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経営者が吐きかける、アルバイトへの"脅し"は本当なのか?

 2015年12月13日に、政府に対して最低賃金を1500円に上げろと要求するデモが行われた。このニュースに対して、テレビによく出演している経営者が「ロボットが職を奪っていく」と反応していた。(*1)これは、労働者が主張をすることを良しとしない人たちが、何も考えずに口にしがちなよくある典型的な恫喝である。それこそ「時給が上がれば人が減らされて苦しくなるだけだ」とか「自動販売機に代替されるだけだ」とか、今回のような「ロボットが職を奪うぞ」とか。労働デモの現場に対しては必ずと言っていいほどこうした言葉が投げつけられる。しかし、僕はこれらの言葉は投げかける方の無知を露わにした愚かな言葉であると考える。

 まずは「時給が上がれば人が減らされて苦しくなるだけだ」という言葉は正しいのだろうか?労働者が主張をすることを嫌う人たちがなぜこのような勘違いした発言をできるかといえば、現状で時給1500円を割っているような時給制の労働に就いている人たちの仕事はすでに最大効率化されて、いじる余地はもはや存在しないということに気づいていないということが考えられる。

 2014年、牛丼チェーンの「すき家」で、新メニューとして投入された「牛すき焼鍋」の手間が増え、オペレーションが崩壊し、営業をまともに続けられない店が何軒も発生するという問題が発生した。一方でライバルチェーンの吉野家も先立って、同じような牛すき焼き鍋を投入していたが、特に問題は発生しなかった。その理由としては、吉野家では洗浄の手間などを考えた底の浅い専用の鉄鍋を用意し、手間の多くをセントラルキッチン側で吸収したが、すき家ではそうした措置が十分ではなく、従業員側の負担が高くなりすぎたということが言われている。また、当時のすき家では売上効率を上げるために、従業員がひとりで勤務するワンオペレーションが常態化しており、その時点で店員には全く余裕がなかったことも挙げられる。

 つまり、すき家の労働環境は、たった1品の手間を増やしただけで崩壊するほどに、最大効率化されてしまっていたのである。そうした状況に対して「時給が上がれば人が減って仕事がきつくなるだけだ」という脅しは通用しない。そもそもワンオペで働いている状況から、どうやって人を減らすというのだろうか?結局すき家はこの問題をきっかけに世間のイメージを著しく低下させ、ワンオペの改善にも取り組まなくならなくなった。店員が減らして最終的に困るのは、店員ではなく企業の側なのである。

 次に「自動販売機に代替されるだけだ」という言葉はどうだろうか?この言葉は主にコンビニバイトに対してかけられる事が多い。確かに、現状の技術をもってすれば、パッケージングされた商品を自動販売機で売る業態というのは実現可能である。しかし考えても見て欲しい。そうであるならば、なぜ今、私達の身の回りに店員のいない自動販売機だけのコンビニが一般的ではないのだろうか?

 実は自動販売機だけを置いて24時間営業する、便利なお店というのは1960,70年代位から存在しているのである。国道沿いに夜中も明かりが灯り、長距離ドライバーの休憩にも使われていた、いわゆる「オートパーラー」である。店内には飲み物の自販機とともに、ハンバーガーやサンドイッチ、そば・うどんといった飲食物を提供する自販機も存在しており、小腹を満たすことができた。(*2)当時は24時間営業で食事ができる店というのはほとんど無く、深夜に食事をできる場所というのは深夜に働く人たちにとって重要な場所であった。

 しかし、こうしたオートパーラーも、今や絶滅危惧種である。なぜならお客のほとんどを、キレイで品揃えが多く、そして有人のコンビニに奪われたからだ。オートパーラーが廃れた理由としては、自動販売機は規格化された商品しか扱えず、品揃えに柔軟性を欠いたこと。掘っ立て小屋ベースの汚らしい店が少なくなかったということ。そして、夜中にも無人で明かりが付いていることから不良のたまり場になるなどの問題があり利用客が離れたこと。があげられるだろう。これら様々な要因により、今では「昔懐かしの」という文脈でメディアに露出することはあっても、もうオートパーラーが国道沿いのどこでも見られるような時代が戻ってくることはありえないだろう。

 つまり「自動販売機だけのコンビニ」というのは、すでに現在のコンビニに敗れ去っているのであり、それを脅しの材料に使うのは過去の変遷を知らない愚か者の戯れ言である。かつては大手のコンビニチェーンでも、実験店舗として街中に自販機コンビニを出したこともあったような話は聞くが、今現在、そうした店を見かけないということは、実験は実験のまま終わったようだ。

 では、自販機コンビニがないかといえば、実は自販機コンビニという形態は存在している。大手コンビニチェーンのファミリーマートが「オートマチック・スーパー・デリス(ASD)」という名称で、自販機コンビニを運営している。(*3)しかしこれは街中のコンビニとは別物である、オフィスや工場内という比較的少なめの集客が期待できる場所に飲食品対応の自販機を設置し、コンビニのノウハウを利用して、補充やメンテナンス等を行うシステムである。いわば社内の売店機能を自販機化したものである。そうした場所で自販機化できるのは、不特定多数が出入りしない場所なので、自販機営業でもイタズラされたり、不良が溜まったりするような問題がほとんどないということが挙げられる。逆に言えば不特定多数が訪れる場所で24時間営業を行うためには、やはり人が居るということがとても重要であり、これは今のところ自動販売機や監視カメラで対応しきれるものではない。つまり人は減らせないのだ。

 自動販売機とまた少し違う脅しが「ロボットが職を奪うぞ」だ。自動販売機が「物品の販売」ということで、コンビニのバイトを中心にしている一方で、ロボットの場合はもっと全体的に広い話をしていると思われる。

 確かに、現状でロボットが労働者の職を奪っているということはある。例えばかつて朝の通勤ラッシュに駅の改札口でハサミを鳴らしていた駅員の仕事は、自動改札機に代替された。また切符の販売も自動販売機だ。また、工場の主役も機械となりライン工の数は減った。こうしたことを踏まえて「単純労働はロボットに置き換えできる」と主張しているのだろう。しかし、最初に述べたように、末端労働者の仕事は長い不況を経て、すでに最大効率化されている。ロボット化できるところはすでにロボット化し、どうしてもロボットが対応できないところを人間が担っている。今後の技術革新によってロボット化することは当然あるだろうが、それは技術要因により変化するのであり、決して「給料をあげろと言っている身の程知らずのバイトがいるから、ロボットで代替してやる」という脅しでロボット化できるわけではないのだから、脅しの言葉に意味は無い。

 ではロボットが代替できない仕事とはどういうものだろうか?例えば喫茶店を考えて欲しい。客が来たら水とメニューを運び、注文を受ける。コーヒーを作り、ソーサーにスプーンを置き、客に届ける。この一連の動作を行えるロボットはあるだろうか?もちろん、コーヒーを作ることだけなら今でも自販機ですらできる。またソーサーにスプーンを置く仕事も、それ専用のロボットを設置すればできるだろう。工夫すればスプーンが置かれたソーサーにコーヒーを置いて出すロボットくらいはできそうだ。

 しかし問題は客のもとに商品や水などを運ぶ行程だ。客が床にかばんを置いたり、小さな子が突然うろついたりするような店内で、ロボットは安全にそして素早く商品を客に届けることができるだろうか? また、届けている最中に別の客に呼ばれたりしたとして、その優先順位を的確に判断することができるだろうか? 僕はまだまだ難しいと思う。

 ロボットが得意な仕事というのは、扱う物事がはっきりと規格化され、複雑な判断が突然に挟まれず、一定範囲の動きで済むような仕事である。そして時給で働くアルバイトが担う仕事の多くは、ロボットが苦手にするようなその場その場での適切な判断が求められ、体も大きく動かす作業ばかりである。もう一度しつこく繰り返すが、末端のバイトが担う労働はすでに現状でできる限りの効率化がされているのである。

 では、ロボットが雇用を奪える場所はどこか。それは正社員や経営者の職場である。まず事務の仕事、特に計算の部分は当然ロボットに代替させるべき部分である。いまだに「エクセルでマクロ組んで楽にしたら、仕事をサボっていると言われた」という笑い話が現実のモノとして通用するくらいには、正社員の仕事は効率化されていない。また、経営における意思決定なども、思考ルーチンさえ整えばいつでもロボットに代替させることができる。バカバカしい会議に時間を費やし、意思決定に時間をかける必要も無くなる、結局、会社のデスクや会議室で済ますことができる仕事の大半は、人工知能の発達によってロボットに奪われるしかないのである。そのうちに経営方針を人工知能に任せて、最終的に責任を負うだけの最高責任者ひとりを残して、その他の経営陣を追放するような決定が株主によってされる。そんあ未来があるかもしれない。

 「シンギュラリティ」という言葉をご存知だろうか?日本語では「技術的特異点」と呼ばれ、具体的には「人工知能が人間の知能を超える点」とされている。人工知能が人間の知能を超えるなどというのはSFの世界の夢物語であると思われがちだが、これが今からわずか30年後の2045年に来るのではないかと予測されている。一度、人工知能が人間の知能を超えてしまえば、そこから先は人工知能自身が人工知能をアップデートする段階になり、人間の知能はもはやノイズが多いだけの不良品になる。

 こうした時に人間に残される仕事というのは、頭をつかう仕事ではなく、ロボットがまだ達成できていない「体を使う仕事」である。ただしそれも数十年の話だろう。人工知能はやがて人間と同様に動く機械の体を生み出すに違いないからだ。それでも知能の発達という論理的困難と、身体(ロボット)の移動という物理的困難を比較すれば、人間の優位は自由に体を動かせる方にあるのである。

 もちろんこれらも技術要因ではあるのだが、まだまだ経営者や正社員の仕事というのは、現場で人と対峙せざるをえないアルバイトの仕事以上に、効率化の余地が残されている。つまり「先にロボットに雇用を奪われるのはアルバイトではなく、経営者や正社員だ!」といえるのである。

 少なくとも、人工知能が人間の知能を超える前でも、こうして私達がたどってきた労働と機械の関係性を全く考慮せず、自分が無知であるということにすら気づけずに、ただ脅しの言葉として「ロボットが職を奪うぞ」なんて気軽に書き込んで、待遇改善を求めるアルバイトを嘲笑っている低能な経営者が、株主らのまっとうな判断として職を奪われるのは、あと数年先の未来だと僕は思うのだけれどもね。

*1:最低賃金 | 「1500円に」引き上げ求め若者がデモ 東京(News Picks)https://newspicks.com/news/1297285/
*2:山田屋(山田屋 nom)http://www3.famille.ne.jp/~nom/jihanki/jihankiframe.html *3:自販機コンビニ(ASD)とは(FamilyMart)http://www.family.co.jp/company/auto_cvs/about.html

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