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家を盗られた-広がるサイバー犯罪の脅威

 【ニューヨーク】不動産を所有する元看護師のシビル・パトリックさん(79)は、手掛かりは何カ月も前からあったのに、それがどういうことなのか考えたことはなかった。パトリックさんがハーレム地区に所有するブラウンストーン張りの家には誰も住んでいなかったが、鍵が交換されたり、家財道具の置き場所が変わったりしていた。

 昨年の春、パトリックさんが前庭の手入れをするため家にやって来ると、隣に住むアパートの管理人から、「どうして手放した家にきたの?」と尋ねられた。

 パトリックさんは「え?私は絶対に売らないって言いましたよ」と答えた。

 しかし、管理人の言う通りだった。パトリックさんの家は自分が知らないうちに、1年ほど前におよそ75万ドル(約9100万円)で売却されていた。

 マンハッタン地区検察局の関係者によると、マンハッタンでは、インターネット上で簡単に入手できる記録を使って証書を偽造し、住宅を売却して売却金を詐取する事件や未遂事件が約30件起きた。パトリックさんは被害者の1人で、検察は昨年秋以降、この不動産売却に関連した重窃盗罪の容疑で4人を逮捕した。

 シカゴとデトロイトでもこうした詐欺が急増しているという。

 検察によると、複数の不動産を所有する投資家が特に被害に遭いやすいという。所有する住宅を頻繁に訪れることがないため、誰かが引っ越してきても気付かないからだ。パトリックさんもハーレムの住宅以外に自宅を所有している。

 マンハッタン検察で捜査部門のトップを務めるデービッド・シューマン上級検事補(EADA)は「こうした犯罪は昔からある」が、インターネット上に記録が公開されるようになったことで、「ずいぶん増えた」と話す。

 図らずもこうした詐欺が増えたのは、不動産市場の透明性の向上を図る目的でインターネット上での文書の公開が進んだためだ。

 シューマン氏は「崇高な目的のために行われているもので、いいアイデアだが、実際には詐欺の総合サービスセンターになっている」と指摘、マンハッタンでは公開情報を使った証書詐欺が「まん延している」と述べた。

 一部の都市では不動産市場が活発化したことで、詐欺が容易になった。検察関係者によると、詐欺師は多くの場合、住宅の売却価格を市場価格をわずかに下回る水準に設定、買い手ができるかぎり早く、なるべく現金で買うようにプレッシャーをかける。パトリックさんの家の場合、検察の査定による評価額は100万ドル以上だった。

 ニューヨーク市では、不動産の証書や抵当証書などの文書のコピーはインターネット上で閲覧することができる。その中には所有者の署名や現住所、電子メールアドレス、電話番号、弁護士の名前、抵当権の総額、先取特権付きかどうかなどの情報が含まれていることが多い。こうした情報があれば所有者の生年月日と社会保障番号なども簡単に手に入る。

 詐欺師はこうした情報を使って所有者に成りすまし、新たな所有者に不動産を譲渡するための新しい偽造証書を作成するのだ。

 ニューヨーク市財政局は約1年前からこうした犯罪の追跡を開始、現在は120件を調査しているという。犯罪防止策として今年の夏には、新たな不動産証書が作成されると自動的に所有者に通知するサービスを開始した。

 詐欺の可能性があるにもかかわらず、一部の議員や規制当局者は今もインターネットでの情報開示を支持している。記録が簡単に入手できるようになり、不動産売買の手続きは大幅に簡略化された。米国の多くの郡では不動産証書はインターネットで入手できる。

 ニューヨーク市財政局のアネット・ヒル長官補は、不動産に関する記録が容易に入手できなければ「不動産の譲渡プロセスが遅れる」とし、「情報はこれまでも公開されており、全国的にインターネットで情報が入手できるようになったというだけだ」と指摘した。

 シカゴ市の関係者によると、より多くの記録がインターネット上で手に入るようになったことで、詐欺事件が増加している。シカゴ・クック郡の証書記録官は現在、詐欺が疑われる62件について捜査を行っている。

 デトロイトのウェイン郡検察は5年前に証書詐欺の追跡を開始したが、被害の申し立ては今年が一番多いという。関係者によると、デトロイトの再生を期待して欧州やアジアの投資家が不動産を購入しており、詐欺の格好の獲物になっている。

 パトリックさんの住宅の不正売却では、売却を手配したとされるカンワジート・マリク被告は逮捕され、重窃盗の容疑で起訴された。マリク被告は先月中旬、ニューヨーク州最高裁判所に召喚され、無罪を主張した。被告の弁護士はコメントを差し控えた。

 マリク被告は水面下で手配を行い、数人の仲間は不動産の所有者や不動産仲介業者に成りすましたり、所有者や業者の役を演じる人間を見つけて偽造した写真付きの身分証明書を持たせたりしたとされる。詐欺について知らされていない本物の弁護士や業者が契約に立ち会ったケースもあった。

 パトリックさんはハーレムの住宅を何年も空家にしていた。未婚の母親たちのための家にしたいと考えたこともあった。パトリックさんは家を取戻し、買い手は保険会社と払戻しで和解することができた。検察関係者によると、民事裁判で所有権が争われることも多いという。

 数年のストレスから解放されたパトリックさんは今、ハーレムの家を訪れることはほとんどない。1989年に11万ドルで購入した家だが、持っていても面倒なだけかもしれない思い始めている。パトリックさんは言う。「この家にそれだけの価値があるかわからない」。

By LAURA KUSISTO

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