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引退後の澤穂希にしかできない仕事とは - スポーツ・インテリジェンス【第42回】

ストレスでジンマシンの時代も

サッカー日本女子代表『なでしこジャパン』のシンボル、澤穂希(INAC神戸)が今季限りの現役引退を表明した。サッカーボールとともに30余年。過日の引退会見で、37歳は「今後は、サッカーはもちろん、日本のスポーツ界、世界のスポーツ界でも活躍できるような、澤穂希にしかできない仕事をやっていきたい」と話した。

澤の言葉を借りると、「納得のいく最高のサッカー人生」だった。中学3年の15歳で日本代表デビューし、6度もワールドカップ(W杯)に出場した。主将を務めた2011年W杯ドイツ大会では、米国との決勝の延長後半に同点ゴールを決め、日本を初優勝に導いた。国際サッカー連盟(FIFA)の「バロンドール」(年間最優秀選手賞)も受賞。12年ロンドン五輪では、銀メダルを獲得した。

澤のサッカー人生は、女子サッカーの躍進と重なっている。「一番つらかった時期だった」と振り返る04年アテネ五輪のアジア予選、けがを押して朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を倒し、五輪切符をつかんだ。もしも、2000年シドニー五輪に続き、アテネ五輪でも出場権を逃していれば、いまの女子サッカーの人気はなかっただろう。

澤はこう、述懐した。「北朝鮮に勝たないと、アテネオリンピックに行けない大事な時でした。その時、私自身はひざをけがして、出場を危ぶまれていました。自分のけがの不安がありましたし、チームがアテネのオリンピックに行けるのか、今後の女子サッカー界がどうなるのか、正直、とても不安になりました。心も体もストレスでジンマシンができたりして、大変な時期だったなと思います」

アテネ五輪出場を決めた日本女子は、「なでしこジャパン」という愛称をもらい、同五輪でベスト8入りを果たした。そこからチーム力も人気も上昇気流に乗り、08年北京五輪ではベスト4、11年W杯ドイツ大会の優勝につながった。澤は女子サッカーを取り巻く環境の変化を肌で感じていた。

「ワールドカップで優勝したあとは、ほんとうにお客さんの数も、スポンサーさんの数も、女子サッカーの知名度も、まったく変わったなと実感しました」

まだまだ少ないプロ選手

もちろん、澤本人は夢中でサッカーに打ち込んできただけである。日本女子サッカーリーグ(なでしこリーグ)が発足したのが1989年。90年代は観客がほとんどいない会場で試合をしていた。なでしこジャパンの人気で一時は観客もスポンサーも増えた。「環境を変えたいと思ってプレーしていましたか?」と聞けば、澤は少しはにかんだ。

「女子サッカー界を変えたいという思いよりも、少しでもいい環境であってほしいなという気持ちでやっていました」

環境は改善されたとはいえ、このところ、なでしこリーグの観客数は伸び悩んでいる。選手の待遇も、プロ選手主体は澤が所属するINAC神戸くらいで、他のチームの多くの選手は仕事をしながらサッカーをしている。男子と比べると、まだまだ女子選手を取り巻く環境は厳しいのである。

澤はもちろん、環境の改善を願っている。「私の所属のINAC神戸では、プロとして昼から練習をさせてもらっています。そういったチームがひとつでも多く生まれることが、日本女子サッカー界にとって、今後の課題だと思います」

いっそうの環境改善のためには、なでしこジャパンが五輪、W杯で活躍し続けることが必須だろう。さらにいえば、澤が日本女子サッカーの「顔」として、なでしこリーグの価値を高め、運営基盤を確固たるものにしていく役目を担うのではないか。

マーケティング的にみれば、女子サッカーはまだ発展途上。引退後の澤穂希にしかできない仕事、それは日本女子サッカー界のリーダーとしてのかじ取り役である。

松瀬 学(まつせ・まなぶ)●ノンフィクションライター。1960年、長崎県生まれ。早稲田大学ではラグビー部に所属。83年、同大卒業後、共同通信社に入社。運動部記者として、プロ野球、大相撲、オリンピックなどの取材を担当。96年から4年間はニューヨーク勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。日本文藝家協会会員。著書に『汚れた金メダル』(文藝春秋)、『なぜ東京五輪招致は成功したのか?』(扶桑社新書)、『一流コーチのコトバ』(プレジデント社)、『新・スクラム』(東邦出版)など多数。2015年4月より、早稲田大学大学院修士課程に在学中。

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