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- 2011年03月28日 02:24
日の丸ブランド オワタ SOMAの光と影
東日本大地震の第一報が入った翌日、僕はコンデナスト・デジタルのカントリー・マネージャー、田端信太郎さんとディナーの約束があったのでサンフランシスコのソーマ(SOMA)に行きました。
コンデナストは「ヴォーグ」、「ワイアード」、「ザ・ニューヨーカー」、「GQ」、「コンデナスト・トラベラー」などの雑誌を傘下に持つ出版社です。およそ雑誌の世界ではコンデナストほど神格化された企業はありません。
ソーマ(SOMA)とはSouth of Marketの略でダウンタウンの大通り、Market Streetの南側という意味です。
View サンフランシスコ・トレンディスポット in a larger map
昔、マーケット・ストリートの南側は軽工業や倉庫などが所在する、薄汚い場所でした。
しかし1990年代半ばからgentrification(街並みが綺麗になること)が起こり、今ではサンフランシスコでもとりわけトレンディーな処になっています。
待ち合わせの約束をしたWホテルは90年代に登場した新しいコンセプトのファッショナブルなホテルです。
Wホテルのロビーに入ると金曜日の仕事を終えた若い「ビューティフル・ピープル」でロビーを横切ることすら出来ないほど混雑しており、DJが入って「ぶんぶんぶん」と喧騒なハウス系の音楽が鳴っています。
余りうるさいので近所のインド・レストラン、「アンバー」に避難することにしました。
Wホテルがオープンしたとき僕はこのすぐ近所に会社のトレーディング・ルームがあったのでこの辺りはよく知り尽くしていました。でも昔はWホテルも今ほど流行っていなかった気がします。
考えてみればここはTwitterの新しい本社から一番近いホテルであり、ソーマにはTwitterをはじめとしたウェブ・スタートアップ企業が続々誕生しています。
Wホテルのすぐ向かいはヤーバ・ブエナ・センターであり、ここはアップルが新製品を発表する際のプレス・カンファレンス会場です。言わば世界のテクノロジー・ギークにとって聖地メッカのような存在です。
ドットコム・バブルがはじけてからまる10年、いまのSOMAはバブルの絶頂の当時を凌駕する賑わいを見せています。
しかしブームの主役の顔ぶれは当時とはかなり変わっています。
たとえばヤーバ・ブエナ・センターのパフォーマンス・ホールのこけら落としをしたのは僕の記憶が正しければ半導体製造装置の会社、ノベラス(ティッカー:NVLS)でした。
このノベラスに代表されるようなハードウエア系の企業は今回のブームの主役ではありません。実際、ハードウエアのスタートアップに対するベンチャーのファンディングは過去20年で最低水準を低迷しています。
そういう状況を反映してサンフランシスコから南に下ったシリコンバレーはいまだにドットコム・バブル当時の輝きを取り戻せていない印象を与えます。
言いかえればブームの中心がシリコンバレーからサンフランシスコ市内へと北上したのです。
もうひとつの変化はゲーム・コンソルの相対的地盤沈下です。
昔は新しいプレイステーションやXボックスが発表されるとSOMA全体が興奮に包まれたものです。しかしいまや完全にそれはiPhoneやiPadにとって代わられています。
ドットコム・ブームの真っ最中にオープンした「Metreon」は当時、SOMAの核となる最も重要な商業施設でした。
しかし今では僅かにマルチプレックス(=映画館)が残っているだけで、あとはがらんどうです。
ここはもともとSONYの旗艦ストアがあった場所で、SONYが流行の発信者としてSOMAに君臨していた往時がしのばれます。
いま再び繁栄を極めているSOMAのど真ん中で「Metreon」だけがまるで「廃墟萌え」的な哀感を帯びたオーラを醸し出しているのです。
田端氏とのディナーでは仕事柄、自然にインフルエンサー(=他人の意見形成に影響を及ぼすオピニオン・リーダーのこと)についての話題に流れてゆきます。
アナ・ウインター(=「ヴォーグ」の編集長)が毎日会社の経費で美容師さんにヘアカットしてもらっていることとか、SIニューハウス(コンデナストのオーナー)やクリス・アンダーセン(「ワイアード」編集長)とのミーティングの話などを面白く伺いました。
でも僕の脳裏からは「Metreon」の無残な姿が離れなかったのです。
コンデナストは「ヴォーグ」、「ワイアード」、「ザ・ニューヨーカー」、「GQ」、「コンデナスト・トラベラー」などの雑誌を傘下に持つ出版社です。およそ雑誌の世界ではコンデナストほど神格化された企業はありません。
ソーマ(SOMA)とはSouth of Marketの略でダウンタウンの大通り、Market Streetの南側という意味です。
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昔、マーケット・ストリートの南側は軽工業や倉庫などが所在する、薄汚い場所でした。
しかし1990年代半ばからgentrification(街並みが綺麗になること)が起こり、今ではサンフランシスコでもとりわけトレンディーな処になっています。
待ち合わせの約束をしたWホテルは90年代に登場した新しいコンセプトのファッショナブルなホテルです。
Wホテルのロビーに入ると金曜日の仕事を終えた若い「ビューティフル・ピープル」でロビーを横切ることすら出来ないほど混雑しており、DJが入って「ぶんぶんぶん」と喧騒なハウス系の音楽が鳴っています。
余りうるさいので近所のインド・レストラン、「アンバー」に避難することにしました。
Wホテルがオープンしたとき僕はこのすぐ近所に会社のトレーディング・ルームがあったのでこの辺りはよく知り尽くしていました。でも昔はWホテルも今ほど流行っていなかった気がします。
考えてみればここはTwitterの新しい本社から一番近いホテルであり、ソーマにはTwitterをはじめとしたウェブ・スタートアップ企業が続々誕生しています。
Wホテルのすぐ向かいはヤーバ・ブエナ・センターであり、ここはアップルが新製品を発表する際のプレス・カンファレンス会場です。言わば世界のテクノロジー・ギークにとって聖地メッカのような存在です。
ドットコム・バブルがはじけてからまる10年、いまのSOMAはバブルの絶頂の当時を凌駕する賑わいを見せています。
しかしブームの主役の顔ぶれは当時とはかなり変わっています。
たとえばヤーバ・ブエナ・センターのパフォーマンス・ホールのこけら落としをしたのは僕の記憶が正しければ半導体製造装置の会社、ノベラス(ティッカー:NVLS)でした。
このノベラスに代表されるようなハードウエア系の企業は今回のブームの主役ではありません。実際、ハードウエアのスタートアップに対するベンチャーのファンディングは過去20年で最低水準を低迷しています。
そういう状況を反映してサンフランシスコから南に下ったシリコンバレーはいまだにドットコム・バブル当時の輝きを取り戻せていない印象を与えます。
言いかえればブームの中心がシリコンバレーからサンフランシスコ市内へと北上したのです。
もうひとつの変化はゲーム・コンソルの相対的地盤沈下です。
昔は新しいプレイステーションやXボックスが発表されるとSOMA全体が興奮に包まれたものです。しかしいまや完全にそれはiPhoneやiPadにとって代わられています。
ドットコム・ブームの真っ最中にオープンした「Metreon」は当時、SOMAの核となる最も重要な商業施設でした。
しかし今では僅かにマルチプレックス(=映画館)が残っているだけで、あとはがらんどうです。
ここはもともとSONYの旗艦ストアがあった場所で、SONYが流行の発信者としてSOMAに君臨していた往時がしのばれます。
いま再び繁栄を極めているSOMAのど真ん中で「Metreon」だけがまるで「廃墟萌え」的な哀感を帯びたオーラを醸し出しているのです。
田端氏とのディナーでは仕事柄、自然にインフルエンサー(=他人の意見形成に影響を及ぼすオピニオン・リーダーのこと)についての話題に流れてゆきます。
アナ・ウインター(=「ヴォーグ」の編集長)が毎日会社の経費で美容師さんにヘアカットしてもらっていることとか、SIニューハウス(コンデナストのオーナー)やクリス・アンダーセン(「ワイアード」編集長)とのミーティングの話などを面白く伺いました。
でも僕の脳裏からは「Metreon」の無残な姿が離れなかったのです。



