記事

「パリ同時テロ」をめぐる誤解――「テロ」「移民」「極右」の連鎖を打ち切るために - 吉田徹(ヨーロッパ比較政治)

2/2

移民同化vs.多文化主義という構図

これと関連して、フランスが同化政策(この言葉や概念そのものがもはや古びているが)をとっており、厳しい政教分離(ライシテ)政策をとっているためにムスリムからの反発があるとする解釈も無効である。

例えば、多発テロの主犯格とされるアバウド容疑者はベルギーで生まれ育った人間だが、ベルギーはフランスとは反対に移民系市民の文化的・宗教的バックウラウンドを尊重する多文化主義政策を採る国だ。

2000年代にイギリス『パレク報告』などで多文化主義政策の負の側面も指摘されるようになっており、2010年代に入ってからはイギリスのキャメロン首相、ドイツのメルケル首相がともに多文化主義政策の失敗を指摘していた。多文化主義を採る国でもテロが起きているのであれば、フランスの社会政策とテロを結びつけるのは、論拠としては実証に耐えないものとなる。

もちろん、こうした事実とフランスの統合政策がどれほど機能しているかは別次元の問題である。何れにしても、移民政策や関連する社会政策については、より細かで精緻な研究や整理の蓄積が進んでおり、同化政策vs.多文化主義といった単純な構図だけで議論を進めることには自ずと限界が生じる。

仮説を交えていえば、サービス産業化が進む中で(フランスは先進国の中でもサービス産業のシェアが75%と高い)、対人サービスや知識産業が比重を占めていき、その社会のレイトカマーは文化資本で劣るため、ライフチャンスに恵まれない蓋然性が高くなる。しかも個人化が進む社会においては、メインカルチャーの動揺(伝統的な工業社会は労働を通じたメインカルチャーを創生していた)は、そのまま個人の次元でのアイデンティティの危機を伴う。そこに宗教的な言説をまとった過激主義や暴力主義が介在する余地が出てくる。

さらに11月の同時テロを犯したテロリストたちに共通しているのは、先のアバウドを含め1人を除いて全員が20代だったことだ。リーマンショック以降、欧州各国の若年層の失業率は高止まりしており(フランスでは25%、ベルギーでは20%)、剥奪感と疎外感の原因となっている。移民系とされる人々は近代化とグローバル化の相対的な敗者に陥りやすいものの、それは移民系に限られるわけではなく、また文化的・宗教的・エスニック上の問題に帰せられるわけでもない。フランスでは若年層の犯罪や非行が急上昇していることも確認できる。

テロは右傾化させる?

同時テロを受けて、日本でも注目を浴びたのが、12月6日と13日に行われた地域圏議会選挙だった。フランスを含め、各国メディアはテロを受けてフランスの極右政党FN(国民戦線)が支持をどれだけ集めるに大きく注目した。果して6日の第1回投票で、FNはフランス本土の13地域圏のうち6つの地域圏で得票率首位となり、テロによってフランスが右傾化するのではないかとの予測が現実のものになったかにみえた。

もっとも、テロで国が右傾化するという予測にも根拠はない。一般的に戦争のような例外状態では、支持は現職リーダーに集まる。例えばフォークランド紛争時のサッチャー首相や9.11時のブッシュJr大統領は、戦争を受けて支持率を急上昇させたが、それまでは人気のある指導者ではなかった。15%を切る史上最低の支持率に喘いでいたオランド大統領も、テロによって支持率をV字回復させた1人であり、7割以上の国民がテロに対して有効に対処していると評価した。

地域県議会の決選投票で国民戦線は得票率を上乗せしたものの、高い投票率と保革の二大政党(共和党と社会党)の選挙協力によって、何れの地域圏でも過半数を獲得できなかった(決戦投票では右派連合が得票率40%〔7選挙区〕、一部候補者名簿を取り下げた左派連合が29%〔5選挙区〕、FNが27%〔0選挙区〕)。

今回の地域圏議会選挙は、地方分権改革の一環から生まれた新たな地域圏の区割りのもとで行われた初めての選挙であり、FNの実勢を測るには必ずしも相応しくないが、同党が地域圏議会の全1900議席のうち358議席を占め、2012年の大統領選を上回る過去最高の得票数を得たのは事実である。

極右の伸張はなぜあったのか

ただし、テロがこのFNの伸張の原動力になったかといえば、必ずしもそうはいえない。

例えば、世論調査会社IPSOSが第1回投票後に実施した有権者調査では、FN比例名簿に投票した有権者の44%が投票した理由に「失業」をあげており、「テロ」としたのは32%にとどまっている。実際に、統治を任せるだけの信頼を寄せているのは右派に対して41%、左派に対して39%なのに対し、FNに対する信頼感は20%でしかない。また、FNが第1回投票で躍進したことに不安を覚えるとした有権者は57%にのぼる一方、満足するとしたのは26%、無関心としたのは17%だった。

つまり、インフラ整備や教育政策を担う地方自治体の選挙であることを考えても、有権者の多くはテロや移民の問題というより、日常生活の不満をFNに託したと解釈するのが妥当である。なお、その中でも有権者の4割が、現政権に対する不満を表明するために野党に投票したと回答している。

すでにFNはフランス政治における揺るぎのない第三極を形成している。比例代表のもとで行われた2014年の欧州議会選挙では、保革の二大政党を抑えて第1党の地位を確保している。地域圏議会選以前からFNは登り調子にあったのであり、その延長線上にこの選挙は位置づけられ、解釈されるべきだろう。

むしろ、地域圏議会選では、本来ならば競争すべき保革二大政党が、協調することでFN進出を阻止(『共和国戦線』などと呼ばれる)したことの方が深刻に受け止められるべきだ。保革の協調はFNの「既成政党は党派に関係なく腐敗している」という主張に説得力を与えることになり、それが再度FN支持となって回収される可能性があるからだ。

そうした観点からは、2017年5月に予定される大統領選の行方は予断を許さない。ただ、テロとFNの伸張を安易に結びつけることも、テロと移民の恐怖を訴えるFNの言質に真実味を与えてしまうことには注意深くなければならない。

「事物を正しく名付ける」ことの必要性

作家アルベール・カミュはノーベル文学賞を受賞した際のスピーチで、「事物を間違って名付けることは世界の不幸を増やすことだが、事物を名付けないことは私たちの人間性を否定することになる」という有名な言葉を残した。

冒頭に指摘したのは、テロという、いかなる本質や属性に還元できず、また還元すべきでもない暴力行為は、それがどのように「見られるか」を本質にしているということだった。そうであれば、テロをどのように解釈するのか、カミュに倣えばそれを「正しく名付けること」ことこそが、テロとの戦いに必要とされるのではないだろうか。

これまでに指摘してきたのは、私たちは少なくともパリ同時テロという事物を正しく名付けられていないということだ。テロは当分のこと増えてはしても、減ることはないだろう。そうであれば、私たちは世界の不幸を増やさぬために、テロを正しく名付けていかなければならない。それは決して簡単なことではないにしても。

サムネイル「Paris rally, 11 January 2015 (12)」patrick janicek – LE BATACLAN.

リンク先を見る

感情の政治学 (講談社選書メチエ)
著者/訳者:吉田 徹
出版社:講談社( 2014-08-12 )
定価:¥ 1,890
Amazon価格:¥ 1,890
単行本(ソフトカバー) ( 288 ページ )
ISBN-10 : 4062585820
ISBN-13 : 9784062585828

画像を見る 吉田徹(よしだ・とおる)
ヨーロッパ比較政治

1975 年生まれ。慶應義塾大学法学部卒、東京大学総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。現在、北海道大学法学研究科/公共政策大学院准教授、仏EHESS連携研究員。この間、パリ政治学院講師、ニューヨーク大学客員研究員。専攻は比較政治、ヨーロッパ政治。著作に『ミッテラン 社会党の転換』(法政大学出版局)、『二大政党制批判論』(光文 社新書)、『ポピュリズムを考える』(NHKブックス)、編著に『ヨーロッパ統合とフランス』(法律文化社)、共著に『紛争と和解の政治学』(ナカニシヤ出版)、『政権交代と民主主義』(東京大学出版会)など。

あわせて読みたい

「パリ同時多発テロ」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    コロナがもたらした「甘えの構造」

    ヒロ

    09月26日 13:06

  2. 2

    新型iPhone13シリーズが発売 AppleがLightningにこだわる理由

    S-MAX

    09月26日 14:36

  3. 3

    感染者減少の理由が若者の深夜の繁華街の人流減少というのなら、その他の行動制限は外してください

    中村ゆきつぐ

    09月26日 08:14

  4. 4

    生かしても地獄、潰しても地獄…中国・習近平が抱える「不動産問題」の深刻さ

    PRESIDENT Online

    09月26日 09:40

  5. 5

    共産主義・マルクス主義信奉を志位和夫委員長が改めて表明した心意気や良し。野党共闘はやはり「大異小同」だ

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

    09月26日 08:41

  6. 6

    「自粛を求め続ける政治家にこそ責任がある」"気の緩み"に怒る人たちに考えてほしいこと

    PRESIDENT Online

    09月26日 14:06

  7. 7

    今回の総裁選に見る自民党派閥の凋落

    舛添要一

    09月26日 18:51

  8. 8

    コロナ禍、エンタメ需要増も「面白い同人誌」は激減? その理由とは

    キャリコネニュース

    09月26日 08:54

  9. 9

    ファーウェイ副会長が帰国、中国当局が拘束のカナダ人2人も帰国

    ロイター

    09月26日 16:29

  10. 10

    外部の課題より内部抗争重視の組織と共倒れする日本

    松田公太

    09月26日 17:42

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。