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朝日新聞の記者はミャスコフスキーを知っているか

 一部の自治体ではTSUTAYAに図書館業務を委託するなんてところもありまして、その先鞭を付けた市長はめでたくTSUTAYAの関連企業に就職が決まったそうですが、まぁ色々と問題が指摘されているわけです。ずさんな管理もさることながら、TSUTAYA(のグループ会社)で売れ残って処分に困った本を図書館に納めているのではという疑惑もある等々、何かとダメな点ばかりだったりします。ただ「売れない本」≒「本屋では手に入りにくい本」みたいなフシも一部にはありまして、古い参考書ですとか古いガイドブックですとか、そういう類が図書館に蓄積されるのことには肯定的な面がないわけでもないかな、とも思いました。その辺は運営する側の意図とは全く無関係なのでしょうけれど。

 なお書籍自体の売上額は年々下がり続ける一方で図書館での貸し出し数は増えているのだそうで、まぁ「本を読まないわけではないが、本にお金は払わない」人が増えているのかも知れません。その辺に出版業界や作家が疑義を投げかけたりもしているとのこと、確かに図書館の無料貸本屋化は目に余るところがある、田舎の小さな本屋でも普通に売られているようなベストセラー本が図書館で大量に購入/貸し出しされて民業圧迫に繋がっているのは否定できないでしょう。「民間にできることは民間で」と唱えるような論者ならば、こうした図書館の在り方をこそ槍玉に挙げて欲しいと思います。別にベストセラー本だからといって図書館が買ってはダメとまでは言いませんけれど、税金による購入が許されるのは1冊だけにすべきです。

1冊6万円謎の本、国会図書館に 「代償」136万円(朝日新聞)

 ギリシャ文字などを無作為に打ち込んだ1冊6万4800円(税込み)のシリーズ本が、国立国会図書館に78巻納本された。納本された本の定価の一部などを発行者に支払う仕組みがあるため、すでに42冊分の136万円余が発行者側に支払われている。納本は法律で義務づけられているが、ネットでは疑問の声が上がり、同館も支払いが適正だったのか調査を始めた。

(中略)

 同社は2013年3月に設立され、代表取締役の男性(26)が1人で運営。男性は朝日新聞の取材に対し「自分が即興的にパソコンでギリシャ文字を打ったもので、意味はない。本そのものが立体作品としての美術品とか工芸品。長年温めてきた構想だった」と説明。題名も「ひらめいて付けた。意味はない」。著者のアレクサンドル・ミャスコフスキーは「架空の人物で、作品のイメージとして記載した」と話した。

 ログイン前の続き各巻20部を自らレーザープリンターで印刷し、装丁。「1冊の作成に3万円強かかっているため、1冊あたりの利益はアマゾンへの支払いを差し引くと6千円」で、価格は妥当だとし、「まだ1冊も売れていないが、代償金目当てではない」と語った。

(中略)

 田村俊作・慶応大学名誉教授(図書館情報学)の話 「納本制度は文化や情報の自由に貢献しようという、発行者側と国会図書館との合意が前提だ。本の内容から納本の適否を判断することは、検閲につながるのでやってはならないが、米英などには代償金の仕組みはない。想定外のことだが、この仕組みを悪用しようとすれば、できてしまいそうなことが明らかになった」

 さて報道によると「縦12センチ、横9センチの枠内にギリシャ文字やローマ字が並び、ページ数は振られておらず、全く同じ内容のページもある」本が国会図書館に納本されたそうです。かかったであろう経費と支払額を鑑みると一概に営利行為とは言い切れないようにも思われるところ、著者に言わせれば「本そのものが立体作品としての美術品とか工芸品」なのだとかで、確かにまぁ、現代芸術の中にはこうした類もありますよね。本人は意外に、マジなのかも知れません。ただ市場で高値が付いている現代アートは、それを裏付けてくれる評論家の権威あってこそ、です。「普通の人」から見れば現代芸術はゴミと区別が付きません。だからこそ、こうした「本」に136万円余が支払われたことが問題視されてもいるのでしょう。

 なおミャスコフスキーと言ったらソ連の作曲家ニコライ・ミャスコフスキが有名です。何度となくスターリン賞に輝いたソ連を代表する作曲家である一方、「西側」では長らく無視されてきた存在でもあったりします。20世紀の作曲家としては珍しく27曲もの交響曲――20世紀の「西側」の作曲家が見捨てたジャンルの曲――を書いたことでも名高いのですが、この20世紀に迷い込んだ恐竜のような作曲家の存在が上記引用の78巻本の著者に意識されていたのかどうか、新聞記者には突っ込んで欲しかったところですね。

 プロレタリアートが権力を握ると趣味がブルジョワ化する、なんて宣う人もいました。つまりソ連の偉い人達が好んだ芸術は、一世代前のブルジョワの間で好まれていたものに近かったわけです。もっとも同時期の西側のブルジョワ層はといえば、専ら落書きのような現代美術の方に高値を付け始めていたのですから、まぁプロレタリアート独裁の嗜好はブルジョワ趣味というよりも周回遅れといった方が正しいような気がします。ともあれ社会主義体制では前衛芸術は好まれず、19世紀以前からのスタイルの延長線上にあるものの方が受け入れられていました。ソヴェト体制下において前衛芸術は――皮肉にもロシアが一大勢力を築いていた分野であったにもかかわらず――糾弾の対象ですらあったくらいです。

 件のアレクサンドル・ミャスコフスキー氏がソ連の人間であったのなら、たぶん「退廃的である」とかなんとか宣告されてシベリア送りになっていたかも知れません。幸か不幸か日本では「返金」という結果に落ち着きそうですけれど、納本されるべきかの基準はどこにあるのでしょうね。アレクサンドル・ミャスコフスキー氏の著作に負けず劣らず無価値な代物は山のようにある、その中には評論家からヨイショされて社会的な権威を獲得しているものもある、信者からは聖典と崇められているものだってあるはずです。代償金の算定基準は再考されても良さそうですが、納本拒否や返本といった結果にはならないで欲しいとは思います。

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