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寛容は非寛容に対しても非寛容であってはならない

 今朝の日経新聞コラム「春秋」に、文学者の渡辺一夫の言葉が引用してあった。この人は宗教史も研究して、この結論に達したという。寛容な人でも、非寛容に固まった人に出会うと心を固くする。非寛容な人に対して寛容にしたら、自分が損をするだけだと不公平にも感じるだろう。しかし、非寛容をぶつけ合っていたら宗教戦争は終らなかった。

 しかし、すぐに考えたのは、非寛容な権力に対しても寛容でいられるか、ということだった。もともと非対称な権力との対立に、寛容の精神を持ち込んだら、あきらめと盲従に陥るだけではないのか。それは寛容とは違うのではないか。

 寛容は非寛容に対して、非寛容は誤りだと言いつづけなければならない。非寛容に固まったら人間の発展はなかった。対立する相手からも学ぶことで人間は賢くなった。だから非寛容は間違っていると言いつづけなければならない。非寛容に押しつぶされて沈黙してはならない。自信を失ってはならない。

 寛容は人間の希望なのだ。死んではいけない。

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