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塀の中の知的障害者 - 小石勝朗

 学生時代にかじった拙い刑法の知識をもとに、責任能力がないので刑罰は科されないと思い込んでいた。ところが、塀の中、つまり刑務所には、相当数の知的障害者がいるという。ここ10年の間に認知度は上がったそうだが、マスコミは何かあった時しか伝えないから、世間ではまだまだ知られていない現実だろう。

 元衆院議員の山本譲司さんの講演を聞く機会があり、刑務所の知的障害者について改めて考えたので取り上げたい。

 触れるまでもないかもしれないが、山本さんは2000年に秘書給与をめぐる詐欺罪で逮捕・起訴され、懲役1年6カ月の実刑判決を受けた。1審判決を受け入れて1年2カ月間の服役。出所後は政界に戻ることなく、刑務所での体験を『獄窓記』『累犯障害者』などに著すとともに、知的障害者福祉施設のスタッフとして働いたり、知的障害者らの出所後の生活支援に携わったりしてきた。

 ちなみに、同様の事件で2003年に逮捕・起訴された別の衆院議員は、有罪判決を受けたものの執行猶予が付き、後に政界復帰を果たしている。対照的である。

 さて、受刑者の中に知的障害者はどのくらいいるのだろうか。

 法務省の「矯正統計年報」によると、昨年の新規受刑者のうち、知的障害の目安とされる「知能指数(IQ)70未満」(「測定不能」を含む)は約5300人にのぼった。全体の4分の1である。これは新たな受刑者に限った数だから、刑務所にいる知的障害者はさらに多い。

 では、知的障害者はどんな罪で刑務所に来るのか。

 少し古いデータになるが、山本さんが紹介した2006年の法務省調査(15施設の410人対象)によると、窃盗が44%、詐欺が7%だった。窃盗といっても賽銭やおにぎりなど少額の盗み、詐欺といっても無銭飲食や無賃乗車の類だという。37%が「生活苦」が理由だった。

 たとえば、賽銭泥棒で服役した男性のケース。母親と2人で神社に初詣をして賽銭として1000円を納めた際、母親から「幸せになるための貯金だよ」と言われたのを覚えていた。母親が亡くなり食うや食わずの生活となって、その神社の賽銭箱から300円を盗んでしまう。公判で裁判官から咎められると、男性は「まだ700円残っている」と答えたそうだ。

 同じ調査で、知的障害者の平均受刑回数は6.75回だった。累犯者のうち、前回の出所から今回の事件を起こすまでの期間をみると、32%が「3カ月以内」で、「1年以内」で6割を占めていた。多くが1年経たずして刑務所にUターンしていることになる。

 また、知的障害者の仮釈放率は2割で、全体の半分以下の比率にとどまっていた。ほとんどが満期まで刑務所に収容されているのだ。満期出所の場合、保護司がつかないなど社会復帰のための十分なケアが受けられないことが多く、再犯率が仮釈放よりも大幅に高いことがわかっている。

 たとえば、2006年1月に「山口県・下関駅放火事件」を起こした74歳(当時)の男性には軽度の知的障害があった。それまでに10回、放火未遂罪などで服役し、刑務所暮らしは約50年に及んでいた。12月30日に刑務所を満期出所したが行くところがなく、年が明けて市役所に生活保護の相談をしたが、隣県の下関駅までの切符を渡されただけだった。男性は放火の動機を「刑務所に戻るため」と話したとされる。

 出所して社会に出ても寄る辺がない。刑務所に長くいるうちに外よりも居心地が良くなり、馴染んでしまう。累犯の知的障害者には模範囚が多いそうだ。

 裁判の段階で何とかできないものなのか。

 「執行猶予を付けてそのまま社会で暮らしていけるのかと、被告の知的障害者を前にして裁判官も考えてしまうのだろう。しかも、裁判官には被告を福祉施設につなぐ権限はない。結果として、刑務所に避難しなさいということで、軽微な罪で実刑判決になる」。山本さんはそう分析した。

 逆に言えば「罪を犯した知的障害者を、冷たく厳しい社会から『塀』によって保護していることになる」と山本さん。服役して目の当たりにした様子を「刑務所の福祉施設化」と表現したが、その内実は今も大きく変わってはいないらしい。

 ここ10年の間で対策が動き始めている。受刑者の社会復帰を支えるため全刑務所にソーシャルワーカーが配置され、知的障害者や高齢者が多い一部の刑務所では昨年度から常勤になった。知的障害者や高齢者の出所後の行き先確保などに当たる「地域生活定着支援センター」も2011年度までに全都道府県に設けられ、刑務所をはじめとする矯正施設と福祉施設とをつなぐコーディネーターの役割を果たすようになった。

 ところが、いま山本さんが懸念しているのは「福祉施設の刑務所化」なのだという。

 知的障害のある受刑者に福祉施設で支援を受けてもらおうとしても、本人が断るケースが目立つ。「福祉施設に行ったら無期懲役だ」との言葉も聞いた。

 なぜか。「一本のレールの上に乗せられてしまう」「職員にすべて自分のことを決められてしまう」。つまり、自由がない。おまけに罪を犯した障害者ということで社会からは偏見を持たれる。「刑務所のほうがずっといいような気がする」

 7、8年前のことだが、障害者福祉の分野では有名な施設長から、山本さんはこんな相談をされたそうだ。「うちの入所者が刑務所に入ったのだが、どれくらいで出所するものだろうか。それに合わせて警備を厳重にするので」と。

 山本さんは福祉関係者に「福祉のあり方を考え直し、意識を変えてほしい」と要望する。

 ところで、意外と知られていないことだが、刑務所にいる受刑者の数は減り続けている。昨年末時点では約6万500人(拘置所を含む)で、ピークだった2006年末より2万人以上少ない。定員に対する収容率は67%。余裕ができたからこそ、山本さんは対策を充実させるために「今がチャンス」とみている。

 印象に残ったのは「社会適応困難者を対象にした刑事手続法の創設を」との提案だ。知的障害がある被告らに対して、刑事責任能力だけで判断するのではなく、少年法のような観点から訴訟能力や受刑能力を加味して処罰する方法を考えるべきだ、と指摘する。実現に向けて、司法や福祉の関係者は知恵を絞るべきではないだろうか。

 「社会の中で自分が必要と思えてこそ、社会のルールを守ろうとする意欲を持つことができる。だから、その後の人生の選択肢を増やせる力をつけてもらうことが大事で、その支援をしたい」。知的障害者の更生に対するスタンスを、山本さんはそう話していた。

 社会や地域がどう寄り添うか。排除の論理ではなく、いかにして共生の道を探るかが問われている。たしかに簡単なテーマではないけれど、「累犯障害者」は私たち自身の問題に違いない。

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