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「選択的夫婦別姓」にたどりつけない現実に思うこと

 選択的夫婦別姓をめぐるキーワードを一つ挙げるとすれば、「寛容」という言葉以外にないのではないか、と思ってきました。だから個人的な問題意識としては、この言葉ひとつで制度的解決に道が開けそうなこの問題が、えんえんとそうはならないことの方に向いてきたといっていいかもしれません。私たちの国、社会は、どうしてこの「選択肢」を認められないのか――。

 多くの推進派の人が、口を酸っぱくして繰り返し言ってきたように、あくまで求められているのは、別姓を選択できる社会。同姓をやめさせる制度ではありません。夫婦の同姓の選択にも継続にも、全くかかわらない要求です。国民の受けとめ方としては、本来それこそ、「不都合な人たちがいるならば、認めてあげればいいじゃない」で済んでよさそうな話であり、そうであればこそ、国家が制度的にも「選択肢」をあえて与えないことの方が、むしろ筋が通らないような話になっていいくらいに思えます。

  「家族の一体感」が損なわれるという反対論があります。これにしても言われてきた通り、別姓で本当に損なわれると感じる夫婦が同姓を選択すればいいだけであり、個人の立場で他人の「家族の一体感」を云々して、制度に反対すること自体が僭越といってもおかしくないくらいの話です。だから、これを最上段に被って、まるで同姓別姓の混在は、この社会に許されないといっているように聞こえる政治家などの声を聞くたびに、目線の先にあるのが、「個人」でないことはもちろん、結局、崩したくないのは「家族」とはいいながら、「国家」としての一体感ではないか、と思ってきました。この国の住民は、個人の選択肢より、制度による国家の一体感を求めているのでしょうか。

 こういう個人的な問題意識からすると、夫婦同姓規定「合憲」の最高裁大法廷判決の翌日の朝日新聞朝刊オピニオン欄「耕論」が取り上げた三人の識者のうち、山田昌弘・中央大学教授の意見は、すとんと胸に落ちるものがありました。

 「夫婦別姓への反対は結局、理屈ではなく感情なのでしょう。その底にあるのは、この社会の同調圧力です。多数と同じでない人は変だ、けしからん、皆と同じにしろという無言の圧力です」
 「問われているのは、皆と同じにしないのなら不利益を受けて当然、あるいは人と違うことを許容しない、という社会でこれからの日本は大丈夫なのか、ということです」
 「夫婦別姓の問題がずっと解決されずにきたことは、こうした社会の同調圧力の象徴のようなものだと思います」

 多様性を認めて、選択肢を用意するという社会の寛容性のなさ、その根底にある「同調圧力」に言及しています。ただ、私たちは、この「同調圧力」について、どこまで自覚的なのでしょうか。そうした感情によって、少数を犠牲にしつつ、寛容性も多様性も生まれない社会を選択するのでしょうか。ひとつはっきりしているのは、この「同調圧力」こそ、「国家の一体感」を求める側に利用されやすいという、この国の歴史的事実です。

 今回の最高裁大法廷判決は、民法750条の規定の「合憲」解釈を引き出したうえで、その決着を国会と国民的論議に投げ返しました。「選択肢が設けられていない不合理性を裁判の枠内で見出すことは困難」という寺田逸郎長官の補足意見でも明らかなように、多数意見の立場は、いわば司法としては「お手上げ」という意思表明になります。「同調圧力」とはいいませんが、15人の最高裁裁判官のうち、女性と弁護士出身以外が、キレイに「違憲」判断に名前を連ねています。

 この現実を見たうえであればなおさら、前記「朝日」オピニオン欄に登場した、泉徳冶・元最高裁判事の発言には、非常な重みを感じました。制度改正が進まないのは、この問題が少数者の権利にかかわるから。国会議員は多数派によって選ばれるから、政治家は常に多数派を意識する。だから、このような問題で国会自らによる法改正を期待するのは難しい。しかし、多数決原理によって少数者の人権を抑圧していいわけがなく、その時、少数者の人権を守ることができるのは裁判所しかない、と。最高裁判事経験者をして、「期待できない」ところに投げ返した今回の最高裁判決は、同元判事の見方に立てば、やはり少数者の人権擁護から逃げたという評価になって当然のように思えます。

 この問題には、長く、多くの弁護士が取り組んでいることを知っています。ただ、一方で、昨今、「少数者の問題を扱うことだけが弁護士の仕事ではない」ということの方が、弁護士界内では、さかんに強調されるようになりました。弁護士増員政策による弁護士の経済環境の激変から、こうした少数者の案件は、あたかも利益をなげうってでもやりたいという志向やイデオロギーに支えられた人がかかわればよろしい、といわんばかりに付け話した声にも出会います。

 以前も書いたように、弁護士の仕事が特定の階層を弁護士する存在でないこと(「弁護士の『本質的性格』と現実」 「『改革』が本当に残そうとしている弁護士」)は事実ですし、前記したような発想にならざるを得ない状況があることは理解していますが、ただ、それでもやはり私たちにとっての問題は、むしろこの社会が少数者のために立ち上がる、その発想に立つ弁護士をどれだけ確保できるのかにあるのではないでしょうか。

 期待的出来ない国会にボールを投げ返し、逃げてしまった「人権の最後の砦」の姿勢と、社会の当たり前の「寛容」さで少数者保護にたどりつけない、この国の現実を考えるほどに、それを強く思ってしまうのです。

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