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法曹人口増員路線が「実証」した社会

 1990年代に規制緩和の流れのなかで、動きを加速させることになった司法改革論議。法曹三者という枠組みで議論されてきた法曹養成・法曹人口問題をそうした流れにさらす一つのきっかけになったともいえるのが法曹養成制度等改革協議会(改革協)でした。その外部委員の一人だった「鈴木良男」という人物は、当時の議論を知る弁護士のなかには、特に印象深く残っている方も多いと思います。企業人として、1980年代の、いわゆる土光臨調以来、行政改革にかかわり、バリバリの規制改革論者だった彼の参加は、まさしく改革協がもたらした論議の質的変化を象徴していました。

 ただ、多くの弁護士に残る彼の記憶は、そのこと自体よりも彼から繰り出された辛辣な弁護士の体質批判の言動の方です。法曹三者のことは法曹三者でとされてきた議論の枠組みの「閉鎖性」とともに、彼は法曹人口を抑制し、競争を回避してきた存在として、弁護士を徹底的にやり玉に挙げたからです。弁護士激増政策に対し弁護士界側から出された反対・慎重論に浴びせられる、その後の弁護士の保身批判、「心得違い」論は、彼の論調のなかに集約されているような感すらあります。

 その彼の展開した論調の集大成といえるような一冊が、1995年に出版された「日本の司法 ここが問題――弁護士改造計画」(東洋経済新報社)です。「競争を知らない者が競争を説くな」「弁護士は社会から見捨てられている」「弁護士はいってみれば営業マンである。これに対して裁判所と裁判官は工場」「日弁連の言い分はまず工場を建てて製品をつくれ、注文は自分たちが適当にとるといっているようなもので、どだい無茶」――。

 当時、弁護士界のなかからは、反発や「トンデモ」論だと切り捨てる声を沢山聞きました。しかし、今にしてみれば、前記「改革」の流れのなかで孤立することへの危機感として、彼のような論調はあるいは弁護士会主導層にとってボディブーローになっていたのかもしれないという気もしてきます。

 さて、その彼が同書のなかで、興味深い記録を残してくれています。「司法改革の原点は、国際的にみても極端に少ない法曹人口を大幅に増加することにあることは自明」と言い切る彼は、改革協人口問題小委員会で「一番白熱した」という法曹人口増の賛否の議論内容を紹介しています。そのなかで、改革協で出された増員必要の「根拠」が以下のように列挙されています。

 ① 法役務の提供量がふえ、需要が拡大する。
 ② 競争により法役務の質が向上し、費用も低額化する。
 ③ 少額事件への対応が増加する。
 ④ 非弁護士活動を縮小する。
 ⑤ 法の支配を強化する。
 ⑥ 弁護士の地域偏在の改善に資する。
 ⑦ 公共的役割が増加する。
 ⑧ 紛争解決を迅速化する。
 ⑨ 法律事務所の規模を拡大し、共同事務所化する促進する。
 ⑩ 専門家を促進する。
 ⑪ 国際競争力を強化する。
 ⑫ 法曹に関する人材を確保する。
 ⑬ 法曹一元化のために必要だ。

 20年経過した今、「改革」の現実から見ると、どういうことになるでしょうか。⑥と、かろうじて人によっては⑪について前進的評価をする見方があるかもしれませんが、ほとんど実現できていない。というよりも、激増政策によってはもたらされないことがはっきりとした、もはや絶望とっていいものがほとんどであることが分かります。

 一方、反対論の「根拠」として示されているのは次の5点。
 
 ① 過当競争により弁護士の経済環境の悪化がもたらされる。
 ② 弁護士倫理が低下する。
 ③ 公共的役割が低下し、または喪失する。
 ④ 法曹の質が低下する。
 ⑤ 法文化が悪化する。つまり濫訴が起こる。

 いろいろな評価はあるかもしれませんが、こちらは⑤がかろうじて「濫訴社会」にはなっていない(もっとも法文化の悪化は着実に進んでいるといえるかもしれませんが)という以外、ほとんど現実化し、一見して的中しているといっていいものが並んでいます。

 また、賛成の「根拠」に対する反対論からの批判も対比表でまとめられていますが、例えば、少額事件の対応について、「弁護士の採算性を無視して事件に対応させることはできず、・・・法曹人口を増やしたからといって、少額事件に直ちに法役務を提供できるわけではない」とか、人材確保については、「試験に受かりやすくすれば有為な人材が確保できるわけではない。法曹の職務自体に魅力があれば有為な人材は流れることはない」、公共的役割強化については「その実現強化と法曹人口増加の関係が説明されていない」など、現在の状況を完全に見切っていたような、有効な批判がされていたことが分かります。

 これらの論点のまとめは、本書をみる限り、改革協発表のものそのままのようですが、現在、議事録もなく、それを細かく対比して確認することはできていませんから、この分析や引用そのものが正確なものとは断言できません。ただ、むしろ前記したようなスタンスの彼が、同書のなかでこの「根拠」を積極的に引用し、自らの論調につなげていることが重要というべきです。列挙された増員必要論の「根拠」の正しさ、必ずや実現するという確信が、彼の弁護士改造論にとってプラス方向の材料であったことだけは確かだからです。

 彼が20年後の今も、こうした論調をメディアに登場して熱弁しているという事実はありません。しかし、今も彼がやり玉に挙げたような弁護士批判と、必ずやいつの日にか、実現するだろう前記「根拠」にしがみついている論は耳にします。それは見方によっては、改革協で示されていた議論を20年経ても決着させまいとする規制改革論者の「熱意」あるいは亡霊のようにさえみえます。

 同書のなかで、彼は法曹人口について、当時、増員論の実証的根拠がないという言い分を批判的に取り上げ、増員政策が「実証」するものについてこう言い切っていました。

 「弁護士のなかに健全な競争状態が実現し、見えないといわれてきた弁護士の顔がハッキリと見えるようになり、国民の裁判を受ける権利が迅速にそして廉価に、何時でもどこでも保障されている状態ができるのかどうかということの実証だろう」

 改革協が列挙し、彼が熱弁をふるった「根拠」や目的の裏で、規制緩和論を推進した側は、しっかり弁護士改造計画の実はとっているという見方はできます。しかし、それでも、あるいはそうであればこそ、私たちはまず、今、既に「改革」の答えは出た、「実証」された社会にいる、という認識に立つべきです。

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