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どん底から世界の頂点へ インカレ予選敗退の屈辱を経て 剣道五段順天堂大学教員 鷹見由紀子さん - 大元よしき

2015年風薫る5月。3年に一度開催される世界剣道選手権大会が18年ぶりに日本で開催された。国内に177万人、全世界の約70%もの競技者を擁する日本勢は、男子個人戦、団体戦、女子個人戦、団体戦の全4種目を制し剣道母国のプライドを守った。

 しかし、最大のライバルである韓国を筆頭に世界のレベルは日本勢を脅かすまでに迫っている。

 その象徴的な試合が女子個人戦準決勝、「鷹見由紀子 対Yun Yung HU」だった。

 鷹見は前々回2009年ブラジル開催の世界選手権大会個人戦の覇者であり、前回のイタリア大会(2012)は団体戦のメンバーとして優勝を果たしている。年齢、キャリア、人格においても日本代表の主軸をになう存在として、2度目の個人戦世界一を目指して大会に臨んでいた。

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鷹見由紀子さん

大学2年にして掴んだ栄光と挫折

 鷹見由紀子(たかみ ゆきこ) 福岡県生まれ。

 鷹見が剣道と出合ったのは小学1年生のとき。ピアノ教室に向かう途中にあった『如水館』でたまたま見かけたのがきっかけだった。熊本の名門阿蘇高校では2年時にインターハイ4連覇を経験し、卒業後千葉県の清和大学に剣道部の第一期生として入学した。

 個人戦である「全日本女子学生選手権大会」(以下、インカレ)では、1年生ながら3位の好成績を収め、2年時には優勝を果たしている。また団体戦の「全日本女子学生剣道優勝大会」でも、創部2年目にして全国制覇という快挙を成し遂げ、2005年度の清和大学は個人、団体ともに大学剣道界の頂点を極めた。

 「それなのに3年生ではインカレに出場しても1回戦負け、4年生では勝てなくなってしまうどころか、インカレの予選で敗退でした……」

 「1、2年生の頃はチャレンジャーとして強い気持ちで戦っていました。周りからもそのように見られていたと思います。運にも恵まれていました。ですが3年生になると試合が怖くなってしまったのです。1度優勝してしまったので、今度は追われる立場になって、守りに入ってしまったと言いますか、う~ん、迷いですね。私は今までどのように試合をしていたんだろうと考えてしまって、どんどん深みにはまって自分が見えなくなってしまったのです」

結果が伴わないもどかしさ

 勝てなくなる少し前のことである。大学の道場内で同じ地域に住む剣道家から「それで日本一なの?」という衝撃的な言葉を掛けられた。鷹見はその真意を測りかねたが、学生NO.1という実力が認められていないことだけは確かだと感じた。それは自分自身が、心のどこかに持っていた思いを言い表されたようで悔しかった。

 「人に言われて認めたくはありませんが、認めざるを得ない。それを受け入れて自分の剣道を変えていこうと1、2年の頃よりも稽古に励んだのですが、負けられない、負けられないと思うばかりで結果がまったく伴わなくなってしまい、4年生になる頃には負け癖がついて勝つイメージが持てなくなってしまったのです。その結果がインカレ予選の敗退です。なぜこんなに努力しているのに……。あのときは頭の中が真っ白になって涙すら出ませんでした」

 一度見失ったものはもがいても、もがいても見えては来なかった。試合を振り返ることもできなかった。

 1、2年生の頃はただひたすら剣道に生き、純粋に挑戦者としての自分があるだけだった。しかし、勝てなくなった最大の敵は、団体戦、個人戦共に頂点に立った過去の自分を超えなければならないという重圧と周囲の期待であった。

 また、外的な要因もそこに重なっていた。それは急増する部員数による物理的な稽古量の減少である。その多くは後輩の指導に時間が割かれ、面は付けていても自分自身の稽古に当てる時間が減ったことだ。全体練習後の個人練習では補い切れなくなったことも大きな要素である。

 鷹見の同級生たちは2年時の全国優勝メンバーを含め、全員が予選で敗退しインカレ出場を逸している。創部2年目の輝きが大きかっただけに、勝負の明暗は残酷なほど敗者に影を落とした。

 しかし、そんな苦しい状況の中でも「いま自分にできることは何?」と自分自身に問い掛ける強さを持っていた。その答えは、後輩が出場するインカレの応援には行かず、国内の頂点を極める『全日本女子剣道選手権大会』(以下、全日本選手権)に挑戦することだった。

「あの負け」から 強豪集う大舞台での覚醒

 「インカレ頑張ってきてね、私は全日本選手権の予選に出て頑張ってくるから」と後輩たちに伝えて、ほぼ同時期に行われる全日本選手権の千葉県予選に出場し、本戦への出場権を勝ち取った。

 全日本選手権は国内最高峰の大会である。各都道府県のチャンピオンが一堂に会するため、1回戦から一瞬の気も抜けないレベルの高い試合が続いた。
この実力者揃いの大会への挑戦が自分を覚醒させた。

 「強い相手ばかりだと臆するよりも、強い相手のほうが燃えますね。自然に闘志が湧いてきて、あぁこの感じ、この気持ちを忘れていたと思いました。大学生同士の大会では自分自身が作ってしまった精神的なプレッシャーに負けましたが、挑戦者として臨める全日本選手権は自分本来の負けず嫌いの性格が出て、実力が出せたのだと思います」

 「ですが、同時に今の自分には勝ち上がる実力がないことも感じて、良い意味で未熟さや無力さを知る機会になりました」

 この全日本選手権でベスト16に残った鷹見は、2年後にブラジルで開催される『世界剣道選手権』に出場する日本代表候補の強化合宿に召集された。

 全日本選手権で仰ぎ見た選手たちと稽古するうちに、改めて未熟さを知らされることになったが、その影響は大きかった。

 「実力がないという以前に、基礎的な礼法や剣道の基本がまったく出来ていないことを知らされて恥ずかしい思いをしました。それに私は勝敗にこだわってばかりいましたが、剣道の本質や奥の深さに触れることによって、私の考え方に少しずつ変化が表れて剣風も変わっていきました」

 「涙も出ないほど落ち込んで、上を見上げるようにして出場した全日本選手権が、人生最大の転機になりましたので、私にとっての『あの負け』は、インカレの予選で負けたことです。今振り返っても運命のようなものを感じます。何が好転のきっかけになるかわかりませんね」

活躍の場は世界へ

 強化合宿は2カ月に1度行われ、20人の候補選手から人数が絞られていった。当初は「最後まで残れるはずがない」という思いがあったが、選手が絞られていくうちに「代表に選ばれるかもしれない」と心が揺れ出した。

 翌年に世界選手権ブラジル大会を控えた年末に実家に帰った。母親とショッピングセンターを歩いていると「手相占い」のコーナーが目に入った。「選ばれるか見てもらえば」と母に促されて、「来年世界選手権があるのですが……」と鷹見が切り出したところ「あなたは今、私にはなれないと思っているでしょ」と自信の無さを指摘された。

 「それではなれませんよ。自分が世界選手権に出場して活躍している姿を毎日想像してください。そうしたら絶対になれると言われました。それは占いというよりも、とても大切なことを指摘していただいたと思って、それからは言われた通り毎日良いイメージを持つようにしました。母のおかげですが、これも良いきっかけになったと思っています」

ついに世界の頂点に

 2009年春、鷹見は同年8月に開催される世界剣道選手権に出場する日本代表の10名に正式に選出された。監督から直接電話をもらって嬉しかった反面、最初の合宿では、その重圧から「私に務まるのか」と不安になった。思うように動けなかった鷹見に「おまえの替りはいないんだぞ」という監督の言葉が刺さった。その瞬間、日本代表としての覚悟ができた。

 そして世界の頂点を目指してブラジル大会へ臨んだ。

 「世界選手権は国内では考えられないような異様な空気がありました。指笛を鳴らしたりするので会場内がとても騒々しいんです。日本ではありえない応援で可笑しいくらいでした」

「参加国の選手たちのレベルは国内の大会ほど高くはありませんが、審判も日本の基準とは違っています。それでも日本代表は絶対に負けられないというプレッシャーがありました」

 初めての体験に、鷹見は驚くことばかりだったが、半分はその異様な雰囲気を楽しんでいたと言うから、柔和な表情に相反して心は骨太に出来ているようだ。試合は順調に勝ち進み、ベスト4に残ったのは日本人選手3人に韓国人選手が1人。「負けてもそれが私の実力だから」と思い残すことなく挑戦者として準決勝、決勝へと臨み、初出場にして世界選手権の個人戦で優勝を果たした。

 インカレ予選の敗退から一転、鷹見は世界の頂点へ立ったのである。

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2015年世界選手権出場時の鷹見さん(前列右から4番目)

世界のトップとして 己を見つめるように

 「どん底の低迷期を経験したからこそ世界一になれたと思っていますし、社会人になっても自分の剣道を突き詰めてこれたと思っています。あの世界選手権の優勝後に『努力は報われる』ことを確信し、私が学生たちに『みんながやっていることは間違いじゃない』と指導してきたことを証明できたと思いました。そういう意味では私にとっても学生にとっても、良い結果だったと思っています」

 「ですが、私には『全日本選手権』での優勝経験がありません」と続け、国内では世界選手権で優勝するよりも、全日本選手権で優勝する方がむずかしいと言われていると明かした。

 全日本選手権は出場選手のレベルが高く、1回戦から予想のつかないハイレベルの試合が続くのに対し、世界選手権の出場選手たちのレベルはまちまちで、全日本選手権のそれに達していないというのが理由のようだ。

 「だから、世界一だから凄いね!という感じはあまりないんです。私も全日本選手権で優勝する選手が一番強いと思っています」

 だが、その一方で「世界一」の実績に恥じないよう、それまで以上によく考え、技の一つひとつにも集中し稽古に全力を注ぐようになった。また、常に周囲から見られていることを意識して、稽古や試合をビデオに収めて客観的に自分を見つめるようになった。

2度目の『あの負け』を経験 そして……

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世界剣道選手権のポスターを背後に立つ鷹見さん

 鷹見はその3年後の2012年世界選手権イタリア大会にも出場し、団体戦で優勝を果たした。

 「決勝戦の相手は韓国でした。私は中堅で出場して引き分け。それまでの世界選手権は大将戦の前に勝敗が決まっていたのに、イタリア大会は大将戦にまで回してしまったのです。結果は日本の優勝ですが、今大会で世界大会は最後となる大将を務めた先輩に、最後の舞台で苦しい試合をさせてしまったことに、申し訳なさと、悔しさで、その夜、同期の佐久間陽子選手(山形県立左沢高等学校教員)と『これでは終われないね。次回の日本大会はふたりで副将、大将になって優勝しよう』と誓い合いました」

 しかし、2015年の世界選手権日本大会は個人戦に選ばれた。団体戦に出ることに全力を注いできたこともあり、個人戦選出にすぐには気持ちの整理がつかなかった。しかし、「出たくても出られない選手がいるのに、何を我儘なことを考えているの」と思い直し、「団体戦は佐久間選手に託し、個人戦は私が引っ張ろう」と心を決めた。

 団体戦は1試合5分間で勝敗が決しない場合は引き分けになるが、個人戦は延長戦に入る。粘り強く戦うタイプの鷹見は本来個人戦向きの選手なのだ。
「時間はたっぷりあるから一本取ってこい」と試合に送り出されるほうが鷹見本人も戦いやすいと言う。

 その鷹見はしなやかで安定感のある戦いぶりで勝ち上がったが、準決勝では体格で勝る韓国代表のYun Yung HUと対戦し、一進一退の攻防のすえ、延長戦でYun Yung HUのコテが決まって準決勝で敗退。

 鷹見の2度目の世界一への道は絶たれた。

 その結果、世界選手権女子個人戦は大会史上初めて外国人選手が決勝の大舞台に駒を進めた。

 「私は勝てず松本弥月選手(神奈川県警察)が優勝したのですが、決勝戦で松本選手の対戦相手が韓国選手になってしまい、松本選手に責任を負わせてしまいとても悔いが残っています。今はこの負けが、人生最大の負けのように感じていますが、負けることは成長のきっかけであり、努力は報われると思っています」

「この経験が私個人に生きてくるのか、それとも学生の指導に生きてくるのか、今はそれを探しているような状態です。2度目の『あの負け』ですね。きっと剣道に限らず人生はこうしたことの繰り返しなんでしょう。勝ち続けることができる人って凄いと思います」

 勝負において負けて潔くあることは、勝って謙虚であることよりも難しく、勝敗に一喜一憂することない姿には、この道の厳しさが表れている。

 鷹見は2015年春から順天堂大学の教員として教壇に立つ傍ら、「自分の経験を踏まえて、全日本の強化選手に選ばれるような選手を育てたい」と剣道部の指導に余念がない。

 本項のテーマは競技人生最大の「負け」からの復活である。それを振り返るとき、人はどこかに悔しさや何らかの感情の起伏が表情に表れるものだ。しかし鷹見には、「飄々として」という形容があてはまるほど、どこにも力みがなく自然体なのである。笑みを絶やさず静かに語る姿からは、一見するとトップアスリートというイメージとはかけ離れた存在にも見えるが、1時間半にも及ぶインタビューは、まるで筆者が独りで相撲を取っているかのような汗が流れた。あまりにも月並みな言い方かもしれないが、静けさとは深さを指す言葉なのだと改めて教わった気がした。

<鷹見由紀子主な戦績>
全日本女子剣道選手権大会10回出場 準優勝、3位各1回。
世界剣道選手権大会3回出場 団体戦優勝1回、個人戦優勝1回、個人戦3位
全日本女子学生剣道優勝大会 優勝
全日本女子学生剣道選手権大会 優勝、3位各1回。
国体優勝
インターハイ優勝

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