記事

欧州危機を読み解く プロテスタント vs.カトリック - 浜矩子(エコノミスト)

かつて苛烈な宗教戦争を繰り広げた二大宗派はいかなる行動様式を持っているのか  欧州の亀裂が深まっています。財政危機をめぐって国内が混乱しているギリシャに「財政再建かユーロ圏脱退か」と強硬に迫るドイツの態度は、筋は通っていても、違和感を覚えた人もいるでしょう。

 今でこそ統合を果たした欧州ですが、一枚岩ではありません。多数の言語が話され、王を戴く国もあれば、共和国もある。日本から見れば、キリスト教圏と一括りにしたくなりますが、カトリックとプロテスタントの二大宗派があり、東方に目を転じれば、東方正教会があり、イギリスには国教会もある。通貨こそユーロに統一されましたが、英国は頑なにポンドを使っています。複雑怪奇な欧州を理解するための第一歩として、カトリックとプロテスタントの考え方や行動様式の違いを通して、現在の欧州を眺めてみましょう。

宗教改革で袂を分かった

 キリスト教の根底には、「人類の歴史は神による救済史である」という認識があります。

 2000年以上前、ローマ帝国の支配下にあったユダヤに生まれたイエス・キリストは、形式的な律法を重んじるユダヤ教を批判し「律法に背いた人ですら救われる」と説きました。そのためユダヤ教の指導者から批判されて捕えられ、ローマ帝国総督の命令で磔刑に処せられますが、三日目に復活し昇天しました。しかし、いつの日か必ず「神の子」イエスが再び復活し、神は今までこの世に生を受けた全人類に「最後の審判」を下し、神が救済すると判断した者だけが天国に行ける。そのようにキリスト教徒は信じています。

 イエスの死後、その教えは復活したイエスに「出合った」パウロによって、ローマ帝国で広められ、信者を増やしていきました。弾圧や迫害も受けましたが、313年にミラノ勅令によって公認され、392年には国教とされました。しかし、395年にローマ帝国が東西分裂すると、教会も東のコンスタンティノープルと西のローマに分かれました。これが現在の「東方正教会」と「カトリック」の源流です。

 東ローマ帝国(ビザンツ)では皇帝が教皇の上に立ちましたが、西ローマ帝国は476年に滅亡してしまったため、ローマ教会はローマ帝国に侵入したゲルマン民族に積極的に布教を進め、王や封建領主などの世俗の権力を越える権威と権力を持っていきました。教皇を頂点にした厳格なヒエラルキーを形成し、十二使徒の後継者であるローマ教会を通して救済が実現される、と説きました。西欧の精神も社会もローマ教会すなわち「カトリック」によって育まれたといっていいでしょう。西欧がその影響下から脱していくのは、一四世紀に始まるルネサンスや次にお話しする16世紀に本格的に始まる宗教改革以降のことになります。

「プロテスタント」は、西欧社会を世俗の権力とともに長い間、支配してきた「カトリック」への批判から生まれました。1517年、ドイツのヴィッテンベルク大学の神学教授だったルターは「九五箇条の論題」を発表します。これはローマ教会が総本山サン・ピエトロ大聖堂改築のお金を集めるために信徒に贖宥状(免罪符)を販売していることに激しく抗議したもので、これによって宗教改革が始まりました。

 ルターはこれまで神と信徒の仲立ちをしてきたローマ教会や教皇の権威を否定し、信徒は教会の聖職者に導かれてではなく、個人の信仰によってのみ救われるとしました。神と聖書にある神の言葉のみを信仰のよりどころとし、神と個人の一対一の関係を重視しました。ルターが聖書をドイツ語に翻訳し、印刷して頒布したのは、誰もが教会の手を借りずに神の言葉に直に触れられるようにするためでした。

 ローマ教会を真っ向から批判したため、ルターは破門されますが、ローマ教会の世俗権力との野合や腐敗に不満を抱いていた人々の支持を集め、新たな宗派を形成していきました。これが「プロテスタント」(抗議する者)です。プロテスタントに「牧師」はいますが、特別の地位はなく、信仰の「先生」にすぎません。このためカトリックの「神父」と異なり結婚してもよいし、女性もなれます。プロテスタントは、キリスト教に厳密な合理性と哲学性を与え、「信仰の近代化」を推し進めていった、と見ることができます。

 カトリックでは、イエスを生んだ聖母マリアや聖ヨハネ、聖ペトロなどの聖人への信仰が非常に大きな位置を占めています。マリアや聖人を描いた宗教絵画が数多く残されているのは、そのためです。

 一方、合理的なプロテスタントでは聖人信仰には重きは置かれず、マリアも普通の人間扱いです。宗教画を描くことは偶像崇拝になりかねないからと消極的で、バッハに代表される宗教音楽が歓迎されました。その結果、プロテスタント教会はカトリックとは対照的に簡素で質朴です。 私は六歳でカトリックの洗礼を受けました。その時点でミッション・スクールに通っていましたし、父の転勤で住んでいたイギリスでも、カトリック系の学校で学びました。ところで、カトリックもプロテスタントも同じキリスト教の信仰ですから、以下で申し上げることは、あくまでも身内の性格分析談義です。この点をどうかご理解頂ければと思います。プロテスタントの皆様、どうかご容赦を!

 カトリックの核にあるのは「神の考えることは人間にはわからない。神さまを信頼してすべてを委ねる」という究極の他力本願です。

 そんな「カトリック魂」は、実は英語の「カトリック(catholic)」という言葉にうまく表現されています。大文字の「C」で始まるときは、キリスト教の「カトリック」のことになりますが、小文字の「c」のときは、よく言えば「幅が広い」、悪く言えば「無節操」の意味で、よく使われます。「あなたの趣味はカトリックね」と言われれば、そこには暗に「何であれとこれを同時に好きになれるの?」というニュアンスが込められています。小文字の「カトリック」にそういう意味があるのは、大文字の「カトリック」の度量が広いからでしょう。

 しかし、それは生真面目で慎み深いプロテスタントからすると、いいかげんで危なっかしく見えるのでしょう。欧州で財政危機が深刻なポルトガル、イタリア、ギリシャ、スペインの頭文字をとって、困った「PIGS」(豚)という言葉が作られました。ギリシャは東方正教会ですが、他はみんなカトリックの信仰が厚い国です。そのネーミングには、プロテスタントがカトリックを見る視線が感じられます。

 プロテスタントは、やりたい放題やって、最後は「神さま、あとはお任せします」と万歳してしまうのは、まさに聖書にある「放蕩息子の帰還」のようで、いくらなんでも虫がよすぎて、神に委ねすぎだろう、と思うのでしょう。でも、カトリックに言わせれば、人間が一生懸命考えて、「こうでなければならない」と決め、そのとおりに行動するのは、神の力をそれだけ認めていないということで不〓で僭越なことです。「わたしの思いは、あなたたちの思いと異なり/わたしの道はあなたたちの道と異なると/主は言われる」(イザヤ書五五―八、新共同訳)という言葉があるように神さまが考えることは人間にはわからない、簡単に理解されてしまうようでは、それは神ではないだろう、とキリスト教徒は考えます。

 そこでカトリックは「下手の考え休むに似たり」なのだから、人間の知恵に頼りすぎるのは小賢しい、むしろ神にすべてを委ねてしまおう、と考えますが、プロテスタントは、「親しき仲にも礼儀あり」。頼り委ねるにしても、やるべきことをやってからではないか、と人間の知恵をはたらかせ、神に対して礼節を尽くそうとします。でも、カトリックからすれば、プロテスタントは神を恭しく奉っているけれども、神を人間の理性で捉えられる領域に引き寄せすぎのように見えたりする。

 欧州の地図を眺めてみると、先ほども述べたようにカトリック信者が多い国はイタリア、スペイン、ポルトガルなど「南」にあるのに対し、プロテスタントの伝統を色濃く保っている国はドイツ北部やオランダなど「北」に位置しています。デンマーク、フィンランドなどEU(欧州連合)の優等生となった北欧諸国もプロテスタント系です。

 EUでは、財政危機に陥った「南」が金融支援を要請し、「北」が救済策と引き換えに財政再建策の実行を厳しく求める、という構図が繰り返されています。むろん、この事態を宗教だけで説明することはできません。しかし、カトリックとプロテスタントの考え方の違いが、欧州各国の動き方にそれなりに影響を与えている面はあるでしょう。

イギリスは「海賊国家」

 しかしながら、単純な宗教的二項対立や二元論を振りかざして現状を見てはいけません。

 たとえば、私がかつて暮らしたイギリスは、宗教地図ではプロテスタントに分類されますが、大陸のプロテスタントとは随分と社会におけるあり方も気風も異なります。

 国教会の長がローマ教皇ではなく、イギリス国王であることを除けば、教区はあるし、中身的には概ねカトリックと同じです。アガサ・クリスティのミス・マープル・シリーズ『牧師館の殺人』には、教区の信徒の世話を焼く牧師が登場しますが、警察とともに地域の秩序を保つ役割を担っています。

 ローマ教会から分離独立して国教会を設立した経緯も、ルターらによる宗教改革によってできた大陸のプロテスタントとは大きく異なります。国教会を作ったのはヘンリー8世ですが、その目的はローマ教会の軛から脱して、自由に王権を揮うことでした。しかも、その発端は、ヘンリー8世の離婚をローマ教会が認めなかったことです。その意味で、ヘンリー八世の宗教改革は何とも個人的な動機から始まったわけですね。

 イギリスはプロテスタントというより「海賊国家」として見たほうが、その性格がよくわかります。大海原と付き合ってきたせいか、「計画しても思い通りになるものではない」という感覚がある。このあたりはカトリックの気風に近いかもしれません。危機が起きたときは、まずその渦に飛び込み、右往左往しながらも、何とか解決の糸口をつかみ、出口を見つけて、危機を切り抜ける。英語で言うところの「マドル・スルー」という問題解決法を好みます。「行けばわかるさ」と真っ先に危機に飛び込んでいくのがイギリス人だとすれば、それを傍目に見ながら、「プランもゴールも決めないわけ?」と不安に陥るのが大陸欧州人たちです。

プロテスタンティズムの倫理

 無秩序を嫌い、計画的で生真面目で慎み深い。禁欲的でルールを遵守し、自助努力を尊び、自己責任を重んじる。そんなドイツ人のイメージは、確かにプロテスタンティズムのイメージと重なる面がありますね。もっとも、ケルンを始めとして、ドイツにもカトリック系の世界があります。南部のバイエルン地方の気風は、北部のいかにも質実剛健なイメージと、いささか雰囲気が違う。ドイツもまた、多様性の世界です。

 それはそれとして、マックス・ヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』について考えると、何がいえるでしょうか。

 ヴェーバーが注目したのは、ルターに続いて、スイスで宗教改革を進めたカルヴァンの「予定説」です。それによれば、「最後の審判」で誰が救われるかは、あらかじめ決められているので、ローマ教会が販売していた贖宥状を買おうが、善行や功徳をいくら積もうが、裁きを変えることはできません。誰が救われるかは、神のみぞ知るです。しかし、救われる人間ならば、敬虔な生活を送っているに違いない。それでは敬虔な生活とは何か? カルヴァンはそれは単に祈りを捧げるだけの修道士のような生活ではなく、「天職」や「召命」とみなしうる職業生活に身を捧げ、蓄財に励む生活だとしました。不確かな救済を期待しつつ、目の前の仕事に打ち込むしかない、という禁欲的で勤勉な倫理が、逆に資本主義を発展させるにはなくてはならない「蓄積」のエートス(心性)を生み出したというわけです。

 余計なことを考えずに、目前の課題に取り組む。確かに、私が知っているドイツ人たちにも、そうした面が強いと思います。結構、早寝早起きで、昼食を食べる時間もせいぜい三十分程度。シエスタはもちろんありません。その意味では今なお、「プロテスタンティズムの倫理」は健在なのだといえるでしょう。

 でも、ドイツ人もプロテスタンティズムのベールを脱ぎたいときはありそうです。なぜなら、彼らは休暇といえば、大挙して、イタリアやスペインで羽を伸ばしています。

 このようにカトリックとプロテスタントの違いを考えながら、あらためてEU的風景とその危機を眺めてみると、何がみえるでしょう。

 思えば、欧州統合の筋道を巡る対立や紛糾は、常に「計画派」対「成り行き派」の構図で繰り広げられて来たといえるでしょう。これは、「政治派」対「経済派」の対立だといいかえてもいい。政治がつくった計画にしたがって、段取りよろしく統合を進めたいと考える人々がいる。それに対して、経済的な成り行きに任せて、機が熟したところで、機が熟した通りにことを運ぶのがベストだと主張する人々がいる。とてもざっくりいえば、「政治的計画派」がプロテスタンティズムの精神で、「経済的成り行き派」がカトリシズムの融通無碍という風に整理することができるかもしれません。

 皮肉なもので、EU内の単一通貨地域であるユーロ圏は、もっぱら、統一後のドイツの突出、なかんずくドイツ・マルクの通貨覇権構築を阻止するために急ごしらえされたのに、結果的には、このユーロの存在が日に日にドイツの突出振りを押し上げています。経済の実態は、なかなか政治の思惑通りには動かないわけです。何事も、人間の思惑通りにはいきません。大きなCのカトリシズムも、小さなcのカトリシズムも、この点についての理解はしっかり徹底している。その意味で、大きなCも小さなcも大得意とするイタリア人が統合欧州のかじ取りにもう少し活躍すれば、今度の展開もかなり違って来るかもしれません。もっとも、小さなcの精神は、あまりかじ取りには向きませんね。

はま のりこ 1952年生まれ。一橋大学経済学部卒業。三菱総合研究所を経て、現在、同志社大学大学院ビジネス研究科教授。『グローバル恐慌』(岩波新書)、『「通貨」を知れば世界が読める』(PHPビジネス新書)、『新・国富論』(文春新書)など著書多数。

ニュースがわかる!世界三大宗教

・キリスト教はなぜ世界を支配できたのか(片山杜秀)
・イスラム教 ムハンマドという原点(山内昌之)
・「唯仏論」としての仏教(呉智英)
・ビジネスに効く! 世界の宗教Q&A
・欧州危機を読み解く プロテスタント vs.カトリック(浜矩子)
・イスラム過激派はなぜ文化遺産を破壊するのか?(高木徹)
・キリスト教が日本で広まらなかった理由(島田裕巳)
・ハラールビジネス 宗教と食のタブーの関係は?(阿良田麻里子)
・米国を動かすキリスト教原理主義(渡辺靖)
・利子を取らないイスラーム銀行とは何か(長岡慎介)
・なぜ増える? イスラム教への改宗(浅川芳裕)
・ユダヤ人はなぜ迫害されたのか(宮崎正勝)

死角は宗教&戦略にあり! 
・中国は宗教で崩壊する(楊海英)
・戦略の罠に落ちた「チャイナ3・0」(エドワード・ルトワック)

・世界史を動かす宗教の力
・普遍宗教は甦る(柄谷行人)
・キリスト教の誕生(加藤隆)
・十字軍はイスラームに何をもたらしたか(塩尻和子)
・信長とキリスト教(本郷和人)
・大英帝国 覇権の源は国教会にあり(中西輝政)
・ナショナリズムと「聖なるもの」(中野剛志)
・フランスにイスラム政権が!? 問題作『服従』の挑発(野崎歓)

深読みブックガイド
・キリスト教(若松英輔)/仏教(魚川祐司)/イスラム教(橋爪大三郎)

名僧に聞く 生老病死すべてに答える 鵜飼秀徳
・塩沼亮潤 自害覚悟の千日回峰行を越えて
・戸松義晴 人間の矛盾に応えるのが仏教
・佐々木閑 自殺の危機を救った釈迦の教え
・ネルケ無方 師の一喝「お前の悟りなどどうでもいい!」

芸術から宗教を知る

・絵画が明かすキリスト教の謎(岡田温司)
・世界宗教を建築で体感する(武澤秀一)

・近代日本の戦争とフロンティア 小川榮太郎・三浦瑠麗)
・失敗の昭和史 日本海軍とノモンハン(半藤一利・佐藤優)


文藝春秋 (2015-11-30)
売り上げランキング: 14,181

文藝春秋 (2015-11-30)
売り上げランキング: 876

あわせて読みたい

「キリスト教」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    小室騒動招いた宮内庁の調査不足

    毒蝮三太夫

  2. 2

    舛添氏 韓国に侮辱的な対応せよ

    AbemaTIMES

  3. 3

    韓国大統領は平和賞推薦文書かず

    舛添要一

  4. 4

    対韓世論悪化 差し押さえで爆発?

    木走正水(きばしりまさみず)

  5. 5

    堀江氏 バイトテロは昔からある

    キャリコネニュース

  6. 6

    GW10連休 民間にとっては邪魔

    川北英隆

  7. 7

    安倍首相 選挙に5回勝ったと野次

    立憲民主党

  8. 8

    韓国の反日 日本に原因はない?

    NEXT MEDIA "Japan In-depth"

  9. 9

    非正規増加は小泉政権の責任か

    竹中正治

  10. 10

    「マジ卍」立民議員が若者と交流

    立憲民主党

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。