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米国を動かすキリスト教原理主義 - 渡辺靖(慶応義塾大学環境情報学部教授)

米国人の約四割を占め、共和党の強力な支持基盤をなす人々の世界観

 近代主義や合理主義の最先端を行く国であるにもかかわらず、人工妊娠中絶や進化論を頑なに拒否し、世界を単純な善悪で塗り分けて理解してしまうキリスト教原理主義の影響力が強い米国。

 2010年には、キリスト教保守派が優勢となった南部テキサス州の教育委員会が、歴史カリキュラムに関する大幅な基準改定を議決した。新基準は「米独立革命に影響を与えた思想は啓蒙主義だけではない」との見地から、「独立革命に影響を与えた人物」のリストから米建国の父トマス・ジェファーソンを削除し、代わりにトマス・アクィナスやジャン・カルヴァンを加える判断を下した。ジェファーソンは、啓蒙思想(理性)を重視する立場から、キリスト教を絶対視せず、厳格な政教分離を支持したことで知られる。  2015年9月には南部ケンタッキー州で、自らのキリスト教信仰に反するとして、同性カップルへの婚姻証明書の発行を拒んだ女性郡書記官が収監される一幕があった(のちに釈放)。同年六月には米連邦最高裁が同性婚を事実上認める判決を出しているが、信仰を貫き通した彼女にはキリスト教保守派から称賛の声が相次いだ。  2016年秋の米大統領選でもリック・サントラム氏(元ペンシルベニア州選出の連邦上院議員)やマイク・ハッカビー氏(元アーカンソー州知事)、ベン・カーソン氏(元神経外科医)など、筋金入りのキリスト教保守派が立候補している。同派は共和党内の強力な支持基盤(「ベース」)の一つであり、彼らを無視して党内の予備選挙を勝ち抜くことは事実上、不可能である。

キリスト教原理主義とは

 キリスト教原理主義の特徴は、宗教的体験によって回心し、聖書の言葉をそのまま神からの言葉と信じ、個人救済を求めて福音活動に勤しむことにある。個人救済よりも社会正義を重視し、聖書を歴史的・批判的に解釈し、他の宗教にも割と肯定的なキリスト教主流派(穏健派、世俗派)とは対照的だ。

 今日、米国人の約4分の3がキリスト教徒、そのうち約半数がプロテスタント、約4分の1がカトリックである。プロテスタントはメソジスト派やユニテリアン派などさらに細かな宗派に分かれるが、それらは総じて主流派に属する。かたや、原理主義はそうした宗派にまたがって広がっており、しばしば「福音派」(エバンジェリカルズ)と称される。カトリックにはそうした宗派は存在しないが、それでも保守派と主流派は存在する。現在、キリスト教徒の約半数近くが原理主義的と言われている。つまり、大雑把に言えば、米国人の約4割近くがキリスト教保守派ということになる。

 当然ながら、民主党の地盤である東部や西海岸、都市部、高学歴層には少ないが、筆者が留学していたハーバード大学のようにそれらの典型であり「リベラル派の牙城」のような場所でも、キリスト教原理主義を信仰する学生の団体が存在している。

原理主義に惹かれる四つの要因

 では、何故そのような信仰に惹かれるのか?  それを理解するには少なくとも四つの要因を押さえておく必要がある。

 まず、第一に、米国における反知性主義の伝統である。 「反知性主義」と聞くと負のイメージがあるが、米国では「知性そのものに対する反感」ではなく「知性と権力の固定的な結びつきに対する反感」を指す。

 17世紀に英国からやってきたピューリタンたちがインテリ集団だったことは、彼らがマサチューセッツ植民地に真っ先に創ったのが小学校ではなく大学(ハーバード大学)だったことからも明らかだが、エリート主義的なピューリタンの教会に抗うかのように、米国史では草の根の信仰の原点を取り戻そうとする復興運動(リバイバリズム)が繰り返し起きている。

 今日、キリスト教主流派は、事実上、階層化されており、例えば、ユニテリアン派は中上流階層以上に多い。教義の解釈はリベラルで、例えば、ユニテリアン派の説教などは宗教というよりも「哲学」のようだが、雰囲気は真面目でやや硬い。

 それに対して、キリスト教保守派では、教義の解釈は聖書に厳格だが、教会の雰囲気はいたってカジュアルで、説教も宗教というよりは「トークショー」に近い。こうした姿は現代版の信仰復興運動とも解釈できる。

 ヨーロッパ(旧世界)の身分制度を否定して建国された米国ではもともと反知性主義の伝統が強く、信仰復興運動を受入れる素地があると言える。

 第二に、1960年代以降のリベラルな政治潮流に対する保守反動である。

 例えば、連邦最高裁は1962年に公立学校での祈祷を禁じ、1973年には人工妊娠中絶を容認している。「古き良き米国」の崩壊を危惧した保守派はキリスト教的価値観の復権を唱え、1980年代の「レーガン保守革命」を支える一翼を成すようになった。とりわけ当時は冷戦中で、宗教をアヘンと見なす共産主義と対峙するうえでイデオロギー的な武器にもなった。

 冷戦終結後も、米国内ではリベラル派に対して、同性愛から尊厳死、さらには幼児向け教育番組『セサミストリート』の放送内容に至るまで、キリスト教保守派から激しい異議申し立てが行なわれ、人工妊娠中絶を行なうクリニックが襲撃されることも珍しくなかった。その様は「文化戦争」と形容されたほどだ。

 今日でも、「リベラル」という言葉には、「大きな政府(=社会主義)」「外交的弱腰」という意味に加えて、「道徳的退廃」「犯罪に甘い」といった負のイメージが付きまとう。それゆえ、オバマ大統領を含め、民主党の政治家は自らを「リベラル」ではなく「プログレッシブ(=革新的)」と称するほどである。逆に、キリスト教保守派と距離を置こうとする共和党の政治家は、しばしば"RINO"と罵倒される。"Republican In Name Only"の略、つまり「名前だけ共和党員」という意味である。現在、大統領選の有力候補の一人である穏健派のジェブ・ブッシュ氏(元フロリダ知事)なども"RINO"と攻撃されている。

 第三に、やや社会学的な説明になるが、米国社会において広がる新自由主義(ネオリベラリズム)の影響がある。

 新自由主義とは市場における競争力を「正義」と見なす立場で、行き過ぎた競争への歯止めを「正義」と見なす従来の自由主義(リベラリズム)とは真逆の立場を指す。米国においては1980年代以降に広がりを見せ、産業の空洞化や雇用の不安定化、所得格差の増大、中間層の縮小といった負の影響も指摘される。

 つまり、そうした新自由主義によってもたらされる「社会的紐帯の分断」や「意味の渇き」を埋め合わせるイデオロギーとして、確固たる価値が志向されているというわけだ。そして、その確固たる価値の拠り所として「家族」や「民族」、「宗教」、「国家」が憧憬されることになる。新自由主義というグローバル資本主義とそれらは一見、相容れないように見えるが、社会学的には、むしろ相互依存ないし相互補完の関係にあるとされる。

 もちろん、これは米国特有の現象ではなく、グローバル化が進むにつれ、その反動としてナショナリズムや宗教原理主義が先鋭化するのは多くの国で見られ、そのなかには排外主義的な動きもある。

 米国の場合、先述したようにレーガン政権時代に、キリスト教保守派の影響力が増大したが、それは経済的な新自由主義(「小さな政府」)や反共的なタカ派路線(「強い米国」)と不可分に結びついていた。そして、そうした宗教保守、経済保守、安保保守の三勢力を束ねたレーガン大統領は、今日、共和党内ではほとんど神聖視されている。

 第四に、この点とも関係するが、キリスト教保守派は市場原理を取り入れるのに長けている点がある。  その好例が、メガチャーチと称される、信者数2000人以上を抱えるキリスト教保守派の巨大教会だ。  1970年にはわずか10だったその数は、1990年には250、2005年には1000を超え、現在では1500を超える。

急成長するメガチャーチ

 興味深いのは、その大きさもさることながら、「セル(cell)」と呼ばれる小グループで日々の活動が行なわれている点である。聖書研究はもちろん、結婚相談や育児相談、老後設計、薬物克服、ストレス・健康管理、スポーツ、レジャー、ボランティア活動、キャリア・カウンセリングに至るまで、信者の目的やニーズに応じた多くのセルがあり、きめ細かい対応がなされている。巨大さゆえの匿名性のなかに埋没してしまいかねない個々の信者に対して、セルという小さなコミュニティを提供している点が、従来の大規模な集会や礼拝とは大きく異なる。

 最近では、そうしたセルの集合体であるメガチャーチそのものがスモールタウン化し、学校、病院、銀行、託児所、住居、美容院、ホテル、レストラン、カフェ、映画館、図書館、フットボール場、スケートリンクなどを備えたところも出現している。私自身も、これまで多くのメガチャーチを訪れたが、ある牧師は「ショッピング・モールみたいな教会にしたいのさ」と話していた。

 信者から一定の寄付収入が見込めることもあり、2008年のリーマン・ショックの後、むしろ積極的に不動産購入を推し進めている教会も少なくない。開発業者にとっても、教会との契約は税制優遇が受けられるので魅力的だ。

 メガチャーチの急成長を支えているのは、入念なマーケティングの手法である。個別訪問を繰り返し、周辺住民の関心やニーズを把握し、ターゲットを絞り込み、普及活動戦略を策定する。「教会は堅苦しい」「お金をせがまれる」「説教など役に立たない」といった理由で教会から遠ざかっていた人びとに対し、こうした巧みな手法を通して、フレンドリーな空間を創出することに成功している。その手法は160カ国の10万以上の教会で導入されている。

 宗教組織の信者(会員)開拓や運営管理を専門とするコンサルティング会社間の競争も激化している。メガチャーチのスタッフにはビジネススクールの卒業生も珍しくなく、ハーバード大学のビジネススクールでもメガチャーチがケーススタディとして取り上げられている。コスト・ベネフィットが重んじられる時代にあっては、教会とて企業家精神が求められている。

 こうしたメガチャーチの運営手法については批判も多いが、米国では1960年からの40年間に、キリスト教主流派の教会の礼拝出席率は3分の2になり、140人以上の礼拝参加者がある主流派教会は、今日では、全体の4分の1に過ぎない。人びとを教会へと向かわせ、何はともあれ、イエスの教えに心を開かせたメガチャーチの功績を擁護する声も強い。

増える無宗教者

 以上の四点を鑑みると、キリスト教原理主義の勢いは止まるところを知らないように思われるが、そう断言するには少し留意が必要だ。

 実は、米国では、1972年から2012年の半世紀間にプロテスタントの割合は人口の62%から48%に大幅減少、カトリックは中南米からの移民流入による恩恵を受けているが、それでも26%から22%へと微減している。

 それに対して、無宗教者は半世紀間に7%から20%へと増加している。そのうち無神論者(神の存在を信じない者)が約2.5%、不可知論者(神の存在は立証も否定もできないとする者)が約3.5%、無宗派(特定の神を信仰していない者)が約14%となっている。

 無宗教者の割合は、18〜29歳で32%、65歳以上で9%、独身者で24%、既婚者で14%、西部で26%、南部で15%、民主党支持者で75%、共和党支持者で23%といった大きな違いがあるが、それ以外の属性(性別、学歴、年収など)による差異は小さい(2012年のピュー・リサーチセンター調査)。無宗教者そのものが増えたのか、あるいはそう公言しやすくなったのかは定かではないが、より世俗化傾向にあることは確かなようだ。

米国の政教分離

 米国において「政教分離」とは、国教を定めず、何人にも信仰の自由を保障することを指す。フランスのように、宗教的次元そのものを公的領域から排除することは必ずしも含意されていない。紙幣や硬貨に刻まれている"IN GOD WE TRUST"(我々は神を信じる)の"GOD"とは、特定の宗教の神ではなく、社会に超越的基準を与える「聖なるもの」を指し、しばしば「市民宗教」などとも称される。しかし、無宗教者のなかには、こうした宗教的次元そのものの存在を認めず、より厳格な政教分離を求める声も少なくない。

 私たちのつぎはぎ細工の遺産は強みであって、弱みではない。私たちは、キリスト教徒やイスラム教徒、ユダヤ教徒、ヒンドゥー教徒、それに神を信じない人による国家だ。私たちは、あらゆる言語や文化で形作られ、地球上のあらゆる場所から集まっている。

 オバマ大統領は2009年の就任演説においてこのように謳い上げ、無宗教者への配慮を示した。しかし、無宗教者から成る10団体は、大統領就任式から一切の宗教的な式次第を取り除くべく訴訟を起こしていた。

 加えて、近年では、キリスト教保守派のなかにも、貧困やエイズ、気候変動、核不拡散といった課題に人道主義の観点から関心を寄せる人々も増えている。2015年9月に訪米し、熱烈な歓迎を受けたローマ法王フランシスコのように、同性婚や人工妊娠中絶には反対しながらも、地球温暖化については科学的データを尊重し、国際社会の積極的な対策を支持する人々である。

 米国において、依然、キリスト教原理主義の影響力が巨大であることは疑いない。しかし、「米国=キリスト教原理主義=狂信的」というイメージに引きずられて、固定的に(原理主義的に?)捉え過ぎると、変容する米国社会の実像を大きく見誤ることになりかねない。

わたなべ やすし 1967年生まれ。97年、ハーバード大学で博士号を取得(文化人類学)。専門は文化人類学、文化政策論、アメリカ研究。著書に『アフター・アメリカ―ボストニアンの軌跡と<文化の政治学>』(慶応義塾大学出版会)、『沈まぬアメリカ 拡散するソフト・パワーとその真価』(新潮社)など。

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