会への復帰を実現しようと試みたのである。

そして、「同性愛」や「LGBT」イシューこそが、当時の国際社会において新しい人権問題として着目を集めた「先進的な課題」であるとどうじに、台湾にとっては「同性愛」や「LGBT」に抑圧的な政策を展開してきたことで知られる中国と差異化できるイシューでもあったのだ。

このようにして、戒厳令解除後の台湾社会では、政治エリートにとって「LGBTを含むマイノリティの社会運動を支持することが開放的であるとどうじに進歩的であるとみなされるようになった」(朱偉誠, 2005,「公民權論述與公民社會在台灣」)。2000年代の政治エリートが競って「LGBTフレンドリー」を公表するという状況は、こうした政治状況を背景としていたのである。

LGBT運動による選挙政治への介入

以上の議論にくわえて、「LGBTフレンドリー」な政治エリートの台頭の背景には、90年代以降の性的少数者運動の展開があったことを忘れてはならない。日本でも2000年代半ば頃から衆参議員選挙などの選挙戦などで「LGBT」イシューにかんする政見を選挙候補者へ問う運動がみられるようになったが、台湾では90年代の「選挙の大衆化」を受けて、性的少数者を含むさまざまな社会運動が選挙政治への介入を始めている。

性的少数者を主体とする運動も1995年の立法委員選挙を皮切りに、総統・副総統直接選挙(1996-)や台北市長選挙(98-)などで、「われわれも選挙権を有する公民である」という言説を掲げて、候補者へ圧力をかける運動を開始している。

台湾の政治エリートのなかでもとりわけ「LGBTフレンドリー」を強調してきた馬英九も、陳水扁とともに1998年の台北市長選挙に介入した当事者運動の要求に応えた政治家のひとりであった。そして、馬英九は運動の要求に応じた結果、2000年以後、台北市長として公的資金を拠出した「台北LGBTフェスティバル」を開催したのである。ただし、選挙戦のたびに「LGBTフレンドリー」を強調する馬英九の戦略をただの「パフォーマンス」でしかないとする批判も、後になって多く寄せられるようになった。

蔡英文の「同性婚」支持と、新しい局面に立つLGBT運動

それでは、蔡英文による「同性婚」の支持表明をどのように考えればよいのだろうか。まず、彼女が「同性婚の実現に意欲的」であるとか「台湾の同性婚の日も近い」などとするナイーブな見方は控えるべきである。たしかに蔡英文はパレードの開催日に合わせて「同性婚支持」を訴えたが、肝心の選挙戦では同性婚を含む「LGBT」イシューを黙殺する姿勢を最後まで崩さなかった。

また、上述の議論を踏まえるならば、台湾の政治エリートと「LGBT」の関係はより複雑な様相を呈していると考えるべきである。にもかかわらず、蔡英文を「LGBTフレンドリーな総統」として肯定的かつ一面的に表象するとすれば、そうした言説は政治エリートによる「LGBT」イシューの収奪を許してしまう効果をもたらしてしまうだろう。

とはいえ、「同性婚」が現実的な政策イシューとして議論されていることも事実である。関連草案はさまざまな議論は含みながらもすでに立法院へ送られており、今回の立法委員選挙で当選した委員のうち、同性婚の支持を表明している者が過半数には及ばないながらも少なくない数に昇っているという事実は注目に値する。

そして、LGBT運動において同性婚を要求する運動が主流化していることも見過ごしてはならない。今回の選挙でも「同性婚」は性的少数者の人権課題のなかで最大の「優先課題」とされた。たとえば、「性的少数者の公民よ、立ちあがれ!」と掲げた民間団体による選挙介入運動「プライド・ウォッチ台湾」も、その「使命」の第一に「台湾をアジア初の同性婚合法化国家とすること」として運動を展開した。

いうまでもなく、性的少数者の人権課題は「同性婚」に還元されない多様な領域に渡っている。同性婚を求める運動の主流化は「モノガミーなレズビアンやゲイが社会的認知を高める一方、LGBTの主流イメージから逸脱的な性的少数者をさらに暗いクローゼットへ押しやるもの」として批判的に捉える声も台湾の運動領域には根強くある(2014年度台湾LGBTパレード)。しかし、今回の選挙戦でそうした批判的な声がほとんど聞かれなかった点は特徴的であったといえよう。

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台湾LGBTパレード2014で「アセクシュアル」の存在を訴える活動家

さらに、運動の新しい傾向として、「選挙権を有する性的少数者は投票にあたってLGBTの人権課題を最優先すべきである」とする言説が支配的であった点もあげられる。すなわち、性的少数者は他の政治的イシューを差し置いても「LGBTフレンドリー」を公表する候補者に一票を投じるべきであるとし、国民党や民進党などの大規模政党ではなく、「LGBTの支持」を党是に掲げる「時代力量」のような小規模政党へ投票すべきとする運動を展開したのである。

このような主張は、性的少数者を取り巻く問題を「性的指向」や「性自認」の問題に還元するという意味でいささかナイーブすぎるといわざるをえない。とりわけ、自民党の稲田朋美政調会長が「LGBTへの偏見をなくす政策をとるべき」であると提案して検討チームを立ちあげたというニュースを「マイノリティ差別の解消へ向けた前進」としてナイーブに喜ぶことのできない状況に直面している私たちにとっては、疑問を喚起する戦略といえるだろう。

しかし、急いで付けくわえなければならないのは、台湾では2000年代後半からバックラッシュ運動が急速に力を増してきたという事実である。バックラッシュ勢力の拡張は日本に生きる私たちには想像することのできないほどのスピードで進展しているのだ。ホモフォビック/トランスフォビックな言説と日常的に対峙している活動家にとって、「反性解放運動」を党是とする「信心希望聯盟」のような政党が結成され(2015年9月)、かれらが今回の選挙で20万票を獲得したという事実は深刻な危機感をもって受けとめられたのである。こうした危機感の大きさが、選挙介入運動における「LGBTイシューの優先」という傾向を後押ししたといわざるをえない。

すなわち、台湾の運動も、「蔡英文は同性婚を支持します」というわずか15秒の動画を、やはりナイーブに受容することのできない文脈に置かれているのだ。かれらは一方で、政治エリートによる「LGBTイシューの活用」に警戒しながらも、他方では急速に支持を拡大するバックラッシュ勢力と対峙しているのである。その意味において、今回の選挙戦およびその結果は、台湾の性的少数者運動にとって新しいステージへ突入したことを告げるものであったといえるだろう。

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高雄LGBTパレード2015における「クィアは服従しない」

画像を見る 福永玄弥(ふくなが・げんや)
クィア・スタディーズ・東アジア研究

専門はクィア・スタディーズ、東アジア研究。「東アジア×クィア×映像プロジェクト」(https://www.facebook.com/CNTQFF/)呼びかけ人、「関西クィア映画祭2016」(http://kansai-qff.org/)実行委員、「中国クィア巡回映画祭(中国酷儿影像巡展)」(http://blog.sina.com.cn/cqueerif)キュレーター(2014・江西省)、「北京クィア映画祭(北京酷儿影展)」(http://www.bjqff.com/)キュレーター(2013)などに従事。

ブログ:「銀色の道 / Queering Asia」

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