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ドイツ経済の要衝地 NRW州第一人者がみるインダストリー4.0 - Wedge編集部

ドイツ北西部に位置し、州都デュッセルドルフを擁するノルトライン・ヴェストファーレン州(以後NRW州)。同地はドイツのDAX株価指数主要30銘柄に数えられる9社を含む数々の大企業が拠点を構え、76万社を超える中小・中堅企業も集積するドイツ経済の中心地である。海外からの企業誘致にも積極的であり、日本からも550社に上る企業が進出している。

 このような日本企業の進出をサポートする役割を担うのがNRW州の経済振興公社NRW.INVEST、及びその日本現地法人の株式会社エヌ・アール・ダブリュージャパンである。同社の代表取締役社長は、日本生れという少々変わったバックグラウンドを持つゲオルグ・K・ロエル氏だ。

 ドイツ経済の中心地かつ中小・中堅企業の集積地故、インダストリー4.0への関心が高いNRW州経済の第一人者として、インダストリー4.0とドイツの現状について話を伺った。

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エヌ・アール・ダブリュージャパン代表取締役社長ゲオルグ・K・ロエル氏

Q.産業国としての道を歩んできたドイツは、他国産業の追い上げにより岐路に差し掛かっているように思います。インダストリー4.0の推進はそのようなことへの危機感が背景としてあるのでしょうか。またこれによってドイツは何を目指しているのでしょうか。

 インターネットが発達し、グローバル化が進んだ現代社会において、世界経済の潮流に付いていくことが出来なければ、将来的に世界で後れを取る可能性が高いと言えます。

 したがって、インダストリー4.0の着眼点としては、どうすればドイツの産業界にデジタル化の恩恵をもたらすことが出来るかということ。中でもドイツ産業界にとって最も重要である工作機械分野において、デジタル化をいかに進めるかということに注目が集まっています。

 一方で、アメリカのIT産業に正面から立ち向かおうとすれば、ドイツ産業の優位性を奪われるかもしれない、といった恐怖心は根幹にあるかもしれません。ドイツ産業がコモディティ化され、競争力を失ってしまうことは避けねばなりません。インダストリー4.0は各分野でのイノベーションをはかり、さらなるデジタル化を推進し、自国の強みを発揮することで、これに対抗するという意味合いも持つでしょう。

Q.インダストリー4.0はドイツ国内に留まらず、今や世界が注目する動きとなっていますが、国内外でインダストリー4.0に対する認識に何か違いはあると思われますか。

 インダストリー4.0は、国外では既に確立された仕組みがあるかのように言われていますが、この認識は誤りです。我々はこれからインダストリー4.0を築いていくのであって、どのようなスタンダード、通信ソフト等を用いるのかということも「Work in Progress(=進行中)」であり、まだ検討段階にある、と理解していただいた方が良い。

 さらに、インダストリー4.0において対象となるのは産業分野のみと思われがちですが、そうではありません。交通、物流、医療、農業そして行政といった分野にも広げるべきものであり、横断的な取り組みであると言えます。あえて“インダストリー”という言葉を用いるのは、ドイツ経済にとって最も重要である産業界へアピールするため編み出されたキャッチフレーズに過ぎません。

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マイン川畔の発電所と住宅街

Q.ドイツ本国では企業のみならず、個人レベルでもインダストリー4.0への関心が高いと聞きますが、個人はインダストリー4.0のどのような点に関心を抱いているのでしょうか。

 インダストリー4.0に対する理解や認識はドイツ国内でも様々ですが、昨今は労働組合でも「Arbeit 4.0(=ワーク4.0)」という取り組みが始まっています。

 ここ数年職場でのデジタル化が進むなか、サラリーマンや労働者の関心を集めているのは、デジタル化によりワークライフバランスが悪化する、または最悪の場合、やがて人間の職が奪われるのではないかということです。

 彼らが危惧するとおり、デジタル化で将来的に奪われる職の数と新たに生み出される職の数とを比較すると、前者の方が多いかもしれません。しかし、高齢化の進展により働ける年代も低減しているため、労働をめぐる状況が大きく変化することはないでしょう。

 技術革新はどのようなものであれ、特定の職を奪うと同時に、新たな職をも生み出します。革新にいかにして対応していくかということが重要ではないでしょうか。

Q.日本でもIoT推進の動きが始まっています。ドイツのインダストリー4.0から日本への示唆のようなものはありますか。

 日本は、ドイツ同様ものづくりにおいて世界の最先端を走っています。ITにおいても、ソフトウェア面では課題がありますが、ハードウェア面ではノウハウを持っています。

 しかし聞くところによると、製造業の工場のような現場レベルにおいては、それぞれのメーカーが個々の標準規格を持ち、共有できるスタンダードがあるとは言い難い。IoT推進のためには、将来的に現場レベルでの共通のスタンダードを築くということが必要となってくるでしょう。

Q.日本からの企業進出を支援するロエルさんの取り組みは日独企業の交流を深め、ひいてはインダストリー4.0における協力にもつながりそうですね。現職ではどのような取り組みをされていらっしゃるのでしょうか。

 日本企業のドイツ進出が増える中、株式会社エヌ・アール・ダブリュージャパンは1992年に設立されました。主なミッションとしては、企業や研究機関、メディア、政府関係機関や地方自治体など幅広い顧客を対象に、企業の誘致とロケーションとしてのNRW州の情報提供を行っています。しかし、税制優遇策で企業や人を呼び込むことはEU規定上制限があるため、それ以外の方法を考えなければなりません。

 日本とドイツは経済的・社会的に成熟した国家です。両国ともものづくりに強みを持つ技術立国であり産業が確立しているため、世界が直面する課題に対してソリューションを生み出す力がある。互いに競争相手でありながら、顧客になるポテンシャルも大きいと言えます。

 一方、日独は65歳以上の高齢者の割合が日本は26%、ドイツは21%と共に高い。このような現状を踏まえた上で企業や人へのアプローチや技術交流の促進を目指し、日本で注目されているテーマや課題に対してどう応えられるか検討することが我々のミッションです。

Q.現在注目されているテーマは何でしょうか。

 我々はいつも幅広いテーマに取り組んでいますが、目下着目しているのは製造業や医療分野が今後どうなるのかということです。これは日本にとってもドイツにとっても重要なテーマです。

 製造業に関する調査は4つの観点から進めました。第一には工作機械分野において、今企業が何に取り組んでいるかといったことを調べました。さらに、3Dプリンターのような何か新しく画期的な製造技術はないかということ、また人間とロボットの協働がこれからどう進むかということ、そして製造とITの融合といった観点からも調査を行ってきました。その過程でインダストリー4.0が益々注目を浴びることになったのです。

Q.企業に対するアプローチはどのように行われているのでしょうか。

 企業へのアプローチは、企業側から声がかかることもありますが、こちらから声をかけることもあります。どのようなトレンドや技術革新、そして製品があるのかを日独で調査・情報提供し、場合によってはドイツの企業やパートナーを紹介することもあります。

 最近手がけた中ではQDレーザという会社によるメガネ型のウェアラブル端末「レーザアイウェア」に注目しています。これは微細なレーザーで内蔵の鏡に映像を投影し、その反射により網膜に直接イメージを映し出せるもので、装着者の視力に左右されず使用出来るため、近眼や老眼、視覚弱者など視力に問題を抱える方にとっては画期的な技術です。

 日本では医療機器の認証に時間がかかるため、最初は福祉機器として販売する予定です。しかし、このような最先端の技術を駆使し、人のために役立つ画期的な製品は、日本とドイツで並行して申請を進め、遅れを取らないことが重要と考えています。いかに技術的に優れたものであっても、まず日本で地場を固めてから海外に売り込もうとするのでは、その間に競合が現れて先に海外マーケットを占有されてしまいます。グローバル市場においてはスピード感がなければ競争に打ち勝つことはできません。

 さらに企業の誘致や市場参入のサクセスストーリーをつくるために必要な視点は、ステークホルダーやベストパートナーといったさまざまな要素を整理し、その上でどの要素が最も重要であるか判断することです。QDレーザの事例では、日独の放射線治療のプロジェクトをすでに手がけていた関係で、目の中に出来る癌治療の専門医(NRW州大学病院)の方をQDレーザへとスムーズに紹介できました。

 また、日本とドイツという異なる国家間で事業を行う際には、信頼と適任が重要です。紹介できたとしても実際に話してみないと信頼関係の構築はできず、さらに適任ということについては、必ずしも技術的な意味でのナンバーワンのパートナーを求めるよりも、日本の会社や習慣に対応できる相手であるということの方が望ましいと言えます。それからそのダイアログをタイミング良く、ステップ・バイ・ステップで継続させることです。

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子供時代の自身の写真を見ながら話すロエル氏

Q.ロエルさんは日本に対して理解をお持ちであるように感じますが、それは日本出身というバックグラウンドによるのでしょうか。

 確かに、ロエル家と日本との関係はすでに戦前から始まっています。父は1937年にイエズス会の神父見習いとして初来日し、戦時中の1943年、船でドイツに帰国する途中捕虜になり、終戦後ドイツに帰りました。その後外交官になったことをきっかけに再来日し、1955年に私が生れ、5歳まで東京に住みました。しかし、その時の思い出は微かにしか記憶していません。

 ドイツで高校を卒業した後、父が大阪のドイツ総領事となり、再来日しました。日本への興味が湧き、日本語の勉強も始めました。生れは東京でしたが、このときに関西に住むこととなり、京都や奈良といった東京と異なる日本を知ることが出来たのはラッキーでした。その後は帰国し、ドイツの大学で学びましたが、日本へ留学し、いつか日本で働きたいと願っていました。最初に就職した銀行の仕事で度々日本と関わりがありましたし、現職でもその思いを実現させることができました。

Q.日本とドイツは第二次大戦における敗戦国であるという共通の歴史を持ちますね。

 ドイツは二度の大戦を経て敗戦国となりました。しかし、戦火を交えたフランスやポーランド等の隣国とも青年同士の交流や教科書の共同検証等を進め、積極的に和解のため尽力してきました。

 他方、国家の関係性とは世代間で変わる生き物のようなもの。それぞれの世代は、将来的にも安定した親善関係を維持するために努力を続けていかねばなりません。これは、今のヨーロッパでも東アジアでも必要なことかと思います。

Q.欧州危機を経て、ドイツはEUの中でますます重要な地位を占めるようになっていますが、かつての大戦時のイメージも相まって、そのようなドイツの地位には周辺諸国からの反発の声も聞かれます。

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『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる:日本人への警告』エマニュエル・トッド著、堀茂樹訳(文春新書)

 エマニュエル・トッド氏は著書『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』において、ドイツがユーロを利用して周辺の貧しい東欧諸国を自国経済に隷属させるシステムを築き上げたと痛烈な批判を行っています。

 欧州危機の最中にありながらも経済的な成功を収めていたドイツに対し、批判的な議論が生まれることは理解できます。しかしそのような解釈は誤りです。

 戦後敗戦国となったドイツは、欧州共同体の一員として欧州の政治的、文化的、経済的発展のために貢献し続け、一定の成果を上げてきました。

 EU圏内には経済発展のレベルが異なる国々が集まっており、ある国はその恩恵を受け、ある国はその負担を強いられています。現状のままでは経済的な発展にさらに開きが生じることも考えられます。歪みがさらに拡大することを防ぐためには政治や経済面での統合をより進めていく必要がありますし、ドイツを含めた各国は自国の経済や社会の構造的改革を推進する必要があります。ドイツは欧州経済を牽引するエンジンとしての責任も果たすべきです。

 その過程でドイツは自国の利益に固執せず、欧州各国の状況や課題もよく理解した上で、各国が納得できる解決策を追求していくべきです。難民などの政策的な問題においてもEU全体は協力して取り組まねばなりません。

 危機を経た欧州経済は現在回復基調にあると言えますが、その中でドイツだけが一人勝ちをすべきではないですし、欧州共同体の将来を確実なものにすることが肝腎かと思います。

Q.経済面以外で今ドイツに注目が注がれていることといえば難民問題であるかと思います。難民受け入れに積極的なドイツに対し、日本は受け入れに消極的であると批判されています。

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 世界的な規模で難民問題がかつてないほど深刻になりつつある中、難民を生む国々で建設的な取り組みをすることが最も重要です。

 他方で、国際社会の重要なプレイヤーである日本も何らかの形で難民問題に協力しなければなりません。日本は島国故に難民の流入を防ぐことが可能ですが、地続きであるドイツではそうはいかず、また先の大戦の経験からして人道的にもそうすべきではありません。

 また日本は難民問題とは別に、遅かれ早かれ移民政策を真剣に考える必要があるように思います。人口が8000万人まで減ることを前提に耐えるのか、あるいは国民が成長を実感できる水準に人口を保つため、移民や難民を積極的に受け入れるのか、どのような形になるのかはまだわかりません。

 私の理解が正しいかどうか分かりませんが、“東アジアは一つの共通の文化圏である”と言われることがあります。そのような意味でも、日本にとって最も自然なのは、近隣の韓国や中国との経済的・人的な交流を、移住者を含めて考えていくことではないでしょうか。

 しかし、日本の将来にとって最も重要なのは、少子高齢化が急速に進む社会において、個人と家族が豊かに暮らせる環境を築くこと、そして地方の潜在的魅力を活かす施策を打ち出すことです。

 ドイツやNRW州で進めているインダストリー 4.0は、社会や経済を活性化するイニシアティブとして参考になることがあるかもしれません。

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