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内田聖子さんに聞いた(その2)暮らしや安心より、利益優先? TPPが問うのは、「どんな社会を選択したいのか」

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関税だけでなく、サービスや投資の自由化、知的財産や食の安全の取り扱いなど、参加12カ国による幅広い分野での共通ルールを定めるTPP(環太平洋経済連携協定)。交渉内容は市民だけでなく、国会議員にさえも秘密のままに進められ、今年10月に「大筋合意」が発表、11月5日には協定文書(英語)が公表されました。

そもそも「国益がなければ脱退もあり得る」と言われていたTPP。果たして、本当にこのTPP参加に「イエス」と言えるのでしょうか?――国際NGO「PARC」事務局長の内田聖子さんにうかがいました。

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内田聖子(うちだ・しょうこ) NPO法人アジア太平洋資料センター(PARC)事務局長・理事。自由貿易、多国籍企業などの調査研究、政策提言、キャンペーンなどを行う。TPPに関しては国際NGOとして交渉をウォッチ、TPP反対の立場からの発言を行っている。「STOP TPP!! 官邸前アクション」呼びかけ人。

※このインタビューは2015年11月6日に行なったものです。

「こんなはずじゃなかった」
と気付いても手遅れ

編集部
 前回は、情報公開が充分にされていないまま、TPPの批准が進められようとしているというお話をうかがいました。各分野から懸念があがっている割には、日本ではTPPの反対運動がいまひとつ広がっていない印象があります。他国での状況はどうなのでしょうか?

内田
 議会での批准がもっとも難航するだろうと言われているのはアメリカです。IT、医薬品、農業など、アメリカはさまざまな業界からの要望をTPPに反映させようとしました。でも、すべては実現できていません。

 日本が譲歩をしたので、農業の輸出団体は結果に比較的満足しているといわれていますが、一方で製薬業界は特許期間の譲歩にかなり怒っています。製薬会社から献金を受けている議員が代弁者となって、「こんなTPPは絶対通さない」と言っており、議会ではもめることになるでしょう。アメリカだけでなく、他の国でも議会が通さないとなった場合には、協定内容の再交渉という可能性もでてきます。

利益追求の企業に、
最大の自由を与えていいのか?

編集部
 アメリカでは、市民からの反対の声も大きいのでしょうか?

内田
 非常に大きいです。日本と違うのは、環境や人権に関しての市民からの批判も強い点ですね。環境面でいうと、多国籍企業が、他国に進出して投資したり工場をつくったりする中で、現地で環境被害や健康被害を及ぼしたという事例はいくつもありますよね。

 たとえば、シェブロンというアメリカ石油会社が、アマゾンの川に廃棄物や原油を放出して、エクアドルの先住民たちに深刻な健康被害を起こしたことがありました。こうしたことが、環境団体による自由貿易への批判の理由になっているのです。このケースでは、シェブロン側に賠償金の支払いを求める判決が出たのですが、シェブロン側は賠償を逃れるために、反対にISDS条項を利用してエクアドル政府を訴えて、争いは20年以上も続いています。

編集部
 多国籍企業を相手に何十年も訴訟で闘い続けるのは大変なことでしょうね。他人事ではありません。

内田
 人権問題に関していうと、たとえばマレーシアは、昨年アメリカ国務省が出した「人身売買報告書」で、シリアや北朝鮮と並ぶ最低ランクに位置づけられていました。強制労働のための人身売買が横行しているのに、政府が充分な対策をせずに放置しているからです。今年の5月には、人身売買被害者とみられる数百人の遺体も見つかっています。本来ならアメリカは経済制裁を行ってもおかしくないくらいです。しかし、そのマレーシアはTPPに参加している。このことで、アメリカの議会はすごくもめました。結局、今年公表された「人身売買報告書」では、状況が改善されていないにもかかわらず、マレーシアの格付けがひとランク上げられたのです。

編集部
 改善されていないのに? つまり、経済を人権問題より優先したということなのでしょうか。

内田
 企業に最大限の自由を与えれば、利益の追求と引き換えに、環境を汚したり、人の健康を害したりする可能性があります。しかも儲からなくなったら、さっさとその国から撤退してしまえるわけですよね。反対しているアメリカの市民団体は、そうした「自由貿易協定の不正義」を批判しているのです。アメリカの利益うんぬんというだけの問題ではなくて、時間をかけて国際社会が確立してきた環境や人権や健康といった価値を、経済や貿易といったものの下に従属させるのかという問いかけです。こうした意見は、ヨーロッパではさらに強いです。

編集部
 ヨーロッパやアメリカには、そうやって反対運動を行う環境団体や人権団体があり、そして、それを支えている市民と、応援している議員がいるということですよね。

内田
 そうです。日本では、政策提言や議員へのロビー活動をしている市民団体はまだ少ないので、こうした動きはイメージしにくいかもしれませんが、経済がグローバル化すればいいことばかりではなくて当然負の側面も出てきます。その影響を受けるのは弱い人たち。環境も同じです。そのことを放置して、ただひたすら「利益が生まれるから」と自由貿易を促進していくことに対して、「ちょっと待って」という批判の声が、さまざまな市民団体からあがっているのです。

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