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- 2015年11月07日 09:42
特集:岐路に立つ日本経済とアベノミクス2.0
2/2●足踏み状態の景気をどう見るか
次に足もとの景気を見てみよう。10月29日朝に発表された9月の鉱工業生産指数は、市場予想を上回る前月比+1.0%の97.3となった。発表元である経済産業省は、「総じてみれば、生産は一進一退で推移している」とコメントしている。一進一退とは言い得て妙で、これにはいいニュースと悪いニュースが含まれている。

バッドニュースを先に挙げると、鉱工業生産を四半期ベースで見た場合、1-3月期は99.7、4-6月期は98.3、7-9月期は97.0と右肩下がりとなる。GDPはほぼ鉱工業生産の動向に連動するので、11月16日に発表される予定の7-9月期GDP速報値は、2四半期連続のマイナス成長となる確率が高まった。少なくともこの春から夏にかけての日本経済は、「足踏み状態」と見なさなければならない。
グッドニュースは、同時に発表された10月分の予想が前月比+4.1%という大幅なものであったことだ。つまり在庫調整はこの夏で一段落し、年末に向けて企業の生産活動は再び上向くものと見ることができる。もちろんそのためには、対中輸出がある程度盛り返し、個人消費が底打ちしてもらわないと困るのだが。
さらに言えば、年末に向けて日本経済には3つのリスクがあると考えられる。 その1として、インバウンド需要が頭打ちになるかもしれない。全国百貨店協会の調べによると、外国人観光客売上高は今年9月前年比2.8倍の138億円と大きく伸びているが、前月比では19%減。免税手続き客数も19.2万人と前月比16%減であった。客単価も下落している。中国人の「爆買い」はそろそろピークアウトすると見ておくべきだろう。
その2は、「逆オイルショック」で、12月4日のOPEC総会で減産が決まらないようだと、もう一段の下落がありそうだ。その場合、産油国経済の混乱や石油産業の業績悪化が予測される。特に最近のロシアによる対シリア軍事行動に対し、経営不振の会社がテレビCMを打ちまくっているような危うさを感じるのは筆者だけだろうか。
その3は、新興国経済における通貨安懸念である。①今後の米国利上げに伴う資本流出、②中国向け輸出の需要減少、③国内政治の不安、という3要素が重なる国(例:ブラジルやトルコ)は特に危なっかしいと言えるだろう。
それでは景気の現状を政府はどう捉えているのか。
今月の月例経済報告は10月14日に発表された。先月分の発表の際に、基調判断の文面は変えたのだが、甘利経済財政担当相は敢えて判断の方向性を示さなかった。そこをどう説明するか、おそらくは悩みぬいた末に、政府が捻くり出した答えは、「現状判断は前月から下方修正するが、緩やかな回復基調に変更はない」というものであった。
○月例経済報告の基調判断
9月:景気は、このところ一部に弱さもみられるが、緩やかな回復基調が続いている(↓)
10月:景気は、このところ弱さがみられるが、緩やかな回復基調が続いている(↓)
11月:景気は、個人消費などに弱さがみられるが、緩やかな回復基調が続いている(→)
12月:景気は、個人消費などに弱さがみられるが、緩やかな回復基調が続いている(→)
1月:景気は、個人消費などに弱さがみられるが、緩やかな回復基調が続いている(→)
2月:景気は、個人消費などに弱さがみられるが、緩やかな回復基調が続いている(→)
3月:景気は、企業部門に改善がみられるなど、緩やかな回復基調が続いている(↑)
4月:景気は、個人消費などに弱さがみられるが、緩やかな回復基調が続いている(→)
5月:景気は、緩やかな回復基調が続いている(→)
6月:景気は、緩やかな回復基調が続いている(→)
7月:景気は、緩やかな回復基調が続いている(→)
8月:このところ改善テンポにばらつきもみられるが、緩やかな回復基調が続いている(→)
9月:このところ一部に鈍い動きもみられるが、緩やかな回復基調が続いている(?)
10月:景気は、このところ一部に弱さもみられるが、緩やかな回復基調が続いている(↓)
おそらくは始まったばかりの「アベノミクス2.0」に敬意を表して、下方修正と断じることを「遠慮」したのであろう。が、内容を素直に読めば、政府は昨年10月から1年ぶりに判断を下方修正したということになる。
●バージョンアップが必要な理由
率直に言って、アベノミクス2.0が掲げた「新・三本の矢」や「一億総活躍社会」といったキーワードは評判がよろしくない。が、このタイミングでアベノミクスが方向性を変えることは、正しい判断ではないかと筆者は考えている。アベノミクス1.0のどこに誤算があったのか。確かにアベノミクスは円安・株高をもたらして企業業績を改善した。ところが企業収益は、賃上げや設備投資には向かっていない。だから個人消費は伸びないし、自律的な景気回復には至らない。企業経営者のマインドは非常に慎重なままだ。 筆者がよく地方での講演会などで経営者から受ける質問は、もっぱらこんなものである。
「そうは言っても、国内市場はこれから確実に縮小しますよね」
「後期高齢者の医療負担も、いずれ企業にのしかかって来るでしょう」
「日本政府の財政破綻は、意外と近いのではないでしょうか」
この辺り、政府の思惑とは完全にすれ違っている。
アベノミクスは「まずデフレからの脱却を」と考える。ところが「期待に働きかける」政策を採っていると、どうしても近視眼的になってしまう。総じて安倍内閣は、短期的な課題については積極的、機動的に取り組んできた。特に東京五輪招致の成功や、TPP交渉への参加と合意は見事であった。その一方で、財政、社会保障、エネルギーといった長期の課題は後回しにされがちであった。
ところが、「人々の期待に働きかける」というアベノミクス本来の趣旨から行くと、中長期の見通しが暗いままで、家計が消費を増やしたり、企業が投資を決断したりすることは考えにくい。つまり、政府が「短期楽観」を強調すればするほど、民間が「長期悲観」に傾いてしまうという点に、アベノミクス1.0が抱えていた根本的な矛盾があった。
そこでアベノミクス2.0は、①「希望を生み出す強い経済」に加え、②「夢を紡ぐ子育て支援」、③「安心につながる社会保障」を掲げた。「人口減少」「高齢化」といった中長期の課題に取り組む姿勢を明らかにし、「希望出生率を1.8まで上げる」「介護離職ゼロ」といった目標を打ち出した。もちろん、これらの目標がすぐに達成できるとは考えにくい。しかし今までのように、無視しているよりはずっといいだろう。
よく言われる通り、「新・3本の矢」には具体策が伴っていない。むしろ「3つの的」と呼ぶべきであろう。もっとも、「日本経済を強くして、子育て支援と社会保障を強化する」というのは経済政策として当然の方向性である。この「3つの的」に異議を唱える人はまず居ないだろう。
ところでアベノミクスが「2.0」にバージョンアップされることは、以下のような副次的効果も狙っているのではないかと思う。
その1は金融政策に対するウェイトを低下させることである。物価安定目標2%は達成されていないとはいえ、デフレからの脱却はかなり見えてきた。円安も政治的に評判が良くないので、来年の参院選を控えて官邸としてはこれ以上進めたくはない。ゆえにリフレ派のスタッフは、「今までどうもご苦労様でした」ということになるのであろう。
その2は政治目的である。安倍首相は党内のライバルである石破茂地方創生担当大臣を閣内に閉じ込め、なおかつ仕事を与えないことに成功した。今後は「地方創生」という看板の値打ちが相対的に低下し、代わりに重要な仕事は「一億総活躍社会」を担当する加藤勝信大臣に行くのであろう。石破さんとしては踏んだり蹴ったりかもしれない。
その3は、「一億総活躍」という言葉の裏側に、「移民は入れませんよ」というメッセージが隠れているのではないか、ということである。人口減少という問題に対し、いずれかならず移民政策の是非を論じるときが来るはずである。とはいえ、それはなかなか前向きな話にはなりにくいだろう。評判の悪い「一億総活躍」というキーワードは、そのことを今から暗示しているのではないか、と筆者は邪推している。
- 吉崎達彦(かんべえ)
- 双日総合研究所取締役副所長・同主任エコノミスト。



