- 2015年11月16日 11:00
「世界一」だけをつくるイタリアの地方創生法 - 大前研一
都市ごとに特色を持つモザイク型国家
今秋、私が主宰する経営者の勉強会「向研会」の視察旅行でイタリアを訪れた。イタリアはEUにおいてGDP(名目GDP約2兆1000億ドル、以下2014年データ)、人口(約6100万人)ともに第4位の大国だが、1人当たりGDP(約3万5000ドル)で見るとEUの中位レベルにとどまる。イタリアの政府債務残高の対GDP比は約132%。先進国では日本(約246%)に次いで2番目に高い。長らく低成長に喘ぎ、12年以降はマイナス成長が続いている。
そのイタリアから何を学ぶのかといえば、それぞれの地域の産業政策だ。政府は大きな問題を抱えているが、イタリアの都市の大半は自前の産業を持って世界化し、経済的に自立している。同じく巨大な国家債務を抱えている日本の場合、国が破綻すれば地方も即破綻する運命にあるが、イタリアは国が破綻しても、グローバル産業を持っている地方都市は生き残れる。そのモデルを研究することは「地方創生」を掲げる今の日本にとって大いに意味がある。
都市国家を統合してできたイタリアは、都市ごとに特色を持って発展をしてきたモザイク型国家だ。それがイタリアの特色であり、強みの源泉になっている。戦前は統一国家として近代化を進めるために、戦後は東西冷戦の構図の中で共産勢力に対する東の砦として、中央集権体制を維持、強化してきた。その中で重厚長大産業を中心に奇跡的な戦後復興も果たした。だが、冷戦が安定化して旧ソ連の脅威が低下する一方、労働争議が頻発してイタリアの重厚長大産業の国際競争力は低下。1970年代から地方分権化を進めて、主に産業政策に関する権限を中央政府から州へと移譲していく。
ちなみにイタリアの地方自治は州、県、市町村に当たる基礎自治体のコムーネ(comune)の3層から成る。99年には州知事に直接選挙制が導入され、すべての州で州憲法の制定が認められた。01年10月の憲法改正では、県とコムーネは「固有の憲章、権限、職務を有する地方自治体」、州は「立法権と組織自治権、予算に関する一定の自治権を持つ」と規定されている。
70年代以降の地方分権化によって州や自治体、業界団体が独自の産業政策を実施するようになり、企業との共同研究プロジェクトなども進んだ。結果、80年代にはイタリア企業は躍進、中小企業や職人的企業が集まった産業集積地を中心に発展した。
アジアの低価格製品との競争が激化してきた00年以降は、州、自治体、業界団体が産地企業の国際化支援プログラムを推進。高級ブランド化路線、規模の集約化、海外市場の開拓や生産拠点の海外シフトなど、産地ごとに独自の生き残り戦略を展開して輸出を維持している。
コモ市にある世界一の絹織物産業クラスター
イタリアといえば早くから近代工業化が進んだ北部(第1のイタリア)と、依然として農業中心の南部(第2のイタリア)の経済格差で知られているが、もう一つ、「第3のイタリア」と呼ばれるエリアがある。ヴェネツィア、ボローニャ、フィレンツェなどの都市があるイタリア北東部から中部にかけての地域で、イタリアの地場産業が集中している。皮革製品、家具・木工品、繊維、眼鏡、セラミックタイルなどの伝統工芸、包装機械などの機械工業を中心とした産地および産業集積地だ。今回の視察ではそうした産地の地方都市を見て回った。
イタリアには約1500の国際競争力を持った地方都市がある、と言われている。人口数千人の都市もあれば、数万人規模の都市もあるのだが、それぞれの市のレベルで産業政策に取り組んで、生き残りを図っている。多くの地方都市に共通するのは「手広く」ではなく、「世界で1位」のものを1つだけ集中的につくっていることだ。そうすることによって市場(顧客)と直接会話できるし、価格決定力も維持できるからだ。
たとえばミラノの北にあるコモという都市は絹織物の産地として名高い。昔は養蚕業も盛んだったが壊滅してしまって、今は中国などから絹糸や原料布を輸入している。コモには絹織物に関連した会社が約600社ある。多くはファミリー経営の小さな会社だが、それぞれが細かなノウハウを持っていて、絹織物をつくる全工程を機能分担している。それを束ねているのが日本でいえば商工会議所のような地元の工業会で、マーケティングから後継者育成まで、そこが責任を持って行っている。持ち込まれてくる相談や注文の窓口にもなっていて、エルメスやセリーヌのようなブランドから「こういう製品をつくってほしい」というオーダーがあると、必要な技術を持った会社をコーディネートして、最終製品までの開発を請け負うのだ。
600社が有機的につながって、あらゆるオーダーにタイムリーに応える。こんなクラスター(産業集積)は世界を見渡してもコモ以外に残っていない。絹の原産国の中国がいくら真似しても、日本の技術力をもってしても、コモのシルクのクオリティやデザイン性は超えられない。日本も明治時代には絹織物の輸出で外貨を稼いだが、このようなクラスターがなかったために絹糸の競争力を失った途端、産業そのものが衰退した。
このような競争力を維持するための仕掛けがイタリア中にあって、世界的な競争力がある産業クラスターを形成できた地方都市はしっかり生き残っている。たとえ一部の生産を海外にシフトしていても、国内でデザインや最終加工を維持して、「メイド・イン・イタリー」の付加価値を国内に残しているのだ。
地域ブランドを磨き続ける地元の協同組合
イタリア半島北東部のエミリア・ロマーニャ州にはイタリアを代表する食産業のフード・クラスターが点在している。チーズやハムの産地として知られる地方都市がパルマである。イタリアには「DOP」と呼ばれる原産地名称保護制度がある。DOPが定める農産物、農産加工品はさまざまだが、パルマの代表的なチーズである「パルミジャーノ・レッジャーノ」もその一つだ。パルマやレッジョ・エミリアなどエミリア・ロマーニャ地方の特定の地域でつくられて、なおかつ素材や製法、熟成期間など一定の基準を満たしたものだけがDOPの審査をパスして刻印が押され、「パルミジャーノ・レッジャーノ」を名乗れる。品質検査でDOPの刻印がもらえなければ二流、三流のパルメザンチーズ(パルミジャーノ・レッジャーノ風チーズ)として売るしかない。しかし、「パルミジャーノ・レッジャーノ」として輸出できれば何倍もの値段で売れる。世界中のイタリア料理屋で使われるからだ。
パルマの特産品でいえば「プロシュート」という生ハムもDOPが義務付けられているが、大事なことはそうした地域のブランド認証を日本で言えば農協に当たる地元の協同組合的な組織が積極的に行っているということだ。
日本の農協は上から目線で地域の付加価値を何も生み出さないが、向こうは違う。DOPの認証機関として厳しく品質を見定めて、ときに生産者を指導して、必死になって地域のブランドを磨いている。前述のコモ同様、マーケティングや人材育成まで手掛けている。だから生産者は販路や後継者のことで頭を悩ませる必要はない。いいものさえつくれば、きちんと世界に売り出してくれる。誰もが自分の仕事にプライドを持ち、何より生活が豊かだ。子供も親の仕事を継ごうという気持ちになってくるし、実際、2代目、3代目がたくさんいる。
ワインなどもDOP(ワインの場合はDOC、DOCGなどの呼称が使われることも)で管理されていて、美味しくてリーズナブルなイタリアンワインは世界中で人気を博している。
日本でいえば、新潟県南魚沼産のコシヒカリや山形県の佐藤錦などはブランド価値が非常に高い。しかしDOPのような認定制度で守られていないから、「南魚沼産コシヒカリ」と名乗る商品は実際の生産量の20倍も市場に出回っている。佐藤錦を開発した先人は心が広い人物だから、種が世界中に広まってしまった。逆に揚がった漁港というだけで差別化の基準も不明なまま、「関サバ関アジ」「大間のマグロ」などの怪しげな日本だけで通じるブランドが闊歩している。商品に差がないのに陸揚げ港の名前をつけて価格を数倍にするのは“いかさまマーケティング”だ。
日本の地方自治体、市町村がイタリアの地方都市に学ぶべきことは多い。国家や政府に頼らず、自力で世界化する方法を考えるべきだろう。DOPのような工程や品質に関する認証制度を活用してブランドを立ち上げて、世界に直接売り込むのも一つの方法だ。中央集権の国で「地方創生」など叫んでみても生温いリップサービスにすぎない。国破れても地方都市あり、という時代をつくり出すことが、日本が生き残る道であり、イタリアにこそ、その素晴らしい具体例が溢れているのだ。
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