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「村上春樹とビジネス」 ~村上春樹とウディ・アレンについて~

最初は少し個人的な事を書く。

村上春樹を初めて読んだのは、大学3年生の時1980年だった。「風の歌を聴け」は一部の人気はあったが、まだ、爆発的な人気という程の書籍ではなかった。しかし、私はこの日本に今まで類型の無い文体とストーリーテリングと描写にかなり影響を受けた。 ある劇団の面々との神保町の居酒屋での宴会の時に、劇団主宰者と劇団員の前で読後感想を熱く語った事がある。劇団主宰者の40代後半のO氏は真っ赤な顔をして「お前はそんな下らぬ小説を読んでいるのか。オスカー・ワイルドを読んで母と子の相克や男女の耽溺的関係、退廃的な世界観を学ぶべきだ。三島由紀夫も全巻読め。」と大声で怒鳴られた。演劇関係者だから異様に声が通る。居酒屋中がシーンとなったが、私にはオスカー・ワイルドを読む気になれなかった。後に村上本人も語っているが、レイモンド・チャンドラーやスコット・フィッツジェラルドやジョン・アービング、レイモンド・カーバーの等アメリカの作家に影響を受けていると思われるこの翻訳小説の様な小説に夢中になった。

また一方、ウディ・アレンの傑作「アニー・ホール」を意中と女子大生と1977年に見に行った時、あまりに映画が面白過ぎて、高田馬場の喫茶店でアレンがまるで乗り移ったかのように映画の事を3時間も語り次のデートの機会を失したことがある。

ある意味、同時代に生き、今も精力的な活躍を続ける村上春樹とウディ・アレンの二人だが。正直言って、好不調も、良作とそうでない作品もある。私の周りにも両氏の熱狂的なファンであったのだがいつしか離れって行った者もいる。

しかし、関係者には自明のことであるが、この世界で30年以上活躍するのは並大抵なものではなく、二人は激変する世の中のに対し様々な対応をしてきた。また、そうせざるを得なかったと思う。

村上春樹の作品は当初、読後感が良く、いつまでも「村上ワールド」に浸っていたいと思わせる少々寓話性に富みファンタジー性のある作品が多かった。「羊をめぐる冒険」「ノルウェイの森」「ダンス・ダンス・ダンス」ベストセラーになってもそのクオリティーと牙城は崩れなかった。やがてヨーロッパに移り住み、米国に移住する。そして村上の小説は各国後に翻訳される様になった。英米文学に耽溺し翻訳もこなす村上の文体構造は外国語への翻訳に向いていたのかもしれない。

しかしある時、その「村上ワールド」の繊細である意味閉鎖された空間で描かれる物語世界をぶち壊すような出来事が次々と発生する。1993年「バブル崩壊」、1995年「阪神淡路大震災」「地下鉄サリン事件」、1997年「酒鬼薔薇聖斗事件」。そして日本で起きている何か異常な変節を感じたのか、村上春樹は日本に帰国し、地下鉄サリン事件関係者に対する膨大なインタビューを「アンダーグラウンド」という厚い本にまとめる。また、ベールに包まれて近しいようで遠い存在だった村上春樹は同じ頃、出版した「ねじまき鳥クロニクル」で戦中の中国大陸における日本陸軍敗走のおぞましい過去「ノモンハン事件」を描く。私は読了後、大げさに書くとディズニーランドに居たら「13日の金曜日」の殺人鬼・ジェイソンが目の前を通りかかった様な衝撃を受けたものだ。

かつて映画の名匠・小津安二郎の様に「私は『豆腐屋』と呼ばれている。世の中に何があっても同じ世界を描いてゆく。」と語ったというが、村上春樹はこの変節しつつある世界に「アンダーグラウンド」で一つの意思表示をした。これには彼自身も色々葛藤があったのかもしれない。村上は「僕は黙っている訳にはいかないんだ。」とでも言う様に時代に触れ始めた。

1998年アイドルグループ・SMAPがこのころスガシカオの暗い歌「夜空ノムコウ」を歌った。当時「夜空ノムコウ」を聞いても明るい光がまったく見えなかった。日本中のあらゆる表現者がこの状況に対して対応を迫られていた。ハロウイン騒ぎの現代日本とは想像を絶する世界がそこにはあった。

一方、かつて、早稲田大学を卒業した村上春樹は小説を書き始める前、千駄ヶ谷で「ピーター・キャット」というジャズ・バーを経営していた。経営は上手くいっていたという。村上のある一文にそのビジネスの秘訣を書いていたものがあった。「人の導線・流れを見ろ。」と書いてあった。村上に珍しいビジネス体験の文章だからよく覚えている。「ベストセラー」というものは一夜にして成らない。明らかに著者本人の強い「ヒット願望と意志と戦略」が必要なのは間違いないと思う。

ベストセラー作家となった村上は欧州に旅し、日本から遠く離れた米国東海岸の名門校で文学を教えながら、様々な短編・長編・エッセイ・紀行文・翻訳本を出しまくった。そのほとんどが売れに売れた。村上は名門プリンストン大学で研究生活を送りながら、日本のファンは村上の次回作を待望した。ある種、村上春樹は自己プロデュースが出来る人間だな、とそのころ思った。自分の姿や私生活はかなり限定された範囲での最小限の露出に留め、題材を巧みに変えながら、ベールに包まれた拠点から「自らが志向する、ファンが買って損のないクオリティ」の本を出す。言葉は悪いが、私は村上春樹のビジネス感覚は半端ではないと思うのだ。

その後「アンダー-グラウンド」を書いたのも、かなりの彼なりの熟考と理論的背景があると想像される。2009年の「1Q84」もかなり生々しい描写と「裏社会」をも描きながら「村上主義者」(村上は「ハルキスト」という言葉が嫌いらしい。)に支持される時代性を反映する小説になっていた。

そしてインターネットの時代がやってくる。かつてコピーライターの糸井重里は「ほぼ日」という名物サイトを作ったが、村上春樹は後年のネット展開の前フリとして2000年に朝日新聞社から「読者からの282本の質問に答える」という本を出す。そして満を持して今年、2015年「村上さんのところ」という企画を展開する。ネットと村上春樹の融合企画である。期間限定の特設サイトを設け、膨大に投稿された質問を選別した上で村上自身が答える。選び抜いた問答を書籍にし、回答全てを電子書籍で出す。サイトは実に1億アクセス。まず、質問をした人はほとんど買うと予測されるから売れない訳が無い。その、ベーシック・インカムがあるのだから大変なビジネスだ。版元の新潮社によるとコンプリート版は・・・

『期間限定サイト「村上さんのところ」上で、村上春樹が3か月半にわたって続けた回答は、じつに3716問! そのすべてを完全収録し、ウェブサイト掲載時と同様の横組みスタイルで再現。単行本8冊分の愉しみを、スマホやパソコン、電子書籍端末にダウンロードして手軽に楽しめるコンプリート版!』・・・とある。

私はこの企画・展開は版元を村上春樹が綿密な検討をして生まれた産物だと、思う。

私はネット関係者であるが出版時「恐るべし村上春樹企画」と思ったものだ。私は仕事でアムステルダムへ向かう機中、iPadで本書を読みながら、かなり際どい質問(不倫・政治問題・ノーベル文学賞の件・村上春樹のプライベートライフ)に次々を必要十分に答えて行くコンテンツなのだが読みだしたら止まらない。フェイスブックもツイッターもやらない村上だがネットの生理を何故か十分理解しているので、微妙に不必要な「炎上」を避け、ギリギリの球を回答者と読者に返球してくる。ある程度の個人的・職業的秘密を守りつつ。

「AKBの握手会」というのがあるが、正直、「村上さんのところ」は違うレベルの村上春樹によるファンに対する「サイバー握手会」だったのではないかなどとも思った。それにしても、この企画はそれほど傷つく人も居ないし、過大な金銭的負担をファンに与えるものではなく、ビジネスになっているし、同時代性をキープしているのだから見事であった思う。村上春樹はファンタジーも書けるが世事に長けたビジネス感覚も一流の御仁だと思う。彼の著書に体する、好き嫌いはともかく、ただただ敬服するしかない。

一方、ウディ・アレンについて、短く。

彼はシリアスな映画も上手いが「都会派コメディ」の名手である。彼の映画の舞台は主に地元ニューヨーク。ある映画関係者によると彼の映画には明らかに二つの特徴があるという。

・観客は彼の映画の登場人物に全く感情移入できない。彼はワザとそうすることで、観客が劇場で他人の人間模様をまるで「覗いている」様な効果をあげようとしている。

・彼の映画のテーマは一つ「人生いろいろつらい事ばかり起きるのだけれど、生きてさえいればきっと良いことがあるさ。」・・・彼の映画のテーマはいつも一つだけ。

1965年から現在まで、毎年1~2本のペースで堅実に映画を制作し、(これがなかなか出来る者ではない)一定のファンを得てビジネスも上手くいっていた彼に大きな転機が訪れる。ちなみに彼も初期の村上春樹と同じで意図的にジャーナリスティックな出来事を避け、彼独自の映像世界の中で起こる喜怒哀楽を描いていた。ある種、閉鎖空間におけるドラマを構築していた。ちなみに、アカデミー賞に24回ノミネートされたのは世界で最多である。

2001年9月11日。 ニューヨークのワールド・トレードセンターとペンタゴン等に大型旅客機が突入し、アメリカ合衆国は大混乱に陥った。ウディ・アレンはこの街で「都会派コメディ」を作ることを断念した。かといって、いまさら社会派映画など撮れる訳が無い。事件の翌年、出席したことのない2002年のアカデミー賞授賞式に、世界同時多発テロ犠牲者の為にアレンが初めて授賞式に登場拍手喝采を浴びて、彼の「ニューヨークに関する映画」のダイジェストが上映された。彼が無言で登場するだけで強烈なメッセージ性があった。でもその時、誰もが「彼はもう映画を撮れない。」と思ったかもしれない。

その後2005年、英国で「マッチポイント」という見事な恋愛ドラマを制作。製作拠点をヨーロッパに移す。以降、スペイン、ロンドン、パリ、ローマで「人生喜劇」とも呼べる佳作を取り続け本領を発揮。そして2013年ヨーロッパで生気を得たアレンは突然「ブルージャスミン」で米国に復帰し主演のケイト・ブランシェットにいきなりアカデミー賞最優秀女優賞を取らせ健在ぶりをアピールした。現在はネット通販大手の「アマゾン」の為に連続ドラマを製作中らしい。実にしぶといオッサンだ。

アレンの家族はナチスの迫害から逃げてきたユダヤ人である事は良く知られている。だから、というわけではないが、実にタフ、「映画を撮る」ために示す執念は並大抵のものではなく、「ヨーロッパシリーズ」も素晴らしい着想でクオリティもかなり高かった。転んでもただで起きない。彼の作品の好き嫌いはともかく彼の歩んで来た道を少し覗くと職業的フィルムメーカーとしては実に敬服に値する人物であることがわかる。

村上春樹とウディ・アレン。この二人の小説家と映画監督について考える時、表現者・読者(観客)とビジネスと時代性の関係について何かを考えてしまうのである。やはりこの世界に長く長く「生息」している人物は只者ではないと思わざる負えないのである。もちろん、色んな生き方があるので、表現者本人はかなり迷うのであろうが、少なくとも、「時代を語るか」「時代を語らないか」はかなりの踏み絵であることは想像できるのである。
ビートたけしはISについて語るが、明石家さんまはISについてあえて語らない。そう生きることに決めたのだ。これも職業人として自己判断でそうしていることは十分に想像できるのである。(了)

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