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分断はASEAN存在の危機

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.365 18 Dec 2015
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

東南アジア諸国連合(ASEAN)地域統合の核となるASEAN経済共同体(AEC)が、年内に発足する。約半世紀、ASEAN成長の軌跡を間近に見てきた私のような古いジャーナリストにとって、AECの誕生には特別感慨深いものがある。ここまで進化したASEANを心から祝福したいのだが、最近のASEANには気になる動きが多々あって、AEC誕生も素直に喜べないところが辛い。

まず、新生AECだが、域内市場自由化の足並みが揃っていないことが気懸りだ。経済共同体のメリットは、欧州連合(EU)のような高度に統合された単一市場の形成であることは言うまでもない。だが、AECの実情は単一市場形成どころか、多くの分野で未だにバラバラだ。

物品の自由化に関しては、ASEAN自由貿易地域(AFTA)構想に基づいて、2018年までに関税撤廃がほぼ完了するが、サービス、投資、知的財産権保護などの分野の自由化は進んでおらず、共通関税設置問題などは議論の対象にすらなっていない。こうした厳しい現状を自覚するASEANは、AECの完成目標年を先送りして2025年とした。つまり、AECは誕生といっても名前だけの誕生なのだ。

ASEANは、東南アジアに共産主義勢力浸透の危機感の中で、1967年8月、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ5か国外相が「バンコク宣言」を採択してうぶ声を上げた。以後、米ソ冷戦、ベトナム戦争など不安定な政治、社会状況の中で着実に発展を続け、ブルネイ(1984年)、ベトナム(1995年)、ラオス、ミャンマー(1997年)、カンボジア(1999年)が順次加盟、拡大していった。この間、日本の政府開発援助(ODA)が、強いあと押しをしたことは言うまでもない。

実態はともかくAECが誕生したことで、欧州経済共同体(EEC)→欧州共同体(EC)を経てEUに辿り着いたヨーロッパのように、ASEANも近未来に強固な地域共同体になると期待する声がある。もちろん、そうなることは望ましいが、現状を見ているとEUどころか、今後も一枚岩として存在出来るのか、それすら心配になってくる。

毎年11月は、ASEAN関連の重要会議が連続開催されるため、世界の耳目が東南アジアに集まる。今年もクアラルンプールで11月21日にASEAN首脳会議、22日に東アジア首脳会議(ASEAN+8)が開催された。

なかでも注目されたのは、日米中などの首脳が出席した東アジア首脳会議だ。強引に南シナ海への進出を窺う中国を、ASEAN諸国との連帯で封じ込めたい日米と、これを阻もうとする中国の争いが、本会議だけでなく舞台裏でも繰り広げられた。この結果、ASEANは中国と領土問題を抱え、日米との連携を模索するフィリピン、ベトナムと、中国との経済関係を重視するラオス、カンボジアに分断された。これにアメリカ、中国双方との関係悪化を避けたいマレーシア、インドネシア、シンガポール、タイなどが態度を明快にせず、ASEANは事実上3分割される形となったのだ。

安保問題だけでなく経済枠組みの形成でも、ASEANの足並みは乱れている。アメリカ外しを狙って中国が交渉妥結に力を入れている東アジア地域包括的経済連携(RCEP)にASEAN10か国が参加しているものの、日米が主導する環太平洋経済連携協定(TPP)には、シンガポール、マレーシア、ベトナム、ブルネイの4か国だけが参加した。フィリピン、インドネシア、タイもTPP参加に関心を寄せており、こちらも米中間の綱引きも激しくなっている。もう一つのASEANを巡る経済枠組みとして、アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)があるが、FTAAPにはラオス、カンボジア、ミャンマーが未加盟だ。

国際社会は今、インド洋・太平洋時代に入ったといわれ、東南アジアの重要性がいっそう増している。今後も日米中にインドも加えてASEANの自陣営への取り込み合戦が激しくなることは必至だ。ASEANが高く評価されることは有難いが、個々の国力となると、まだ多々脆弱性を残す。域内最大の経済国家で、国内総生産(GNP)世界16位のインドネシアでも、1位のアメリカの約20分の1、2位の中国の11分の1、3位の日本の5分の1(2014年)しかない。世界30位で域内2位のタイになると、それぞれ43分の1、25分の1、11分の1と、ひ弱だ。また、軍事費はASEAN1位で、世界20位のインドネシアがアメリカの28分の1、公表されている中国の18分の1、2位(世界27位)のタイもアメリカの40分の1、中国の25分の1だ。

それでだけでなく、ASEANは域内にも数多くの難題を内包している。経済格差、民主化進展度の違い、各所に残る国境問題など摩擦の火だねとなる問題も多い。「中所得国の罠」からの脱出に苦渋するインドネシアなどの先行国と、それを追うベトナムなど後発国の市場を巡る争いも間もなく起きるだろう。

なにより不安なことは、現在のASEAN内に強い指導力を持つリーダーが見当たらないことだ。ASEANには創設当時からスハルト、リー・クァンユー、マルコス、マハティール、タクシンなど強烈な個性を持つリーダーが存在して地域を牽引した。不協和音がある中でAEC誕生まで漕ぎつけた背景には、折々にこうした指導者たちがいたことが大きい。

現在のようにリーダー不在となって吸引力を失うと、ASEANは米中の草刈り場に陥る危険性が増す。6億人の人口を抱えるASEANの現在のGDPは2・7兆ドルだが、2020年には4・7兆ドルとなり、2030年には世界4位の経済規模を持つ地域になるという予測がある。「豊かで平和なASEAN」というバラ色の未来は、一つに纏まっていてこそ実現する。ASEANの首脳たちはこの鉄則を肝に銘じて今後のかじ取りをしなればならない。域外国からの巨額の投資、援助という甘い誘惑に囚われることなく、ASEAN100年の計を立て、がっちりスクラムを組んで進んで貰いたい。

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