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アベノミクス政策がめざす社会に必要とされる選択的男女別姓制度

昨日最高裁判所が出した、選択的男女別姓を認めない民法の合憲判決についての所感。

1.裁判官15人のうち女性裁判官が3人しかおらず、その全員が「違憲」

そもそも結婚した夫婦の96%が夫の姓を選んでいるという現状において、結婚を契機の改姓により不利益を被っているのは明らかに女性である(判決文もそれを認めている)ので、まず、15人の裁判官のうちたった3人、つまり20%しか女性裁判官を入れないというのはそもそも裁判官の人選から問題があるのではないでしょうか? 全裁判官のうち女性は半分もいないでしょうが、少なくとも男女人口比に近い人数の女性裁判官を審理に参加させる必要はあったと私は思います。実際に女性3人の裁判官は100%「違憲」としているわけですから、男女比率が変わることで合憲判決が出なかった可能性はじゅうぶんあり得たはず。それをしなかったのは、恣意的な力が働いていたのではないかとついつい疑いたくなります。

2.別姓で「子供がかわいそう」はあり得ない

シンガポールでは、ほとんどの夫婦が別姓です。華人系はもとより苗字を変える習慣がまったくなく、子供は自動的に父の姓になりますし(結婚しても苗字を変えて「家」の一員にしてやらないのは女性蔑視という意見を日本で聞くことがありますが、本人たちに聞いてもそもそも「家」という概念がないので「それどういう意味?」という答えしか返ってきません)、マレー系のイスラム教徒には苗字はなくて、父の名前を苗字代わりに使います。例えば、ムハムンドさんの息子がジャマルさんなら、息子の名前は「ジャマル・ムハムンド」になるのです。

母親と子供の姓が違うのは当たり前。我が家もそうですが、それで不便を感じることはまったくありませんし、子供が母と姓が違うことで傷ついたという話も当然ですが、一度も聞いたことはありません。また、あくまでも「選択的」別姓制度を前提としているわけですから、家族全員の姓を同じにしたいと思う人はそれも可能で、華人系でも「Mrs.Lee」などと名乗る女性もいます。

3.離婚や再婚で子供の姓が変わるほうが「子供がかわいそう」

逆に、私自身の子供時代を思い出すと、親の離婚によって改姓した子供たちは本当にかわいそうでした。親の離婚は子供の責任ではないのに改姓を強いられて同級生にいろいろと勘ぐられ(もちろん本人たちは親の離婚の話を自らしようとはしませんでしたから)、中にはいたたまれなくなってか転校した子供さえいました。

夫婦の3組に1組は離婚するといわれる現在、私の周囲にも離婚してシングルマザーとして子育てをしている女性、子連れで再婚する女性が数多くいます。このような女性たちの子供たちが男女別姓によって改姓しなくてもよくなれば、子供の福祉にも大きく貢献するはずです。

4.女性社員の「通称」使用は会社に負担を増やす

今回の判決で、「通称使用により不利益が軽減されている」という趣旨の文がありましたが、これはとんでもないと思いました。私の会社でも通称を使っている人はいます。が、そのことにより会社にかかってくる負担はばかになりません。通称と戸籍名を常に対照させなければなりませんし、運転免許証、パスポート、マイナンバーなど、いろいろな種類の書類がありますから、ミスや情報漏えいがないようただでさえ管理に気を配っている手間がますます増えます。

さらに、登記が必要な女性役員が結婚・離婚により改姓した場合、その都度、法務局に届け出をしなければいけません(もちろん印紙と届けに要するコストが必要です)。姓が変わらない男性役員が結婚・離婚しても何もする必要はありませんから、明らかに女性役員のほうがリスクは高くなります(ましてや上場企業であれば、女性役員のプライバシーが不特定多数の人々に公開されることになります)。

5.グローバルスタンダードでみると、多くの外国人に改姓は「理解不能」

「夫婦の苗字が必ず同じでなければいけない」という考え方はすでに世界的にマイノリティーになりつつあり、もともと結婚・離婚により改姓するという習慣をもたない国の人たちとのビジネスやそれ以外の活動でも増えてきています。問題は、そもそも彼らに改姓という考え方がないために、改姓を理解できない人が多いということです。

これは私自身が身をもって経験したことですが、日本人である前夫と結婚していた時期に日本政府主催の公的プログラムに参加してアジア圏の人々と交流し、たくさんの友人ができました。当時、仕事やプライベートでは旧姓を使っていましたが、国のプログラムだったためそれができず、前夫の姓を使わざるをえませんでした。

それから20年あまりの時間がたち、Facebookなどで彼らと再びコンタクトをとるようになったとき、一番困ったのが「自分とわかってもらえない」ことです。日本人の姓名は短いですし同じ名前も多いので、彼らからはフルネームで呼ばれていましたが、その半分が変わってしまうと誰だかわからなくなる。まして、結婚・離婚により改姓する習慣がないわけですから「離婚(結婚)して姓が変わったのだ」と思い当たることすらないのです。Facebookで友達申請しても「あなた誰?」という返信が返ってきて、離婚・再婚の経緯を一人ひとりに説明する、という非常に不毛な時期がありました。

6.「マイナンバー」で家族から個人に社会の構成単位が移行しつつある時流に逆行

これまで日本社会の最小単位は「世帯」であると考えられてきました。課税や課税控除はもとより、国民健康保険、国民年金など福祉政策もすべて世帯つまり、「家」が基礎単位であったわけですから、識別のために世帯の構成員の姓がすべて同じであるというのはある程度の合理性があったと私は思います。しかし、個人を基礎とするマイナンバー制度が始まり(海外では中国を含む多くの国でとっくの昔からスタンダードです)、「世帯」という考え方は今後、衰退の一途をたどっていくと考えられます。そもそもこれだけ単身世帯が増えてしまうと、世帯単位での個人の管理が不可能になってきているのが現実なのです(だからマイナンバー制度を導入せざるをえなかったともいえると思いますが)。

その中で、「家族は同じ姓でないと」という幻想の理想世帯を求めることこそ、非現実的なのではないでしょうか。世論調査をみても選択的男女別姓に反対している人々は多くが高齢者であり、自分たちが理想としてきた、一家の働き手である夫と専業主婦の妻と子供がいて、同居の夫の親の介護を妻がしてという「古きよき時代の家族像」に寄せるノスタルジーがその意見の根幹にあるのではないかと考えてしまいます。

しかし、日本社会は戦後、これまでにないほど変わっています。いつまでも昭和時代の「世帯」の夢にしがみついていたら、社会全体が立ち行かない現実にもう私たちは取り囲まれてしまっているのです。

選択的男女別姓制度に反対の立場をとられている自民党の稲田朋美政調会長が判決後、にこにこ顔で取材に応じておられましたが、あくまで「選択的」制度なわけですから、稲田家に別姓を強要しようとしているわけではないのです。稲田さんと他の女性がまったく違う人間であるように、稲田さんの家族と他の女性の家族は当然のことながら違う。その多様性を認めることこそ、現在の安倍内閣がめざす「女性が輝く社会」や「ダイバーシティ社会」の形成の根幹だと思うのですが、いかがでしょうか。

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