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開かれたアジア太平洋を目指す「100年マラソン」の幕開け 中国の「統一戦線工作」とピルズベリー氏『China 2049』の教訓を中心に - 平野 聡

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ピルズベリー氏が強調するのは、1949年の中華人民共和国建国以来、どれほど凄まじい政治的混乱が繰り返されながらも、中国は総じて、欧米日によって19世紀以来壊されてきた歴史の栄光を取り戻すため、春秋戦国時代以来の戦略論に即して国際情勢の「勢」を慎重に読み、着々と手を打ってきた、ということである。とりわけ、中国が先進国から受けた莫大な援助による発展は、中国が既存の国際関係の良き参加者となるためではなく、当面目的は一切ひた隠しにしたうえで、いつか既存の先進国と国際関係を完全に凌駕するためであると説く。この結果、中国の息の長い「100年マラソン」(2049年=人民共和国100周年を、「中華民族の偉大な復興」達成のタイミングと位置づけ、意図をなるべく外界に知られず息長く走り続けること)に対する米国の対応は、既に手遅れの域に達したという。

中国に対する米国の大きな誤解

 では、何故こうなるまで米国は中国の意図を見抜けなかったのか。ピルズベリー氏は以下の誤った認識を列挙する。

 (1) 中国とつながりを持ちさえすれば、米国は世界レベルの問題で中国の協力を得られる。

 (2) 中国は民主化に向かいつつある。

 (3) 中国は、「常に危機に直面している」という中国側の認識に基づいて、救いの手を差し伸べるべきである。

 (4) 中国は米国のようになることを望み、実際その道を歩んでいる。

 (5) 中国の極端なナショナリストの立場は弱く、改革派の方が強いと思い込む。

 以上を換言すれば、米国は中国について「古く雄大な歴史を持つにもかかわらず衰退してしまった哀れな国家であり、しかもソ連の脅威にあえぐ中で心から救いを求め、《西側》と同じような価値観を共有する国家に生まれ変わりたいと願っている。したがって米国は、責任ある超大国として彼らを助けなければならない。ゆくゆくは、米中両国が日本などとの関係よりも圧倒的に強力なパートナーシップを結び、世界の秩序を新たな段階へ進ませることができる」と見ていたことになる。

 確かに、中国の一部の改革派は自由で開かれた国際社会の一員となることを願ってきたし、筆者(平野)も、そのような声には心から共感する。しかし、ピルズベリー氏が苦々しくも告白しているように、少なくとも胡耀邦氏と趙紫陽氏の失脚以来、それが中共の願望であったことは一度もない。このことは、中共の機関紙『人民日報』や、その子会社の極右国際情報紙である『環球時報』を昔から日々観察すれば一目瞭然である。

 筆者(平野)は80年代、世界史を学ぶ高校生だった頃からチベット問題の深刻さに気付き、さらに1989年の大学入学直後に六四天安門事件を見聞したことで、中国ナショナリズムの言説に根本的な疑問を抱いた。そこで学部生の頃から日々大学図書館で『人民日報』を読み続け、さらに研究者となったものである。このため、中共が「韜光養晦」の低姿勢から「中国夢」の高圧的姿勢に移行しても全く驚かないどころか、むしろ思いのほか早く彼らの思想的本質を露わにしたものだと思った。

 このため筆者としては、ピルズベリー氏の議論には完全に同意しつつも、同時に「情報機関の莫大な予算とマンパワーがあれば、これくらいのことは容易く知り得たのに、何を今さら」の感を否めない。しかし、米国人のほとんどは漢語の微妙な含意を正確に判断できず、華やかな、あるいは親密な雰囲気の会合で「中国は弱く多難である。中国の平和的台頭と中米の共存に向けた協力を望む」と言われれば、それが裏表なき中国の願望だと判断し、以来、米中両国は裏で膨大な軍事協力を積み重ねてしまったのだという。確かに米国は、尖閣問題が中共の挑発により先鋭化する中でも、日米安保に即して尖閣を防衛する旨をなかなか明確に示さなかった。

しかし今や米国が急速に中国と距離を置き、とりわけ今年の米中首脳会談において南シナ海問題などをめぐる中国の主張を一蹴するに至ったのは、米国が中国について明確に、望ましい国際秩序とその方法を共有していない存在であると確信したためであろう。

 このように昨年は、中国の台頭が一定の大台に達し、経済力の裏付けによって明確に国際的影響力を増した反面、ますます深まる国内外の軋轢やアジア太平洋諸国の態度変更もあって「100年マラソン」の実相が明るみにされた一年であった。したがって2016年は、そのような中共のやり方に従属することを望まない国々(そして、中共のやり方が望ましいとは思わない中国の人々)が広く連帯し、自由で開かれたアジア太平洋地域、そして世界を創造するための、新たな「100年マラソン」を堂々と始めたタイミングとして将来記憶されるようにならなければならない。

「統一戦線工作」的手法は
中共の致命的な弱みや悩みと表裏一体

 この過程では、例えば『人民日報』や『環球時報』に現れる、およそグローバルな国際関係を保つ上で有益ではない自己中心的な発想について、決して「極端すぎる。それが平和的台頭を掲げる中国の主流の考え方ではない」と見なすべきではない。ピルズベリー氏によると、米国は情報部門からして、最近までこのような議論を、翻訳しようものなら米中関係を乱すとして、自発的に無視していたのだという (!)。しかし長い眼で見れば中国外交はあくまで、共産党機関紙やその過激で極右な子会社紙に現れた言説の通りに進められている。たとえ個々の中国の人が穏健な意見を持つとしても、中共中央宣伝部がメディアを支配し、この二紙をとりわけ「党の喉と舌」と位置づけている限り、そこに現れる言説(とりわけ「本報評論員」という肩書きや「国紀平」などの偉ぶったペンネームによる文章)は、中共中央における戦略を反映したものなのである。

 いっぽう、日本は開かれた国際秩序を尊ぶ立場である以上、中国との相互尊重的な関係は重視するべきであろう。中国との取引は、双方の需要と信義則にのっとって妨げなく展開されることが望ましいし、公正な条件での国際競争は受けて立つべきである。しかし、中共の「統一戦線工作」的言説によって一方的に「友好」を表明させられたり、利益を供与させられたり、あるいは一方的に名誉を毀損されるような状況があれば、自信を持って堂々と拒否するべきである。なぜなら、中共が「統一戦線工作」的手法に訴えるときは、中共自身の致命的な弱みや悩みと表裏一体だからである。(ちなみに、中国との具体的なビジネスにおいて、何が公正な取引で、何が「統一戦線工作」的な陥穽であるのか。昨年の新刊書で強い興味を引いた一冊として、松原邦久氏の『チャイナハラスメント 中国にむしられる日本企業』(新潮新書)をお薦めしたい)。


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