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米国各地で最低時給15ドル 背後にある非正規雇用対策 - 土方細秩子

ワシントン州シアトル市が「最低時給15ドル」を議会で決議し、全米に衝撃を与えたのは2014年のこと。その後カリフォルニア州サンフランシスコ市も同様の決定を下し、15年にはニューヨーク、ロサンゼルスもこれに習った。

 時給15ドルは今すぐ実施されるものではない。ロサンゼルス市の例を挙げると、まず16年1月から現在9ドルの最低時給が10ドルに値上げされ、2020年に15ドルと段階的に上がる。零細企業に対しては一定期間の猶予も設けられる。他の都市もほぼ同様で、最低時給の引き上げは5年後を目処にしているところが多い。

 日本でも学生による「最低時給1500円に」というデモが話題になったが、おそらくは米国での15ドル運動に呼応していると思われる。この動き、16年はますます加速しそうだ。

時給15ドルは最低限の生活を送るのに必要な金額なのか

 16年に最低時給15ドルの賛否を諮る自治体は、5州9都市に上ると予測されている。個々の企業でも独自の最低時給引き上げの動きがあり、15年にはフェイスブック、グーグル、UC(カリフォルニア大学)などが時給引き上げを発表した。マクドナルドも時給を12ドルに引き上げる方針だが、フランチャイズは含まず自社の社員のみ、という発表で批判を浴びている。

 この動き、ファストフード従業員による1日ストなど、労働者側から提議されたもので、民間非営利団体であるNELP(National Employment Law Project)によって後押しされてきた。「我々にも最低限の生活を送る権利がある」とする労働者側の圧力に、自治体が譲歩した形だ。

 では、時給15ドルは最低限の生活を送るのに必要な金額なのか。ちなみに連邦政府の定める最低時給は7ドル25セント、と半額だ。現在も少数の自治体はこの最低時給を実施している。

 正直なところ、時給15ドルが生活するのに必要最低限か、というのは「住む場所による」としか答えられない。米国には最低限の生活を不自由なく送るのに必要な給与として「リビング・ウェージ」という定義がある。ロサンゼルス郡を例にとると、4人家族のリビング・ウェージは時給26.65ドル(年間2080時間労働計算)。いわゆる貧困とみなされるのは時給11ドルだが、これは15年時点の最低時給9ドルを上回る。つまり現在の最低時給ではフルで働いても一家4人を養うことはできない。

 ただし、4人家族でも両親が共働きの場合のリビング・ウェージは16.02ドル、貧困となる時給は5ドル。子供のあるなし、子供の年齢などの条件にもよるが、住宅価格が全米平均に比べて高く、車が必須の都市ゆえにリビング・ウェージは高くなる。サンフランシスコ、ニューヨークとなるとさらにこの数字は高くなり、サンフランシスコの4人家族では30.31ドルだ。

 つまり現時点では「都市部に生活し、扶養家族のいる労働者は時給が15ドルに引き上げられても貧困すれすれのレベルから抜け出せない」ということになる。

 それならば時給引き上げそのものがナンセンスなのだが、この動きの背景にあるのは米国の労働のあり方の変化だ。ロサンゼルス郡の失業率はピークの2010年7月には13.2%だったが、15年10月には5.9%にまで下がった。米経済の回復基調に沿ったもの、と言われる。

失業率を減らす数字のマジック

 しかしここには数字マジックがある。失業者の定義に「15週以上無職期間があった」「時折パートタイム労働を行う」などの条件を加えると、2014年度のロサンゼルス郡失業率は15%に跳ね上がる。つまり完全失業は免れているが、正規雇用ではなく短期間のパートを繰り返す労働者も「就業者」に含まれているのだ。それだけ給与の高い正規雇用が減り、最低時給で働くパート労働者が増えているのが実情だ。

 当然のことながら、政府や雇用者に対し「正規雇用の増加によりリビング・ウェージを保障すべき」という圧力がかかる。しかし米経済はまだ大幅な正規雇用を増やせるほどには回復してない。そこで最低時給の引き上げで雇用状況の現状から目をそらせている、という批判も噴出している。

 もっとも打撃を被るのは中小、零細企業雇用者だ。個人経営の車の修理工場、レストラン、コンビニなどの店舗オーナーからは「時給15ドルになると経営が成り立たない」という声が上がっている。

 時給引き上げにより、物価が上がる懸念もある。しかしFRBが利上げを行ったばかりの米国ではむしろインフレ歓迎ムード。時給が上がったところで最低賃金労働者の暮らし向きは改善しない、という悪循環が透けて見える時給引き上げ運動。果たして最低時給15ドル時代の到来は米国人の生活の質をどのように変化させるのだろうか。

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