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消費税増税時における低所得者対策としての軽減税率について

与党間で最終調整が進められているらしい軽減税率については世論調査では支持が多い一方、ネットでは圧倒的に反対意見が優勢な状況になっているように見える。

軽減税率は欧米では既に多くの国で採用されており、それが故にどのような弊害が存在するかについても様々な実例があるため、反対意見が出ること自体は当然であろうが、その中には勢い余って(?)本当にそうなのか疑問に思うような反対論もかなり目立つように感じる。その中でも目立つ意見の一つは「軽減税率は金持ち優遇」というものである。

以前にも書いた通り、筆者も軽減税率がベストな低所得者支援策だとは全く思わないが、ネットでよく見かける「消費税増税反対」かつ「軽減税率反対」な人々が主張するように「消費税は逆進的」であり、同時に「軽減税率は金持ち優遇」というのはさすがにつじつまが合わないと考えざる得ない。

もちろん仮にエンゲル係数が高所得者の方が高いということであればその限りではないが、そういった事実はないわけで、消費税増税が逆進的なのであれば軽減税率の導入は自ずとその逆進性を緩和するものになるはずである。 ちなみに「軽減税率は金持ち優遇」という根拠を単に軽減税率によって得られる減税額が金持ちの方が大きいという点だけに求めている人もいるようだが、それなら消費税増税による増税額は圧倒的に金持ちの方が多いわけで、「消費税は貧乏人優遇」となるはずであるが、もちろんそういう単純な話ではない。

たとえば以下のような軽減税率批判の一つの根拠となっている、「日本ではエンゲル係数が所得によって殆ど変らない」から低所得者層支援としての効果は低いという意見も違う角度から考えると、必ずしもそうとは言えなくなる。

かくも問題の多い軽減税率の数少ない根拠が、「低所得者層支援策になる」というものだ。これはエンゲルの法則――低所得者ほど支出に占める食費の割合(エンゲル係数)が高い、に基づいている。しかし、日本は所得階層毎のエンゲル係数に大きな差がないことが知られている。最も貧しい2割の家計のエンゲル係数は25%であるが、最も豊かな2割のエンゲル係数もまた20%である。

「軽減税率」は、実は低所得者支援策ではない! 飯田 泰之

「所得階層毎のエンゲル係数に大きな差はない=軽減税率は低所得者支援にならない」というのは確かにそれらしく見えるし、これを連呼している人々も多いようだが、実態を考えるとかなりあやしい話でもある。

下図は家計調査から作成した所得階級別の消費支出の内訳(上位10%と下位10%)である。 確かにエンゲル係数は上位10%で20%に対し、下位10%で26%とそれほど大きな差はないように見える。 

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しかし、これは軽減税率が仮に適用された時に消費税の課税対象となる消費支出の割合が上位10%で80%に対し、下位10%で74%になるということを意味しているわけではない。 なぜなら今回軽減税率の検討対象となっている食料以外にも既に消費税が免除されている費目が存在するからであり、主なところでは家賃と医療があげられる。そして賃貸の負担の重さを考えると本当に支援が必要なのは所得下位と分類された人々の中でも特に賃貸生活をしている人々になるのではないだろうか。 

家計調査によると「家賃・地代を払っている人の割合」は上位10%では11.1%なのに対し、下位10%では40.8%となっている。 下位10%の平均住居費は18,902円となっているが、これを「家賃・地代を払っている人」の平均に単純に割り戻すと46,328円となる。ここから仮に食料に掛ける費用が同じで全て非課税とすると「下位10%+賃貸」の人々の総支出に対する消費税対象割合は平均でも32%となることになり、上位10%の人の73%を大きく下回ることになる(金額でいえば前者が約3.9万円なのに対し、後者は約35.3万円となりその差は約9倍になる)。 こういった世帯にとっては「エンゲル係数が25%しかない」のは、家賃をはじめとしたどうしても削れない支払いをすると、食費に掛けられるお金がそれだけしか残らないということを意味しているに過ぎないのではないだろうか。

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さらに言えば、医療の費用も全ての人々が平均的に支出しているわけでなく、一部の人々に偏る傾向がある。いわゆる支援が必要な「低所得者」が誰なのかを決めるのは難しいが、低収入で賃貸に住み、家賃、光熱費、食費、医療費を払うと殆どなにも残らない、というような人々はこの支援が必要な「低所得者」になるだろう。このような人は仮に食費と光熱費を軽減税率の対象にすれば、いくら消費税率が上がろうと直接的な影響はかなり限定されるわけであり、消費税増税時における低所得者対策としては一定の機能を持つことは明らかである。

更にもう一点、筆者が英国で実感しているあまり語られない軽減税率のメリットについて書いておくと、それは本当に余裕がある人が自ずとより多く負担するメカニズムが(完璧ではないものの)存在する点にある。

仮に将来的に英国のように消費税が20%、軽減税率が0%になったとしてある食事が店内で食べれば600円、持ち帰りなら500円であった場合、値段に頓着しないは店内で食べる一方、値段にシビアな人は持ち帰りにすることになる。 一般に前者はお金に余裕がある人で後者は余裕がない人であろうから、後者に対しては食事が非課税で提供される一方、お金に余裕がある人には税を負担してもらえるようになるわけである。 又、これのもう一つのメリットは、お金に余裕がある人は収入に対する消費支出の割合が低いケースが多い為、消費税分の価格上昇が購入量の減少ではなく消費性向の高まりによってある程度カバーされる所にもある。

日本のように定年退職後の高齢者が増えてくると、誰が支援が必要かは所得だけでは計りにくくなる。しかしこのようなシステムを通せば、自ずと所得と関係なく本当に余裕がある人がより多く負担するという形に少しは近づけることになるわけである。

最後に以前書いたことの繰り返しになるが、筆者は低所得者支援策として考えた場合、軽減税率がそれほど有効なものとは考えていないし、諸外国の例を引くまでもなく様々な弊害もあるわけで、様々な観点から考えてメリットよりデメリットの方が大きいから採用しない、という選択肢も当然あると考えている。 但し、このメリットとデメリットを考える際には10%-8%の差しかない目先の状況だけにとらわれず、将来的に消費税がさらに上がった場合も想定して比較すべきである。

実際に日本で導入されようとしている軽減税率がどのようなものになるかはまだよくわからないし、上記の単純化した例であっても、"同じ税率であれば"軽減税率をなくして税収を確保した上で、本当に支援が必要な人々だけにピンポイントにお金を配った方が低所得者支援策としての効果が圧倒的に高いことは明白である。そしてより再分配効果を高めるには消費税は高い方が良いし、実際に再分配効果の高い国には消費税率が高い国が多い。

もちろん現金給付は軽減税率のあるなしに関わらず実施可能なわけであり、こういった再分配効果の高い国では両方を手厚くやっている例も多い。そして軽減税率有りで支援が必要な人には給付もきちんと行われるケースと、軽減税率無しで支援が必要な人への給付のみ行われるケースを比較した場合、給付を受ける人々の生活水準が同じとなるように調整されるとすれば、軽減税率が有るケースの方が、給付をもらわない人の間の累進性は高まると考えられる(但し、軽減税率の適用範囲を増やせば増やすほど同じレベルの給付を行うのに必要な消費税率が高くなるというデメリットはあるが、)。

又、もう一つ留意すべきは今後消費税が上がっていく中、一部の人にのみ手厚く現金給付を行なう事がどれだけ世論の支持を得られるかという点である。生活保護ですら風当たりが強い日本において一方で消費税を増税して他方で手厚い給付を一部の支援が必要な低所得者だけに行うというのはなかなか受け入れられにくいのではないだろうか。与党内では軽減税率の線引きをどこにするのかが大きな問題になっているようだがが、軽減税率抜きで今後消費税を上げていくケースではどこまでの人々にどれだけの支援が必要かという線引きも更に重要になってくるし、これももちろん簡単ではない。その前にまず現行水準の社会福祉を維持することすら少々の増税では難しい現状もある。 

そうであれば増税サイドでは軽減税率で低所得者層に一定の配慮をしつつ余裕がある人々には少しでも負担してもらい、一方給付サイドでもできる限りの手当をする、という二本立ての対策をとることは現実を考えた場合の消極的選択肢の一つとしてはそれほどおかしなものではないはずである。

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