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名僧に聞く 生老病死すべてに答える - 鵜飼秀徳(浄土宗僧侶・ジャーナリスト)

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師の一喝「お前の悟りなどどうでもいい!」 - ネルケ無方(安泰寺住職)

 ベルリンで生まれたネルケ無方氏が坐禅と出会ったのは16歳のときだった。25歳で出家得度、修行の道に進む。日本に暮らして二十年あまり、現在、曹洞宗の安泰寺で堂頭(住職)を務めるネルケ氏が見つめた迷いと悟り。

―なぜ禅の道を選んだのですか。

ネルケ 七歳で母を病気で亡くすまで、私は古いプロテスタントの教会で育ちました。祖父がルター派の牧師だったからです。少年時代から、死や宗教の問題について深く考えることが多い子供だったと思います。

 はじめて坐禅を体験したのは、高校に入学してすぐのことです。先生に誘われて、一回だけの約束で禅のサークルに参加しました。坐禅を組んで呼吸をすると、自分の意識が全身に広がります。それまでは、首から上、つまり頭で考えているのが自分自身で、首から下の肉体は自分とは別物という意識でした。ところが、そのとき首から下も含めて全身が自分自身だと感じました。その身体感覚にまずショックを受けたのです。

 そして図書館で禅に関する本を読み漁るうちに、鈴木大拙さんの著作に出会いました。そこに、日本には悟りを開いた禅僧がいる、と書いてあり、それなら日本で修行したいと考えるようになったのです。

 1987年に高校を卒業すると、ホームステイで日本に来ました。しかし、私の期待とはかなり違っていました。町の至るところに寺はありますが、お年寄りが手を合わせているだけ。坐禅を組んでいる人はいない。本物の禅寺がどこかにあるはずだと、二十二歳で京都大学に留学。京都の昌林寺で3カ月間修行し、そこの紹介で、いま私が住職をしている兵庫県の山奥にある安泰寺の門を叩いたのです。

―禅の修行というと、大変に厳しいというイメージがありますが。

ネルケ 安泰寺は最寄りのバス停まで徒歩1時間、冬は雪に閉ざされる過酷な環境ですが、檀家がいないので葬式や法事に時間をとられず、一人ひとりが修行のために坐禅を組む、まさに道場という雰囲気でした。

 朝は3時45分に起きてすぐ2時間坐り、日中は「作務」と呼ばれるさまざまな仕事をして、一日の疲れがピークに達した夜にもう一度、2時間の坐禅があります。それに加えて月に一度の「接心」では、5日間にわたって朝4時から15時間、坐禅を組む。年間で1800時間、坐りつづけるのです。もっとも私の師匠(先代の安泰寺住職)は「サラリーマンの平均労働時間よりも短い」と言っていました。

 一日15時間も坐禅を組むと、足腰が痛くて、このまま死ぬのではないかと思うこともあります。しかしそのまま坐りつづけると、「修行に耐えられないのなら、このまま死んでも仕方ない」と、抵抗する気持ちが消えて、痛みや辛さが受け入れられるようになる。禅は自力の仏教だとされていますが、誰かの力を借りて坐っている、坐らせてもらっていると感じて、はじめて坐禅は成り立っていると分かりました。「私が坐禅をする」のではなく「坐禅が坐禅をする」という心持ちになってくるのです。

 安泰寺では自給自足の生活を送るために、米や野菜を作っています。農作業や修繕など、様々な重労働も修行僧の仕事です。それはまだいいのですが、私を最も悩ませたのは「典坐当番」でした。みなの食事の支度をするのですが、うどんが柔らかすぎる、硬すぎると、厳しい注文が飛び、あげくには「出汁がきいていない」。ドイツ人の私には「出汁」という概念さえも理解不能でした。

 いつも師匠との会話はまさに"禅問答"で、その真意は後になってわかることばかりでした。初対面のとき、「禅を学びにきました」と言うと、大声で「ここは学校じゃない、安泰寺はお前がつくるのだ」と怒鳴られたことはいまでも忘れられません。また、トイレやお風呂に多くの菩薩様が祀られていることに気づき、どれが安泰寺のご本尊ですかと尋ねると、「お前が本尊だ」と言う。

 ところが入門から3年経ったある日、やはり料理に失敗して、先輩に怒られた私は、つい「私は料理ではなく禅を学びに来たんです」と言いました。そのとき師匠は、私を「お前なんかどうでもいい!」と一喝したのです。自分はこの安泰寺をつくる身で、本尊ではないのか……。そんな戸惑いと衝撃に見舞われました。

 もちろん師匠からはその後も何の説明もありません。しかし、後になって考えると、師匠は「私」にとらわれていることを叱ってくれたのだと思うようになりました。自分がいくら悟りたいと力んでも、かえって悟りは遠のいていく。

 道元禅師の言葉に「迷いを大悟するは諸仏なり。悟りに大迷なるは衆生なり」というものがあります。「自分の迷いに完全に気がついたら、それが悟りである。自分が悟っていると思ったとしたら、それは迷いのただなかにある」という意味です。

 これは親鸞聖人の有名な「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」にも通じる教えだと、私は考えています。ここでいう「悪人」とは「自分の罪深さに気づいている人」であり、「善人」とはそれに気づいていない人なのです。  自分という存在の、どうでもよさに気づけ。師匠はそう言いたかったのではないかと思うのです。

日常すべてが修行 ―ネルケさんは一時期、大阪で「ホームレス雲水」をされていたそうですが、どんなものでしたか。

ネルケ 安泰寺で8年間の修行を終え、一度、外に出てみようと、2001年の秋から大阪城公園にテントを張り、托鉢して暮らしながら、坐禅会を開いたのです。

 寺では基本的に24時間、自分の時間はありません。「ホームレス雲水」になって得た自由な時間は素晴らしいものでした。日本人の恋人もでき、楽しく暮らしていましたが、半年ほどして安泰寺の師匠が雪かき中の事故で亡くなったという連絡が入ったのです。

 すぐに次の住職を決めなければいけませんが、兄弟子たちはみな他の寺の住職に就いていました。そこでホームレスだった私が、雪解けを迎えるまでという約束で寺に戻り、結局そのまま住職となってしまった。大阪の恋人ですか? いまでは寺で3人の子どもを育てています。

―住職となって、大きな意識の変化はありましたか?

ネルケ 実は修行を終えたら、ドイツに帰り、禅の道場を開くのもいいと考えていました。修行をし、仏の教えを伝えるのが僧侶の役目だと考えていたからです。

 日本では、住職が運営資金を集めなければ、寺は潰れます。地方では、過疎化による檀家の減少も進んでいます。しかし、葬式と法要しか接することのない現代の仏教に、檀家に重い負担を求めるほどの値打ちがあるのか、と自問する必要はあると思います。寺の建物を維持するためなら、文化財として保護すればいい。私にとっては、寺を守るより、弟子を育てるほうが重要です。仮に安泰寺がなくなっても、弟子が育っていれば、彼らが仏の教えを伝えてくれるからです。

 いまでもその考えは基本的には変わりませんが、3人の子どもの父となり、PTAの一員としても、住職としても地域とのつながりが生まれました。

 やはり道元禅師の和歌に「おろかなるわれは仏にならずとも 衆生をわたす僧の身なれば」があります。愚かである自分は悟りを開くのは無理かもしれない。それよりも人々が救われる手助けがしたい、という思いです。頭では理解できていたつもりでしたが、それが少しでも実感できるようになったのは、子どもを持ち、地域と接するようになったからかもしれません。

 僧侶が家庭を持つのは、日本仏教の特殊性ですが、それにも意味はあるのだな、と感じています。

―しばしば日本人は宗教心が薄い、と指摘されます。日本人の宗教観について、どう感じられますか。

ネルケ 私から見ると、日本人は暮らしのなかで意識しないで宗教を実践しています。禅寺では、食事や掃除といった日常生活のすべてが修行ですが、これは一般の日本人にも当てはまる。たとえば小学校の給食の時間では、その食事にかかわった人たちに感謝する意味で、みんなで「いただきます」と唱える。学校だけでなく、一部の会社でも、自分たちで掃除を行いますが、これも教室や社屋への恩返しでしょう。

 ドイツでは、一般に、学校で宗教の授業はあります。ところが給食もなければ掃除もない。会社でも時給が高い社員たちが掃除するのは経済的に合わないと、専門業者に頼みます。これは一見すると効率的なようですが、本当にそうなのか。安泰寺でも、草刈りのあと、ブルドーザーで草を運んだほうが作業が早く済むのではないかと提案した人がいました。ところがその若い僧侶が作業の後に何をしたかというと、なんと運動不足を解消するためにランニングを始めるではありませんか。だったら、ブルドーザーなど使わないほうが、運動不足の解消にもなり「効率的」ではないか。学校や企業の掃除もこれと同じです。感謝の気持ちを養うことのほうがずっと重要です。自分がしていることの意味、価値に気づかないことが、本物のムダなのです。 (ネルケ氏インタビュー構成・伊田欣司)

うかい ひでのり 1974年京都市生まれ。成城大学卒業後、報知新聞社に入社。2012年より「日経ビジネス」記者。京都・正覚寺副住職。著書に『寺院消滅』。

しおぬま りょうじゅん 1968年仙台市生まれ。東北高校卒業後、吉野山金峯山寺で出家得度。1999年に千日回峰行、翌年に四無行を満行。現在、仙台市秋保の慈眼寺住職。著書に『人生生涯小僧のこころ』(致知出版社)など。

とまつ よしはる 1953年東京都生まれ。ハーバード大学神学校において、神学修士取得。現在、浄土宗心光院住職。著書に『Never Die Alone』、「仏教とターミナルケア エイズホスピス寺院から学ぶもの」など。

ささき しずか 1956年福井県生まれ。京都大学工学部工業化学科・同文学部哲学科卒業。著書に『出家的人生のすすめ』(集英社新書)、『科学するブッダ』(角川ソフィア文庫)など。

ねるけ むほう 1968年ベルリン生まれ。1993年安泰寺で出家得度。著書に『迷える者の禅修行』(新潮新書)、『道元を逆輸入する』(サンガ)、『日本人に「宗教」は要らない』(ベスト新書)など。

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