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「歴史を知らない指導者は危険です」。池上彰がイスラム国の起源から説き明かす。 『学校では教えない「社会人のための現代史」 池上彰教授の東工大講義 国際篇』 (池上彰 著)(文藝春秋 刊)|自著を語る|池上 彰(ジャーナリスト・東京工業大学教授)

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『学校では教えない「社会人のための現代史」 池上彰教授の東工大講義 国際篇』 (池上彰 著)(文藝春秋 刊)


 この本は、私が東京工業大学リベラルアーツセンターで教えてきた講義内容を三部作にまとめたシリーズの最後です。今回は、「現代世界を知るために」と題した講義を元にしています。

 東京工業大学の理系の学生たちに、現代史を知ってもらおうというのが目的の講義です。理系の学生たちの中には、中学や高校時代に歴史を暗記科目だと誤解。すっかり嫌いになってしまったというケースが多いのです。

 しかし、歴史は暗記物ではありません。ある出来事が発生したことによって、次の出来事が生まれ、それがさらに次の展開につながっていく。因果関係を辿っていく学問なのです。そう考えれば、論理的な思考力に優れた東工大生にも、理解してもらえるはずです。

 東工大での講義内容は、毎週日本経済新聞に連載され、それを元に文藝春秋から本になりました。日本経済新聞に連載中は、多くの社会人読者からも支持をいただきました。現役の社会人たちも、現代史を知りたがっていたのです。かくして、この本は『学校では教えない「社会人のための現代史」』という題名になりました。大学での講義が元になっていますが、社会人のお役に立つと思うのです。

 現代史は、いまのニュースに直結することばかりです。たとえば、自称「イスラム国」の出現は、中東をめぐる数々の歴史の結果です。「イスラム国」のことを知るには、その少し前にさかのぼらなければなりませんし、少し前の歴史を知っていれば、「イスラム国」の存在が理解できます。

 この本の元になっている東工大の講義の時点では、「イスラム国」はまだ出現していませんでした。このため、本文では触れていません。そこで、文庫版あとがきで、「イスラム国」について取り上げます。歴史を知るといまが理解できると私が言う意味がわかっていただけるはずです。

 自称「イスラム国」出現のきっかけになったのは、2003年に起きたアメリカによるイラク攻撃でした。

 当時のブッシュ大統領(息子のブッシュ)は、イラクのフセイン大統領が大量破壊兵器を隠し持っているとして、イラクを攻撃しました。大量破壊兵器がイスラム過激派の手に渡るのを防ぐというのが建前の目的でした。しかし大量破壊兵器は存在しませんでした。実際には、イラクの石油が欲しかったのと、父親(パパ・ブッシュ)を暗殺しようとしたフセイン大統領は許せないという息子の個人的な恨みもありました。

 では、なぜパパ・ブッシュは命を狙われたのか。その遠因になったのは、1990年に起きた「湾岸危機」でした。

 東西冷戦中は、アメリカとソ連(ソビエト社会主義共和国連邦)が睨み合う中で、周辺の国は、うっかりした行動が取れませんでした。しかし、冷戦が終わったことで、新たな国際秩序を作り出そうと考えたイラクのフセイン大統領は、隣国クウェートを侵略。石油産出国で豊かなクウェートを自国の領土に組み込むことで、強大なイラクを建設しようと目論んだのです。

 ところが、フセイン大統領の思惑通りにはいきませんでした。当時のアメリカのジョージ・H・W・ブッシュ(パパ・ブッシュ)大統領は、これを許さず、世界各国に働きかけて、多国籍軍を結成。翌年1月、イラクを攻撃して、イラク軍をクウェートから撃退しました。

 この結果、野望を打ち砕かれたフセイン大統領は、ブッシュ大統領の引退後、本人の暗殺を計画したのです。計画は失敗し、これを知った息子の大統領は、仕返しを試みたというわけです。

 湾岸戦争のときには、数多くの国が多国籍軍に結集しましたが、イラク攻撃では、ほぼ米英軍だけの攻撃になりました。他国は、アメリカの乱暴なやり方に批判的だったからです。

 この攻撃でフセイン政権は崩壊しました。しかしアメリカは、戦後処理につまずきます。バース党員を全員、公職から追放してしまったからです。

 イラクは、バース党(アラブ復興党)の一党独裁でした。イラクで出世するにはバース党員でなければなりませんし、優秀な人物は、バース党にリクルートされていたのです。自分から志願してバース党員になった人間は、ほとんどいなかったのです。

 そんなことは知らないブッシュ政権は、バース党員全員を公職から追放しました。その結果、警察と軍は一瞬にして消滅してしまいました。警察官も軍の将校たちも、バース党員だったからです。

 学校の先生も、役所の公務員たちも、バース党員でした。アメリカのブッシュ政権は、見事に(!?)イラクという国家全体を破壊したのです。

 治安組織が崩壊したイラク国内では、イスラム教のスンニ派とシーア派が対立。内戦状態の様相を呈します。この内戦の中から、スンニ派過激組織が生まれます。これが、「イスラム国」の前身の組織です。この組織は、やがて名称を「イラクのイスラム国」と名乗ります。

 一方、中東アフリカでは2010年から「アラブの春」と呼ばれる民主化運動が始まり、シリアのアサド独裁政権に反対するデモが発生すると、アサド政権は、反対派を容赦なく弾圧。遂に内戦に発展します。

 これを見た「イラクのイスラム国」は、組織名を「イラクとシリアのイスラム国」と改称。シリアに入っていきます。シリア国内では、アサド政権と戦うよりは、むしろ反政府勢力を襲撃。資金や武器を手に入れて、イラクに戻ってきました。

 これに驚いたイラク政府軍は、恐れをなして逃げ出し、「イラクとシリアのイスラム国」は、支配地域を飛躍的に拡大。遂には名称を単に「イスラム国」と名乗るようになりました。

「イスラム国」は、支配地域の面積ではイギリス並みとなり、人口は800万人にも上っています。

 こうした領土と人口を支える官僚組織は、かつてフセイン大統領の下で働いていた官僚たちです。統治能力に優れ、過激な「イスラム国」を支えています。

 歴史に「もしも」はありませんが、もしブッシュ大統領(息子のブッシュ)がイラクを攻撃しなかったなら、もしバース党員を追放しなかったなら、「イスラム国」は生まれなかった可能性が高いのです。

 ブッシュ大統領は、イラク攻撃の前、「日本もドイツも、アメリカと戦争をしたが、アメリカによって敗れた結果、民主主義国に生まれ変わった。だからイラクも民主化することができる」と発言していました。歴史を知らない、あまりに乱暴な論理でした。歴史を知らない指導者は、危険極まりない存在であることを示したのです。

 東工大の講義の三部作は、こうしてすべて文庫化されました。前の二作と共に読んでいただければ幸いです。 

 2015年9月

(「文庫版あとがき」より)

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