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- 2011年03月07日 00:31
デイトレーダーの生態 迷信と現実 1/2
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一方、チャート派は「肉食系」なのだろうと思います。
この極めて性質の異なる2つのタイプの投資家が究極的に同じ理論を振りかざしている点に滑稽さがあるし、投資理論の不毛さがあるし、さらに言えばこの議論の奥の深さがあるわけです。
さて、効率的市場理論に関してはすでに語り尽くされていると感じる読者も多いかと思いますが、運用の現場では未だ知らないこと、わからないことは山ほどあるのです。
(最近で言えばブラック・スワンということが指摘されましたが、ブラック・スワンの存在も我々が投資するときに考慮に入れておかなければいけないひとつのファクターとして大事であることがリーマン・ショックなどを通じて痛感されたことは記憶に新しいです。)
このことを示す有名な寓話があるので、それを紹介します。
寓話は以上ですが、つまり理論の正しい正しくないは兎も角、現実の我々の暮らしの中では上の20ドル札のような事は幾らでも起こっているのであり、誰かが市場の非効率を訂正する「一番乗り」の立場にありついているのです。
つまり効率的市場原理は「自分はその一番乗りにはなれない」ことを前提にしているストラテジーに他ならないのです。
つづき
この極めて性質の異なる2つのタイプの投資家が究極的に同じ理論を振りかざしている点に滑稽さがあるし、投資理論の不毛さがあるし、さらに言えばこの議論の奥の深さがあるわけです。
さて、効率的市場理論に関してはすでに語り尽くされていると感じる読者も多いかと思いますが、運用の現場では未だ知らないこと、わからないことは山ほどあるのです。
(最近で言えばブラック・スワンということが指摘されましたが、ブラック・スワンの存在も我々が投資するときに考慮に入れておかなければいけないひとつのファクターとして大事であることがリーマン・ショックなどを通じて痛感されたことは記憶に新しいです。)
このことを示す有名な寓話があるので、それを紹介します。
あるとき2人のエコノミストがお昼休みに出かけた。
すると道端に20ドル札が落ちているではないか?
ひとりのエコノミストはその20ドル札を拾おうとした。
するともうひとりが「やめておけ。そんなの偽札にきまっているだろ。若し本物の20ドル札なら、もうすでに誰かが拾っているはずだ。それにもかかわらず未だそこに20ドル札が横たわっていること自体が怪しい」
この制止にもかかわらず最初のエコノミストは20ドル札を拾い上げてこう言った。
「見たところどうやら本物っぽいね。どうだい、この20ドルで君に昼飯をおごって上げようか?」
寓話は以上ですが、つまり理論の正しい正しくないは兎も角、現実の我々の暮らしの中では上の20ドル札のような事は幾らでも起こっているのであり、誰かが市場の非効率を訂正する「一番乗り」の立場にありついているのです。
つまり効率的市場原理は「自分はその一番乗りにはなれない」ことを前提にしているストラテジーに他ならないのです。
つづき



