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パリ同時多発テロはロシアに好機? - 小泉悠

11月13日にパリで発生した同時多発テロ事件は、これまでに130人以上の死者を出し、世界に大きなショックを与えた。テロを起こしたのはイスラム過激派組織IS(「イスラム国」)と関係を持つフランス人らと見られ、当局がさらなる共犯の行方を追っている。

 もちろん、世界の紛争地域ではこれに匹敵する規模の惨劇が毎日のように発生しているにせよ、安全と見られていた先進国の首都でこれほどの規模のテロが発生したことは、米国同時多発テロ事件以降の巨大なインパクトとなった。なかでも注目されるのは、今後の国際政治に対するそれである。

 IS対策としてシリアへの軍事介入を行うロシアのメディアでも、今回のパリ同時多発テロの影響については活発な議論が見られた。それも、これを好機と捉える見方が多い。

 たとえば高級紙『ヴェードモスチ』は、外交政策シンクタンク「ロシア国際問題評議会」のコルトゥノフ所長の見解を以下のように紹介している。

 コルトゥノフ所長によれば、フランスのオランド政権は、今回の事件を受けてより積極的な対外政策を示す必要性に迫られている。テロ後にフランスが開始したシリアへの空爆はそのひとつ(ただしフランスは以前からシリア空爆を準備しており、ISのテロはこれに対する「先制攻撃」であったと見られる)だが、この際、フランスはすでに軍事介入を行っているロシアとの関係を緊密化させるだろうとコルトゥノフ所長は予測している。特に偵察・諜報情報の共有や軍事行動の調整などが考えられるという。

安全保障は選り好みできない

 この種の見方はほかにも数多く見られる。国営通信社ITAR-TASS(11月16日付)は上院外交委員会のクリモフ委員長の見解として、次のように報じている。

 「同人(クリモフ委員長)によれば、今日、政治家が導かなければならない第一の結論は、安全保障は選り好みできないということだ。「西側諸国はNATOとの協力関係を維持するだけでは自らの安全を確保できない。ロシアの大統領、外務省、議会は、テロとの戦いに関する国際的協議を呼びかけてきた。特にISとの戦いに関するものである」と同人は指摘した」

 こうした識者や政策担当者の発言から見られるのは、今回のパリ同時多発テロがロシアの進める互い政策に関して追い風になりうるという認識である。

 小欄でも取り上げて来たように、ロシアはシリアのアサド政権を擁護し、軍事介入(IS対策を目的として掲げるが、攻撃の大部分はアサド政権を攻撃する非IS系反政府組織に向けられている)を行っている。一方、西側諸国はアサド政権の退陣を要求するとともに、ロシアの軍事介入が事態を複雑化させ、米国を中心とする有志連合軍とロシア軍との間で偶発的衝突が発生する可能性があるなどとして懸念を示してきた。

 これに対してロシアは今年8月頃からアサド政権を含む対IS「大連合」構想を提唱するとともに、ロシア軍をトルコ国境付近で活発に行動させることで西側のアサド政権に対する軍事介入を牽制する姿勢を示している。イスラエル、トルコ、米国などがロシアとの間で偶発的衝突防止のためのメカニズムを相次いで設立したが、「大連合」構想のほうは受け入れるに至っていない。

 実際、今回のパリ同時多発テロ事件を経ても西側がロシアの構想にそのまま乗ることは考えにくいだろう。ただし、ロシアに有利な形で妥協を引き出せる可能性は高まったと言える。

対IS協力はあり得るか

 これを軍事面と政治面に分けて考えてみたい。当面問題となる軍事面について、ロシア議会の諮問機関である公共院のマルコフ委員は、「西側がロシアを対テロ連合のパートナーとして認め、態度を変化させる可能性は低い」としつつ、次のように述べている(前述のITAR-TASS記事より)。

 「ただし、米国を中心とするNATO諸国が西側の対テロ連合とロシアの間で調整アルゴリズムを設置することは充分にあり得る。これには歴史的な前例もある。第二次世界大戦中、反ヒトラー連合に参加するソ連の西側同盟国、すなわち米国及び英国は、第二戦線を開いた。そしてともに勝利したのだ。今日、政治家たちが人間の安全保障に対するテロリストの挑戦に対して決定的な反応を打ち出すべく努力を結集するという希望は残っている」

 つまり、ロシアとNATOがともに肩を並べて戦うことは考えにくいにせよ、互いが戦略的なレベルで連携し合うことならあり得るのではないか、ということである。

 第二の問題は、政治的なレベルである。パリでの同時多発テロの影に隠れてほとんど注目されていないが、ウィーンで開催されていたシリア問題に関する外相級協議が15日に終了し、共同声明が発出された。共同声明によると、米露サウジアラビアなど17カ国から成る国際シリア支援グループ(ISSG)は、シリアでの停戦に向けた取組(ただしISやアル・カーイダ系組織であるアル・ヌスラ戦線その他のテロ組織との戦いには適用されない)を支援するとともに、シリア政府と反政府組織との対話を来年1月1日を目処に実施する。また、世俗政府の設立と新憲法制定に向けた移行プロセスを6カ月以内に策定し、「自由かつ公正な選挙」を18ヶ月以内に全シリア人参加の下で行うとしている。

アサド退陣と引き換えにロシアの影響力維持?

 いわばシリア内戦の終結に向けた新たな和平案で米露が原則合意した形だが、細目では依然として対立が残る。最大の問題はアサド大統領の処遇で、一説によると、ロシアは今回の協議に先立ち、アサド大統領の退陣は認めるが、新政権にアサド派を参加させることや、ロシアの軍事基地を維持することなどの妥協案を提案したとも言われる。

 アサド大統領の退陣と引き換えにロシアの影響力を残すというものであるが、今回の共同声明では否定も肯定もされていない。

 もうひとつの問題は、ISやアル・ヌスラ戦線と並ぶ「その他のテロ組織」をどのように定義するかである。IS及びアル・ヌスラ戦線を「テロ組織」と認めることは共同声明でも明記されており、移行後の新政府を「世俗政権」としていることからもイスラム過激派の排除は既定路線と言える。ただ、反政府勢力を支援してきた米国やサウジアラビアとしては「その他のテロ組織」の範囲をなるべく限定したいのに対し、ロシア側としてはアサド政権閥の影響力を保つ為になるべく多くの反政府組織を新政府から排除したい。

 『ブルームバーグ』(11月13日付)が端的に述べているように、ロシアが「長いリスト」を望むのに対し、米側は「短いリスト」を望むという対立が生じているのである。ロシアの経済紙『コメルサント』11月13日付によれば、特に「ジャーイシュ・アル・ムハジリン・ワル・アンサール(JMA)」や「アフラ・アシュ・シャーム」といった組織をテロ組織と位置づけるかどうかが議論の分かれ目であるという。

 今後のシリア和平プロセスにおいては、こうした点が大きな焦点となると見られるが、ここでもロシアはパリ同時多発テロのインパクトを利用したいものと見られる。国際政治専門誌『国際政治におけるロシア』のルキヤノフ編集長は、ロシアは今やシリアにおける最大の軍事的プレイヤーとなっており、このような軍事的影響力を政治的影響力に変換することで和平プロセスを有利に進めうるとの見通しを述べている(ヴァルダイ・ディスカッション・クラブ、11月15日付)。

 つまり、シリア内戦においてロシアが軍事的に大きな役割を果たし、西側にとっても無視できない存在である限り、和平プロセスもロシアの意向を無視しては進められないだろうという読みである。この見立てからすれば、ロシアの軍事介入は今後も後退することは考えにくいだろう。

 むしろ、今後の和平プロセスの進展に従ってロシアの軍事介入はさらに激しさを増してくることも考えられ、その動向が注目される。

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