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朝生『激論!安倍政治 国民の選択と覚悟』を観て。

■「トリクルダウン」という言葉

 元旦に録画していた朝まで生テレビ!『激論!安倍政治 国民の選択と覚悟』を観てみた。今回はなぜか録画が途中で終わっていた(HDの容量不足ではなかった)ので、中盤からはネットのまとめサイトを利用して拝見させていただいた。

 今回の放送では、なにやら「やらせ」という言葉も飛び交っているようだが、その問題にはあえて触れずに、番組中に出た「トリクルダウン」という言葉についての感想を書いてみようと思う。

 番組中、小林よしのり氏が「トリクルダウン」という言葉を使用したこともあってか、竹中平蔵氏が「トリクルダウンは有り得ない」と述べられていたのが印象的だったが、どうも両者の間には「トリクルダウン」という言葉における認識が違っているのではないか?と思えた。

 「トリクルダウン」の定義をWikipediaから引用すると、「富める者が富めば、貧しい者にも自然に富が滴り落ちる(トリクルダウンする)」とある。

 これは要するに、「お金持ちがどんどん稼いでくれれば、貧しい人々にも富が分配されていく」ということを意味している。

 これは本当か?と言うと、本当でもあり嘘でもある。

■「トリクルダウン」は条件次第で有り得る

 「トリクルダウン」は、よくシャンパンタワーに喩えられることがある。1番上のシャンパングラスにワインが注がれた後、徐々に下に積まれたシャンパングラスにもワインが滴り落ちていくという説明が一般的だ。

 しかし、この喩えには1つ、大きな欠陥がある。それは、ワイングラスの容量には限りが有るが、人間の欲(この場合、お金を貯め込む欲のこと)には限りが無いということだ。

 シャンパングラスから流れ落ちるワインとは、人間の消費量を意味しており、ある一定の量を超えると必ず消費に向かうという約束事がなければ、この喩えは成り立たない。

 付け加えて言うと、このシャンパンタワーのワイングラスの大きさは、下に行くほど大きくなっている(あくまでも喩えです)ので、最終のワイングラスまではなかなかワインが届かないという難点がある。

 お金持ちがどんどんとお金を稼いだとしても、その稼いだお金の一部が必ずしも、貧しい人々に行き渡るわけではない。という意味では「」になる。

 しかし、この「お金持ちがどんどん稼いでくれれば」という言葉を「お金持ちがどんどんお金を使ってくれれば」という言葉に置き換えれば「本当」になる。

 解り易い例で言えば、中国政府が株価政策でお金をバラまき、そのお金を株式市場から間接的に得た中国の成金投資家(及び投機家)が、日本に旅行して爆買い(インバウンド消費)してくれれば、特に販売努力をしたわけでもない日本の生産者や販売者に特需的に富が分配される。これは、円安が招いた恩恵でもあると考えると、アベノミクスの恩恵とも言えるのだが、この現象はどう考えても「トリクルダウン」現象である。

 しかし、そのトリクルダウンで得たお金を日本の生産者や販売者が貯め込むだけでは、そこでトリクルダウン現象は途切れてしまう。

■「トリクルダウン」と「フリーランチ」

 おそらく、竹中氏は「トリクルダウン」というものを「フリーランチ」的な意味合いで否定されたのだろうと思われる。「富める者がどんどんと競争していくなかで得た富が、自動的に貧者に分配されるわけではない」 換言すれば、「努力した者が得た富が、努力しなかった者に自動的に分配されるわけではない」という意味合いで「トリクルダウンはない」と発言されたのだろうと思う。

 個人の自助努力は重要だということを戒める意味での「トリクルダウンはない」なら納得できるのだが、「世の中にはトリクルダウンは全くない」と言うのは、少々無理があると思う。

 トリクルダウン効果のみで一生働かずにフリーランチにありつけるというのは間違いだと思うが、先程、述べたような「爆買いで一時的にトリクルダウンが発生する」ことは有り得ることだと思う。

 「フリーランチ」と「トリクルダウン」は似ているようで少し違う。「フリーランチ」とは、その言葉が示す通り「タダ飯」という意味であり、何の努力もせずに他人の富を分捕ろうとする人々を批判する時に用いる言葉だが、「トリクルダウン」は、全体的な富の総量(動いている富の総量)が増加すれば、底辺が底上げされるという意味での言葉であり、自由競争を擁護する時に用いる言葉でもある。

 この世の中では、全員が全員、戦争や災害で貧しくなることは有り得ても、全員が全員、お金持ちになることは有り得ない。全員が全員、お金持ちになる社会というのは、結局のところ、全員が全員、平たく平等になる社会のことを意味するからだ。お金持ちもいれば、貧しい人もいるからこそ、「お金持ち」という概念が生じるわけで、全員が全員、同じレベルのお金持ちになる社会というのは、現実的に有り得ない。格差を認めた上での共産主義は有り得ても、格差を認めない共産主義は有り得ない。これは「トリクルダウン」は有り得ても「フリーランチ」は有り得ないという理屈とよく似ている。

 「トリクルダウン」とは、目には見えない現実的な格差是正システムである。そういう意味では、「トリクルダウン」とは、実は共産主義者が擁護するべき理論のはずなのだが、この国の(どこの国でも)共産主義者は「トリクルダウン」理論には否定的だ。

 格差を認めなければ「トリクルダウン」理論なんて成り立たないわけだから、当然と言えば当然かもしれないが…。

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