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最低賃金を1,000円にすると、社会保障の財源が安定化する? - 原田 雄一朗 社会保険労務士

安倍首相が11月24日に行われた経済財政諮問会議で「最低賃金1,000円を目指す」と表明されました。最低賃金が上がれば、中小企業の経営を圧迫するとの指摘も多く、またワーキングプアと生活保護との整合性の問題(働くより働かない方が収入が多い 等)が解消する、賃金上昇につながり消費を刺激する等、様々な影響や意見があり、大きく賛否が分かれる部分ではあります。

ここで、その賛否についてではなく、最低賃金1,000円の世界が社会保障に何をもたらすかを中心に考えて見ます。

■まずは社会保険の簡単な説明から

今回お話する「社会保険」とは、健康保険と厚生年金のことを言います。お話する場面や相手によって「社会保険」と言う言葉の中に、他の意味を含める場合があるので、今回は、この二つだけの話になります。簡単にこの二つを説明します。

健康保険:病院の料金が正規料金の3割だけ払えばいい制度です。残りの7割は保険料と税金から支払われています。個人の保険料は毎月給料から引かれています。「健康保険」に入れない人は「国民健康保険」に入ります。こちらは市町村から請求書が来ます。

厚生年金:国民年金を少しパワーアップしてもらえる金額や対象者を広げたものです。保険料は毎月給料から引かれています。ちなみに国民年金は、保険料が月15,000円ぐらいです。高齢者用の老齢年金、障害になったときの障害年金、結婚した相手が死亡した時の遺族年金があります。

■誰が社会保険に入るのでしょう

現在の社会保険の制度では、(一部の特例や例外があります)
・一週間当たり30時間以上勤務する
・株式会社、有限会社、合同会社等の会社で働く方や従業員が5人以上いる企業で働く
この両方に該等した場合は社会保険(健康保険・厚生年金)に強制的に入ることになります。会社から保険証が来て、保険料は給料から強制的に引かれます。月収によって給料から引かれる保険料は違います。

ここで、結婚されている方は結婚した相手(配偶者と言います)を「社会保険の扶養」に入れることができます。この社会保険の扶養に入ると、「国民年金が無料」「国民健康保険が無料」という2大特典が手に入ります。しかも扶養に入れても保険料は上がりません。

この2大特典をもらうためには、配偶者の状況が
・年収の見込が130万円未満であること
・他の社会保険に加入していないこと
の両方が条件です。例えば年収が140万円のアルバイトで働く方は、扶養に入れないので、国民年金と国民健康保険に加入することになります。約18,000円以上の保険料負担が毎月発生することになります。

ここで最低賃金が1,000円になれば、130万円を超えるのに、年間1300時間。月平均108.3時間、週平均25.8時間程度で超える計算になります。1日の労働時間が8時間であれば、週3日程度で働く方だけが扶養に入れることになります。

■大企業は88,000円の壁が登場

税金では、結婚している方のために、結婚している相手(配偶者)を扶養しているとメリットがあります。その扶養している条件と制度は、次の2種類があります。
・「配偶者控除」:給料が年103万円未満の配偶者のいる方は、所得から38万円を引いて計算
・「配偶者特別控除」:給料が103万円~130万円未満の方は、段階的に所得控除がある。
103万円を超えると配偶者控除がなくなるので、「103万円の壁」、130万円を越えると「配偶者特別控除」が無くなり、更に前にお話した「社会保険の扶養」からも外れてしまうので、これを「130万円の壁」と呼んだりしています。「壁」を乗り越えたら新しい負担が増えるというわけです。

ここで、平成28年10月からは、501人以上の企業に対して、
1.月額88,000円以上の賃金(通勤手当、残業代、割増賃金除く)
2.週20時間以上の所定労働時間
であれば、社会保険(健康保険・厚生年金)に強制的に加入させることが決定しています。そうなると、社会保険の扶養から外れて、月額約13,000円~14,000円が社会保険料として給料から引かれます。扶養に入った状態を保つには、月額88,000円ですから、時給1,000円なら月88時間。週平均20.9時間が最低限となります。

最低賃金1,000円以上の世界では、最低賃金1,000円で、会社が1,000円で求人募集しても、全ての会社が1,000円以上で募集することになるので、なかなか人が集まりにくくなります。結局時給1,100円とかで募集することになり、上の条件2の週20時間以上をクリアすると、ほとんど同時に条件1もクリアになり、大企業で働く方は、社会保険に加入することになります。

■全国最低賃金1,000円以上で壁を越えろ

現在の最低賃金の最安値は693円。最高値は907円(東京)と既に200円以上の開きがあります。全国一律1,000円以上を目指す場合に、今までの最低賃金の上昇の推移から見ても、この格差は開く事があっても縮むことはまずありえません。

つまり、全国最低賃金1,000円を目指すと、東京都は1,200円をゆうに超えることになると想像できるでしょう。最低賃金が1,200円であれば、募集するのは、おおむね1,250円、1,300円からがスタートになります。時給が1,300円になれば、週20時間で働いても年収130万円を超えることになり、配偶者控除から除外される事になります。つまり最低賃金を上げるだけで、簡単に130万円の壁を越えさせる事が簡単になります。

扶養されている方の制度を変更して社会保険に無理やり入れなくても、年収が130万円を簡単に超えるようにすれば、国民年金や国民健康保険の支払義務が発生するので、トータルの社会保障の財源は自動的に安定化することができます。

また、社会保険の加入義務の場合は、会社も保険料負担があります。ですから、多くの企業は労働時間を減らして対応する方向に向くだろうと想定されます。すると、週2日勤務のパートや、週3日の短時間パート雇用が増えることになり、現在のフルタイムパートは減少していくでしょう。

■働き方が変わるかもしれません

最低賃金1,000円以上の世界は、働き方を変えてしまう可能性があります。
1.働ける日数が減る⇒自由時間の増加⇒消費行動にうつる時間の増加
「暇が増えるとお金遣っちゃう」のパターンです。消費増加がGDP増加につながります。
2.ダブルワークをする⇒合計年130万円超える⇒マイナンバーでバレル⇒扶養を外される
こっそり副業しても、マイナンバーでバッチリ捕捉して、扶養をはずします。
3.扶養内で働くのをやめて、フルタイムできっちり働く
社会保険料の徴収、税金の徴収額が上がる
4.今まで通り働いていただけなのに、130万円を簡単に超えてしまった
自動的に役所から国民年金と国民健康保険の振込用紙がやってきます。

国の立場から考えると、どこに向かっても、国内の税収や経済に関してマイナスにならないということになります。実は国会でたびたび問題に上がり、法律を改正すべきではないかと何度も言われているのが、今までお話した「扶養する配偶者」の問題なのです。

「税金の配偶者控除の廃止」「第3号被保険者制度(厚生年金加入者の被扶養配偶者は、国民年金全額免除)の廃止」これらは結婚している方にのみ認められた制度なので、結婚していない人から見れば、不公平に感じる部分と、免除や控除している部分は、国が負担しているのでこれを減らしたい思惑がからんでいます。しかし、これを廃止すると、全国の主婦の方々がもちろん猛反発するでしょう。全国の主婦の猛反発を受ければ、必ず次の選挙で大負けするでしょうから、政治的にこれを廃止するのは、正直無理だと思います。

しかし、最低賃金を上げることは、一見労働者の立場に立った良い制度のような感じがして、多くの方が拍手して出迎えそうですが、最低賃金の上昇によって、配偶者控除や第3号被保険者制度を極力無力化することが可能になります。上記3のように扶養内で働くことをやめて、フルタイム労働に移行すれば、「女性の活力を生かす政府方針」とも整合性は取れることになります。

全部うまくいくような話になってきましたが、最初に指摘した通り、最低賃金を上げることは、中小零細の脆弱な資本体質にトドメを打つ可能性や国際的な価格競争の問題に対して不利になることも十分に考慮する必要があります。10月に上げたばかりの最低賃金。来年度の改定までにどのような動きがあるかを注視していかないと、経営に大きなダメージがある可能性は無視できません。

《参考記事》
■最低賃金と消費税 原田 雄一朗
http://cop099.blog.fc2.com/blog-entry-189.html
■マイナンバーと漏洩問題 原田 雄一朗
http://cop099.blog.fc2.com/blog-entry-206.html
■ワタミのバイトが最低賃金?じゃああなたの時給は大丈夫? 松永大輝
http://sharescafe.net/37553019-20140308.html
■東京と地方で最低賃金が200円も違うのは当然のことなのか? 榊 裕葵
http://sharescafe.net/40989588-20140924.html
■マクドナルドの「時給1500円」で日本は滅ぶ。 中嶋よしふみ
http://sharescafe.net/44374525-20150421.html

アールズ社会保険労務士事務所
社会保険労務士 原田 雄一朗

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