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クックパッドのレシピは、なぜ主婦の心を掴むか

神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契=文

有料会員になるメリットはどこにあるのか

秋が深まる11月。生活の冬支度とともに、風邪対策が気になりだす。食事は健康の源。皆さんのパートナー、子どもたち、あるいは自身が、「風邪かな?」と思ったときの定番の料理は何だろうか。

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表1 クックパッドに投稿されたレシピ数/表2 クックパッド業績の推移(単体)

クックパッドは、国内で最大の料理レシピの投稿・検索サイト。ここでは例年11月に入ると、「風邪」というキーワードでの検索が急上昇するという。昨年11月に、その「風邪」と組み合わせられた料理の第1位は「おかゆ」。以下「うどん」「雑炊」「スープ」と続く(食の検索データサービス「たべみる」調べ)。

クックパッドの現在のレシピ数は210万品を超え、日々増加し続けている(表1参照)。インターネットの黎明期から、「毎日の料理を楽しみにすることで、心からの笑顔を増やす」を理念にレシピ・サイトの運営を行ってきた。とはいえ、その事業の飛躍は遅れてやってくる。年間の売り上げが、2005年4月期の1億円そこそこから、現在60億円を突破(表2参照)するに至ったクックパッドに、いったい何が起こったのか。

クックパッドの近年の成長を後押しした環境要因に、キャリア決済の広がりがある。キャリア決済とは、携帯電話料金とまとめて各種のネット・サービスの支払いができる仕組みで、支払時にクレジットカード番号を入力する必要がない。クックパッドでは、08年末から09年初めにかけて携帯キャリア3社のキャリア決済が利用できるようになり、有料会員申し込みの障壁が低下した。

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表3 クックパッド利用者が使うデバイス/表4 クックパッド売上高構成の内訳

10年代に入るとスマートフォンの普及が進む。クックパッドとスマホは相性がよい(表3参照)。スマホは、フィーチャーフォンよりも画面が大きく、しかもタッチパネル方式なのでスクロールも容易である。PCと比べても使用場所の制約が大きく低下する。移動中の電車や買い物中のスーパーなど、外出先での利用が一段と容易になる。キッチンからの写真を添えたレシピの投稿もスマホだと手間が少ない。クックパッドはこれを見逃さず、スマホへのすばやい対応を図った。

環境面の追い風という意味では、同じ時期に共働き世帯の比率が高まっていったことも見逃せない。いわゆるサラリーマン世帯についていうと、06年頃までは専業主婦世帯の1.1倍程度だった共働き世帯は、14年には1.5倍へと拡大していく(内閣府『男女共同参画白書 平成27年版』)。家庭の主婦が、新聞の折り込みチラシやお昼のワイドショーを見ながら献立を考え、スーパーや商店街を回るという慣れ親しんだ購買光景は、過去のものとなりつつある。この変化が、場所を選ばない献立選びの価値をさらに高める。

しかしクックパッドは、これらの環境変化のおかげで、何もせずに成功をおさめたわけではない。環境変化の追い風が吹き出す以前に、2つの重要な改革を行っている。

第1の改革は、有料会員事業の導入である。現在の有料会員事業がスタートしたのは、04年になってから。それまでは、クックパッドでも事業収入の主軸は広告だった(表4参照)。

クックパッドでは、誰もが無料でレシピを投稿したり、検索したりすることができる。では、月額280円(税抜き、iTunes決済は金額が異なる)の有料会員になるメリットはどこにあるのか。

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無料の利用者がメニューや素材をキーワードに検索した結果は、新着順に表示されるが、有料会員になると、人気順による検索などが追加で利用できるようになる。

この特典のどこに価値があるのか。クックパッドのレシピは、基本的にプロではなく一般の消費者が考案したもの。出来具合にムラがないとはいえない。しかもクックパッドのメニューの蓄積は膨大だ。試しに「おかゆ×風邪」で検索してみると、354品(10月28日現在)のレシピが出てきた。これらを1つ1つ吟味していくには時間がかかる。

そこで、人気順によるソート(並べ替え)などを行うと、間違いの少ないメニューをすばやく見つけ出せるのである。

あるいは、実際につくって美味しかったレシピ、例えば「以前、家族に好評だった中華粥のレシピ」をきちんと保存してすぐに引き出せるようにしておけば、後々の献立づくりに役立てることができる。

アナログ時代なら、多くの主婦は手書きの料理ノートを作成していたが、世のデジタル化がこの手間を簡便化させた。クックパッドでは、無料会員だと20件までというこのレシピ保存フォルダの容量が、有料会員となると一気に3000件まで拡大する。

投稿を促す“心理的”インセンティブ

現在、クックパッドの有料会員は160万人超。「ユーザーファースト」をうたうクックパッドでは、限られた時間での日々の献立づくりという使用価値をうまく見据えた機能を、有料会員に提供している。だが、これらの有料会員向けの機能が生きるのも、クックパッドに大量のレシピの蓄積があればこその話である。

このレシピ投稿を促す新機能の導入が、第2の改革である。06年頃、つくってみた感想を、写真を添えてレシピの投稿者にフィードバックできる「つくれぽ」という機能が追加された。投稿者と利用者がレシピのコメントを書く欄を転用してコミュニケーションを取っていることに着目、その手間を減らしたいとの思いで導入したという。

従前のままでも、つくった感想や料理の写真を投稿者に伝えることはできた。しかし感想を写真付きで伝えるためには、複数の操作を組み合わせる必要があった。「つくれぽ」を導入したことにより、クックパッドの利用者は、簡単な操作で「美味しかったよ」と、写真付きのメッセージを投稿者に送れるようになった。

実際に導入してみたことで、「つくれぽ」には幾つかの効果があることが見えてきた。第1に、「つくれぽ」のコミュニケーションは、レシピの投稿者のさらなる投稿への意欲を高める。第2に、送る側にとっても、「つくれぽ」の履歴は気に入ったレシピの記録となり、先の保存フォルダ機能の補完となる。第3に、「つくれぽ」が付くことで、レシピのコンテンツとしての魅力が高まる。

レシピ投稿のインセンティブを、クックパッドは複合的に組み立ててきた。創業時よりクックパッドでは、誰もが簡単に書き込めて、わかりやすいレシピができあがる記入フォームの開発と提供に力を入れてきた。さらにレシピの投稿者は、投稿したレシピの閲覧数を確認することもできる。そこから生まれる達成感も、さらなる投稿を促す。

この使いやすさと達成感に加え、利用者とのコミュニケーションが取れる「つくれぽ」は、嬉しさや喜びをレシピの投稿者にもたらす。クックパッドは、以上のような投稿者の気持ちに寄り添う複合的な心理的インセンティブで、投稿を促してきた。

これに対して10年に参入した楽天レシピは、ポイント付与という経済的インセンティブで追い上げを狙った。しかし、蓄積できたレシピ数は、5年以上が経過した現在でも100万品程度と、クックパッドの半数に満たない。

近所のスーパーの「特売情報」を配信するサービス

膨大なレシピの蓄積があるからクックパッドには魅力があり、魅力があるからクックパッドにはレシピが集まる。クックパッドは、この循環する関係を支える機能を拡充していくことで、関係を深めるとともに複線化し、太く大きな流れを導いている(図1参照)。

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図1 心理的インセンティブを生む「循環」

クックパッドは13年2月に、この流れをさらに広げる新たな試みを開始した。「特売情報サービス」である。これは、クックパッドの利用者が自宅周辺のスーパーなどを登録しておくと、店舗の特価品やおすすめの旬の商品の情報が配信されるというサービスである。

配信される商品の情報は、レシピと自動的に連動する。例えば牡蠣の特売情報であれば、オイル漬けやグラタンなどの関連レシピがその横に表示される。逆にレシピを検索すれば、その料理に使う素材に関連した特売情報が表示される。

このサービスは、個々の店の売り場からクックパッドの利用者に向けて、その日の入荷情報をタイムリーに発信していくことを可能にする。クックパッドでは、忙しい店舗スタッフが、PCではなく使い慣れたスマホから、簡単な操作で発信できるインターフェイスを採用している。先述したように折り込みチラシの効果が弱まる中で、新たな個店回帰型の情報発信手段として、このサービスの利用が広がりはじめている。

クックパッドは市場環境の変化の中で、自らを位置づけるエコシステムと、その強化にいかに寄与するかを見いだし、その拡充を促してきた。その取り組みの多くは、市場環境の変化に先立ち、その予測もままならぬ時点ですでに動きだしているのだ。人事を尽くして“追い風”を待つ。ただし人事を尽くさなければ、追い風を捉えることはかなわない。

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