- 2016年01月13日 07:59
生まれてくる子供が難病の子供だったらどうしよう?
子供が先天的に難病を背負っているかは“確率の問題”
「生まれてくる子供が難病の子供だったらどうしよう?」結婚してからそんなことを考えるようになった。子供が生まれてくる、というのは本来これ以上ないほどおめでたい話のはずである。私は昨年結婚したばかりなのだが、妻も私も30代の半ばに差し掛かりもう若くはないし、なるべく早く子供は欲しいと思っている。他方で子育てというのは家族にとっては経済的にも、時間的にも、肉体的にも厳然たる負担でもある。ましてやフリーに近い自分の立場では周りの支えも限定的で、子供が生まれたからといって仕事が減るわけでもない。
そのような自分の立場で障がい児や先天的に重い病を抱える子供を持つことになったら、私は育てていくことが出来るのだろうか。そんなことをぼやっと考えていたところちょうどBLOGOSさんからの案内で「医療的ケアを必要とする子どもと家族の支援を考えるシンポジウム」というものが開催されると知り、「ここに答えがあるかもしれない」と思い訪れてみることにした。
まず大事なことなのだが、生まれてくる子供に先天的な病があるかどうか、ということは基本的には確率の問題である。例えばダウン症の子供が生まれてくる確率というのは母体の年齢に依存し、20歳ならば1600分の1程度、25歳ならば1250分の1程度、30歳ならば1000分の1程度、35歳ならば400分の1程度、40歳ならば100分の1程度となることが知られている。
こうした事情は他の遺伝病にも共通のことで、例えば生まれて来た子供が先天的に難病を背負っていたからと言って、母体が何らかの責任を感じる必要は全くない。問題は「生まれて来た子供に対する責任を果たせるのか」という一点のみになる。
日本には20万人以上の難病の子供がいるとされているが、その多くは0歳時点で発症する。主要な病気としては「悪性腫瘍がんや肉腫:14%」、「腎機能障害:14%」、「慢性心疾患:17%」が挙げられ、20万人のうち3.5万人程度は生まれた時点で既に常時入院もしくは人工呼吸器などによる日常的な医療的ケアを必要とする。生まれて直ぐに「終末期」との診断を受ける例も珍しくはない。 「仮に自分が難病の子供を持つことになったら日本社会はどのようなサポートをしてくれるのだろうか?」そんなことを思いながら11月18日は会場の日本財団へと向かった。
日本の小児ホスピスは大阪に1施設存在するのみ

Children’s Hospice South West
実際小児ホスピスを利用する子供にホスピスの印象を聞いたところ、
「ここにいると、もう仲間はずれじゃないんだって思う」
「僕の価値を認めてもらえる」
「楽しいところ」
などの感想が上げられており、精神的な充実を感じられるものであった。
一方でその兄弟や親の感想では
「ホスピスが好き。だって妹が喜んでいる顔を見ると私も嬉しくなるの。」
「パパもママも一緒に朝寝坊が出来るの」
「ホスピスは世界でいちばんの場所」
「『死』に集中するのではなく、どんなに短くてもその人生を有意義に過ごすことを考えるところ」
などの声が上げられており、ホスピスが子供本人にとっても家族にとっても休息を得られる特別な場所となっていることが感じられた。
難病の子供をもつ親の負担はどうしても重くなってしまい、その結果として一般的には睡眠不足に陥りがちなことが知られている。こうした背景から小児ホスピスは子どもに対する症状緩和に留まらず、親の負担を大きく軽減する「レスパイト」と呼ばれる役割にも力を入れていることがうかがえた。
経済的な面では、ホスピスの運営に関する国からの援助は10%にすぎず、残りの大半は募金や遺贈などで賄われているとのことだった。ボランティアの参画も含めて小児ホスピスはまさに英国社会全体からの理解によって支えられることによって成り立っている。なお現在日本では小児ホスピスは大阪に1施設存在するのみで、彼我の差を痛感させられた。
英国では「施設」に限定されない複合的なサポートも
また最近では小児ホスピスは必ずしも「施設」という場にとらわれない「概念」として捉えられるようになって来ており、病院・(施設としての)ホスピス・自治体が一体的に連携して子供及びその家族をサポートする取り組みが進んでいることが紹介された。例えばソーシャルワーカーや看護師の訪問介護・看護支援はホスピスや病院と密接に連携した形でサービスが展開されており、ある父親が患児のケアに疲れて精神状態が悪化しアルコール依存症に陥った事例では、関係者間でいち早く情報が共有され対策が練られ実行された。具体的には患児の母親と兄弟は一時的に父親から離れてホスピスで生活・通学するよう手配され、父親に対しては精神科専門の看護師によるケアが提供された。このようにイギリスでは、地域の公共機関、ホスピス、病院が一体的に連携して患児及びその家族を支える取り組みが充実している様子が感じられた。
難病の子供たちは「退屈病」に悩んでいる

宇佐美典也
高橋氏の話の中で挙げられた「障がい児を持つ母親が子供の小学校への通学を希望したところ、学校側から『母親が常に学校に滞在していること』を条件に許可された」というエピソードは、日本では障がい児が生まれた場合、地域・社会で負担を分散するのではなく、母親の一身に重圧が集中する実態を象徴しているようで、聞いているだけで心が締め付けられるような気持ちになった。
また梶原氏が子供達の目線で語った「周りから見れば医療用チューブが鼻から出ている姿などはインパクトがあって『かわいそう』などと思うかもしれないが、実は子ども達本人は慣れっこだ。むしろ子ども達に取って深刻なのは、周りが自分たちを腫れ物のように取り扱って何もさせてくれず退屈である、ということだ。子供達は『退屈病』に悩んでいる」という指摘は、自分も含めて障がい児・難病の子供達の視点に立った問題の理解が不足している日本社会の現状を痛感させられた。
一方、子供達の親や家族の視点に立った小林氏の話の中では、経済的・精神的な負担を若い親たちだけで乗り切ることは困難で、一緒に悩みを共有し話し合うネットワークの重要性が語られた。
当日の会場の来客の多くは実際に難病の子供の支援にあたっている現場の職員の方々中心だったので、その後のディスカッションは難病支援に関する具体的な課題をめぐり盛況となった。ただ私自身からの質問として「日本は難病の子供が生まれて来ても安心して育てられる優しい社会だと思いますか?」ということを尋ねさせていただいたのだが、「安心してください。」という力強い返答をもらえなかったことにはきびしい現状を感じた。
冒頭にも述べたように障がい児や難病の子どもが生まれてくるのは純粋に確率的な問題である。私自身、障がい児・難病の子どもを持つことになるかもしれない。それにも関わらず障がい児本人やその親に過大な負担を強いる現在の日本社会の姿は決して胸を張って誇れるものではないように思える。
最近安倍政権では「一億総活躍社会」という言葉を強調するようになった。この中で「一億」という言葉が用いられたのは「老若男女問わず日本社会を構成する全ての人々が活躍できるように」という首相の思いが込められたと聞いている。この「一億」の中には当然に障がい児や難病を持つ子ども、そしてその家族も含まれているはずだ。そして政治の神髄とは本来こうした注目されにくい弱者を救うことにあるはずだし、また彼らのQOLを上げるために小児ホスピス施設やレスパイト施設を整備していくことは広い意味で「安心して子どもを産める環境」を作ることにも繋がり、ひいては少子対策にもなるはずだ。
日本では結婚が高齢化しており、今後ますます障がい児・難病の子どもが増えていく。そのような中で、それに対応した福祉政策が充実することを切実に望んだ一日となった。
[ PR企画 / 日本財団 ]