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名僧に聞く 生老病死すべてに答える - 鵜飼秀徳(浄土宗僧侶・ジャーナリスト)

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寺院消滅の危機が現実のものとなりつつある現代。日本人の悩みは変わらない。
迫りくる老い、病いの苦しみ、そして死―。読めば気持ちが明るくなる連続インタビュー


 全国には約七万七千もの仏教寺院が存在し、その数はコンビニの約5万2千店を大きく上回る。葬儀や年忌法要、墓参り、年中行事など、日本人と仏教は切っても切り離せない関係が続いてきた。

 ところが近年になって地方都市では人口流出に歯止めがかからず、地域産業の疲弊、少子高齢化などの構造的問題が浮上。地域で寺が支えられなくなっている。

 そこに「死生観の変化」が追い打ちをかける。家族葬、直葬、散骨、永代供養といった葬儀の簡素化が進み、都会では無宗教の葬儀や埋葬法を選ぶ人々が増えてきた。

 しかし一方、テレビでは僧侶が登場するバラエティ番組が人気を博し、京都や奈良の名刹・古刹には、国内外から観光客が押し寄せている。「仏像」や「禅」ブームは続いており、書店には数多の仏教関連書が並ぶ。人々の仏教への関心は、ややカルチャー寄りではあるが、今なお消滅してはいないようだ。

 生老病死は万人が避けられない道だ。愛する人との別れも、いずれやってくる。社会では格差が広がりつつある。地縁・血縁が分断され、孤独死を待つ人も少なくない。政治や経済の力では解決できない心の問題は、むしろこれからどんどん顕在化していくだろう。

 仏教は1500年にわたって、日本人の心のよりどころだった。これから人々は仏教に何を求めるのか。仏教はそれに応えられるのか。現代の名僧たちとの対話を通じ、仏教とともに今を生きる術を探った。

自害覚悟の千日回峰行を越えて -塩沼亮潤(大峯千日回峰行大行満大阿闍梨)

 塩沼亮潤氏は千日回峰行や四無行といった荒行を成し遂げ、大阿闍梨の称号で呼ばれる、現代の「生き仏」だ。千日回峰行は比叡山が有名だが、大峯山の回峰行は特に厳しいことで知られ、1300年の歴史の中で塩沼氏をふくめ、2人しか満行した者はいない。さらに平成12年、9日間にわたる「断食、断水、不眠、不臥」を続ける四無行も達成。行を終えた後は、仙台市郊外の山里で慈眼寺を開き、半農生活を営みながら、日々の行を勤めている。一足早く紅葉が深まる頃、慈眼寺を訪ねた。

―千日回峰行とはどのようなものでしょうか。

塩沼 舞台は奈良県吉野の山の中です。金峯山寺蔵王堂から大峯山までの往復48キロ、高低差にして1300メートルの山道を1日16時間かけて往復するのを1000日間続けるのが大峯千日回峰行です。総距離は4万8千キロ、地球一周よりも長い。雪で山が閉ざされていない5月から9月までしか歩けないので、満行までに9年間かかるのです。

 毎日、夜の11時25分に起床し、滝に入って身を清めます。5月でも日によっては氷点下近くまで気温が下がる。おにぎり2個と5百ミリリットルの水が入った水筒を用意し出発です。最初の4キロは舗装されていますが、あとは石が転がる山道です。提灯の明かりだけを頼りに、暗闇の中をひたすら歩き続けます。提灯がないと、うっかりマムシを踏んでしまう可能性がある。もしも噛まれたら、そこで行は終わります。血清を持っていませんから、その場で死ぬほかないのです。

 行を始めて460日目、大峯山の山頂近くで背後からクマに追いかけられたこともありました。とっさに杖を投げつけ、大声を張り上げたら、運良く逃げていってくれました。

 天候にも悩まされました。嵐に遭っても、遮るものは岩くらいしかありません。目の前で崖が崩れ、行く手を阻まれたこともあります。

 普通は午後3時半に戻ってきて、掃除、洗濯、次の日の用意をします。睡眠時間は大体4時間半。それを1000日続けます。行が始まってから終わるまでの期間は、1日たりとも休むことは許されません。

―仮にギブアップした場合はどうなるのですか。

塩沼 行の間、私はいつも自害用の脇差を持って歩いていました。行に入れば、決して途中で止めることは許されない。退路を完全に断ち、覚悟を持って行に入らねばなりません。脇差で腹が切れない場合に備えて、「死出紐」も用意していました。これははっきりとしたルールなどではなく、言い伝え、心構えとして、「千日回峰行とはそういうものだ」と伝えられてきたのです。

 行を始める前に、師僧にひとつだけ確認したことがあります。「山火事の場合はどうすればよいのですか」と。千日間ともなれば、そうしたリスクがないとも言えませんから。そしたら師僧は、「そんときは行かんでええ」と言ってくれました。

 実は、「失敗したらどうしよう」とか「もう嫌だ」と思ったことは一度もないのです。行に入る前も、歩いているさなかも、行を達成する自分の姿しか想像できませんでした。

―どうしても無理だ、という時はなかったのですか。

塩沼 毎年、行を始めると、決まって3カ月目には真っ赤な血尿が出ます。心臓にも負担がかかるため、胸が苦しくて、一度、気を失ったこともありました。

 行中最大の修羅場は、480日目くらいに襲われた、激しい腹痛です。熱も39度5分を超え、2時間おきに食べたものが下から出てきてしまいます。山中で倒れたときはさすがに、もうここで自害するしかないのか、と思いました。しかし、その時、行に入る前に母が掛けてくれた「どんなに辛くても、岩にしがみついてでも立派になって帰ってきなさい」という言葉が聞こえてきたのです。「こんなところで倒れている場合じゃない」と奮起し、涙と汗にまみれながら、もうその後は気力だけで走り続けました。

―達成時はどんな心境でしたか。

塩沼不思議と千日回峰行を終えたという達成感は一切ありませんでした。いつもと同じような心境で、いつものように戻ってきました。

―行の中で感じたことは?

塩沼 私が実践しているのは修験道という、神道が融合した仏教の一形態です。「修験」とは、「実修実験」のこと。つまり大自然の中に飛び込み、暑さ、寒さ、辛さ、苦しさ、悲しさを実際に体験し、体得していくということです。

 心身ともにボロボロになってきた時、ふと足元を見るとささやかな花が咲いている。「うわー、本当にきれいだなあ」と自分が生かされていることを自覚して、本当に涙が出てくるのです。そして、さらに深い思考に入っていく。花は別に私を感動させるために咲いているんじゃない。天に向かって自分のなすべき姿を表現しているだけなのに、疲れ切った自分を癒してくれている―。そこで「自分は周りの人たちに対してそういう存在であったかな」と気づくのです。山に入ると、そういう、ささやかな気づきの連続です。

千日回峰行より危険な行 ―千日回峰行の一年後には「四無行」という荒行に挑まれます。これはどのような修行なのですか。

塩沼 四無行は9日間、「断食(食べず)、断水(飲まず)、不眠(寝ず)、不臥(横にならず)」という状態で、お不動様と蔵王権現の真言をそれぞれ10万遍ずつ唱え続ける行です。

 実は、この四無行のほうが、千日回峰行よりも危険な行だと言われています。ですから、行に入る前に生前葬を済ませました。葬式を終えると、すぐお堂入りです。9日間、大きな声を出すと声がかれてしまいますので、ほんの小さな声で真言を唱え続けます。そのとき数を間違えては行の達成になりませんから、数珠と石を使って数え続けます。午前2時には、仏様にお供えをする水を汲みに行くのですが、体力が奪われていくので、お水取りには修行僧が同行して、手伝ってくれました。3日目にもなると、足が紫色に変色して、死臭が漂ってきます。

「断食、断水、不眠、不臥」のうちで一番辛かったのはやはり水が飲めないことでした。5日目からは1日1回のうがいが許されますが、決して飲んではいけません。茶碗に満たされた水を、同じ大きさの空の茶碗に移し、分量が同じでなければ「飲んだ」とみなされてしまいます。それでも細胞に水分が染み渡り、体は生き返ったように元気になります。

 9日目の午前2時に満行を迎えましたが、あと3日くらいは続けられるような感覚でしたね。

―なぜ、厳しい行の道に入ろうと思われたのですか。

塩沼 小学生の頃だったでしょうか、NHKのドキュメンタリー番組を見ていて、酒井雄哉さんが比叡山で千日回峰行をされている姿にいたく感動しました。その日から、「私も千日回峰行者になりたい」と強い思いを抱くようになったのです。高校時代にはこの思いはさらに募り、修行に備えて学校までの片道4キロを走るようにしたほどです。吉野山でも修験道の千日回峰行をやっていることを知り、卒業後はそちらで修行することに決めました。

 私の家は、中学2年のとき両親が離婚、母親と祖母の3人で貧しい生活を送っていました。家計を助けるために喫茶店でアルバイトをし、パチンコ屋に通って落ちていた玉を増やし、味噌や醤油などの景品をいただいて家に持ち帰るような毎日でした。もし家庭が裕福で、欲しい物は買ってもらえ、遊び呆けて育っていれば、今の私はないと思います。しかし、家庭の雰囲気は明るく、私の中で将来への悲観はなかった。今思い返しても、人生でいちばん楽しかったのは、母と祖母と暮らしていた時期ですね。

―いま多くの人たちが人間関係をはじめ、様々な悩みを抱えています。

塩沼 そうした方々によく話させていただくのは、悩んだら体を動かしてください、ということです。人間の筋肉の3分の2が足にあるといわれています。歩けば体全体の血流が良くなり、頭も冴えてくる。体を動かしながら、自問自答を繰り返すことで、自分を深く知る。それは修験の教えにもつながるのです。

 私はたまたま千日回峰行をしてしまっただけで、世間からはそこをクローズアップされることが多いのですが、千日回峰行は大切な体験ではあるけれど、今の私を支えているのは、いま日々行っているお勤めであり、農作業であり、信者の皆さんとの語らいです。毎日を一生懸命生きて、悪いことをしない。それが本当の修行だと思うのです。

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