- 2016年01月07日 17:35
新春暴論2016――「性的少数者」としてのオタク - 山口浩 / 経営学
1/3何やら、毎年この時期に「新春暴論」と題した文章を書く流れになっているっぽい。「暴論」かどうかは皆さまにご判断いただくとして、今年もひとくさり。
いつもの通り長いので、要点を以下の通りまとめておく。
◎性的少数者をあらわすことばとして最近よく「LBGT」が使われるが、他にも多様な性的少数者がいる。LGBTはこの意味で限定的な概念であり、他の多様な性的少数者を切り捨てている部分がある。特に、性的少数者の概念が提唱された当初は含まれていた、性的嗜好に関する少数者を含めていないこと、また彼らを一段下に見ているふしがあることは、社会における多様性を旗印とするLGBTの主張との間に齟齬があるように思われる。
◎小児性愛やレイプなど、実行すれば犯罪となる行為を描いたマンガ、ゲームなどの創作物を消費する一部のオタクは、これにより自らの性的嗜好を実行に移すことなく充足させ、社会と共存している性的少数者といえる。犯罪抑止効果のないマンガ等のさらなる規制は、彼らの権利を不当に侵害するものである。表現規制に反対する根拠として、従来の表現の自由と併せて、こうした性的嗜好に関する少数者の権利を主張していくべきではないか。
「少数者」の権利
2015年は、いわゆる性的少数者の権利や社会的立場に関して大きな動きのあった年だった。
米国では6月、同性婚を禁じる州法が合衆国憲法に反するとする判決が出た。この時点で同性婚は、36州とワシントンDCで行われ、14州で禁止されていたが、これで保守的な風土の諸州を含む全米で合憲となった。
同性婚「全米州で合憲」 連邦最高裁判決、論争に決着(朝日新聞2015年6月27日)http://digital.asahi.com/articles/ASH6V7R3KH6VUHBI044.html
これ自体は世界的にみれば必ずしも早いというわけではない。同性婚および登録パートナーシップなど同性カップルの権利を保障する制度を持つ国・地域は世界中の約20%の国・地域に及ぶという。ヨーロッパでも少なからぬ数の国ですでに合法化、あるいは一定の対応をとっている。それでも、世界で最も影響力の大きい国であり、かつ宗教右派との関連で抵抗の大きい州もあるにもかかわらず全米で、というのが大きなインパクトを持つ。
世界の同性婚http://emajapan.org/promssm/%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E5%90%8C%E6%80%A7%E5%A9%9A
同性婚との関係ではカトリックも否定的だが、この点で注目されるのは5月、カトリック信者が多数派を占めるアイルランドで同性婚を認める憲法改正が行われたことであろう。国民投票でこれを認めるのは世界初だという。
同性婚、国民投票で認める アイルランド、賛成6割(朝日新聞2015年5月24日)http://digital.asahi.com/articles/ASH5S2SF4H5SUHBI00W.html
もちろんこれは、カトリック全体の話ではない。バチカンは10月、「家族のあり方」を論じる世界代表司教会議における3週間の議論の末、これまで通り同性婚は認めないことを確認する報告書を発表した。
同性愛など原則維持 カトリック司教会議、差別は戒める(朝日新聞2015年10月26日)http://digital.asahi.com/articles/DA3S12035181.html
カトリック信者の多いスロベニアでも12月、国民投票が行われたが、アイルランドとは逆に、同性婚は認めないとの結論が出た。
スロベニア、同性婚に「ノー」 国民投票で反対多数(朝日新聞2015年12月21日)http://digital.asahi.com/articles/ASHDP5H56HDPUHBI02Y.html
しかし、こうした否定の動きも、同性婚容認の動きが世界的に盛り上がっているからこそ出てきたものといえる。法王フランシスコは自らの改革路線を否定された後も、「神は新しいことを恐れていない」とのメッセージを出した。
法王フランシスコ「神は新しいことを恐れていない」 同性愛者の許容案が保守派の反対で立ち消えた翌日に(The Huffington Post2014年10月20日)http://www.huffingtonpost.jp/2014/10/19/vatican-catholic-scrap-welcome-to-gays_n_6011014.html
一方日本では、現在のところ、憲法第24条に反するとして同性婚を認めていない。しかし地方自治体の中には、渋谷区のパートナーシップ条例のように、法的には認められなくとも、同性カップルに対し、一定の社会的に認められた地位を与えようとの動きが出ている。世田谷区にも同様の動きがある。
同性パートナー条例成立 渋谷区 全国初、偏見解消促す(朝日新聞2015年4月1日)http://digital.asahi.com/articles/DA3S11681216.html
同性カップル対象、世田谷区も証明書(朝日新聞2015年7月30日)http://digital.asahi.com/articles/DA3S11888507.html
概観すると、異論はあるにしても、これまで認められず苦しんできた性的少数者たちの存在と権利を認める社会へと動き始めているようにみえる。いろいろご意見はあろうが、個人的には「人に迷惑をかけない限り自由がいいのではないか」と考える立場なので、全体として結構なことではないかと思う。
LGBT以外の性的少数者
ここまでが前置き。さて本題。
「性的少数者」ということばは「sexual minority」のほぼ直訳だろうと思うが、近年はこれに代わって「LGBT」がよく使われる。この表現は、見ての通りLGBT、すなわち「Lesbian、Gay、Bisexual、Transgender」の4種類を列挙したものだ。
これを推進した人たちは、「sexual minority」の「minority」という表現自体が一種の差別的ニュアンスを含む、代わって用いられた「gay」だとLやBやTの人たちが含まれない、などの理由から、よりポジティブなことばとして、この表現に至ったらしい。
しかし、LGBTは全体からみれば数%の少数派ではあるので、個人的には「sexual minority」という表現の何が問題なのかいまひとつ実感がわかない。少数者として差別されてきた歴史的経緯があるのはわからなくもないが、現在は過去ほどではないだろう。「少数者」という呼称自体を差別と感じるのは、そう感じる人自身にも少数者を低くみる発想があるからではないか、という気がしてならない。
性的少数者は7.6% 7万人対象、電通ネット調査(朝日新聞2015年4月24日)http://digital.asahi.com/articles/ASH4R5TZ1H4RUTFL00H.html
レズビアンやゲイ、性同一性障害者ら性的少数者の割合は7・6%――。電通が、成人約7万人に実施したインターネット調査の結果を発表した。2012年に行った同様の調査では5・2%で、19人に1人から13人に1人に増えた計算だ。
また、どんな集団も、細かく分ければ少数者の集まりなのであって、それを何らかの旗印を掲げて集めれば、その勢力を拡大することができる。それが多様性を認めようという旗印であるなら、「少数者」グループの中でも比較的「多数派」であろうLGBTだけ取り上げるのは、性的少数者の多様性を考えると排他的であり、それ以外の少数派をminorizeするという意味では、多様性という旗印に逆行する、いわば天に唾する行為ではないかとも思える。
似たようなことを考える人はいるようで、他の類型の人たちも含めようという話が出ているわけだが、何しろ性的少数者は実に多様なので、頭文字を集める方式だと、略称はどこまでも長くなる。
LGBTQ(LGBTにqueerを加える)やLGBTI(intersexを加える)あたりはまだ短い方で、長くなるとLGBTTQQIAAP(LGBTにtranssexual、queer、questioning、intersex、asexual、ally、pansexualを加える)とかLGBTTQQFAGPBDSM(LGBTにtranssexual、queer、questioning、flexual、asexual、gender-fuck、polyamorous、bondage/discipline、dominance/submission、sadism/masochismを加える)とか、とても覚えられそうにないところまでいく。これでも全部ではないだろう。
一部には「GSD」(Gender and Sexual Diversities)という表現を提唱している人たちもいて、これはかなり包括的だし短くていいと思うが、何と呼ぶかより重要なのは、実際に何を含めることにするかという定義の問題だ。
Wesleyan University creates all-inclusive acronym: ‘LBTTQQFAGPBDSM’(February 25, 2015)http://theweek.com/speedreads/541158/wesleyan-university-creates-allinclusive-acronym-lbttqqfagpbdsm
‘Gender And Sexual Diversities,’ Or GSD, Should Replace ‘LGBT,’ Say London Therapists(The Huffington Post 02/25/2013)たとえば、2015年7月に米国モンタナ州の男性が、彼の2人の妻との結婚を認めよと結婚届を提出した、と報じられた件がある。米国でも重婚は法律で禁止されているはずだから、かつての同性愛と似た状況だ。
「宗教上の理由」(多くの場合はカルトだろう)で、こうした人々は米国に一定数いるらしく、2011年にも、4人の妻と結婚しているユタ州の男性が重婚禁止法を違憲として訴えた事例がある。
Montana man applies for polygamous marriage license(USA TODAY Network July 2, 2015)Polygamist, Under Scrutiny in Utah, Plans Suit to Challenge Law(The New York Times JULY 11, 2011)
http://www.nytimes.com/2011/07/12/us/12polygamy.html
いうまでもなくこの人々も性的少数者だが、LGBTには含まれていない(polyamorousの一類型ではあるのだろうから、LGBTTQQFAGPBDSMであれば含まれることになろう)。
カルトに関しては別の問題もあるのだろうが、たとえばイスラム教のさかんな国では男性が複数の妻と結婚することが許されている場合もあるから、イスラム教徒の比率が上がりつつある欧米社会において、今後重婚の問題がよりクローズアップされるタイミングはあるかもしれない。その際には、ポリアモリーの人々の権利や社会的立場についても議論になるのだろう。
深海菊絵(2015)『ポリアモリー 複数の愛を生きる』平凡社新書.



