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海洋生物のサプライヤー 駿河湾の魅力を世界に発信 石垣幸二(沼津港深海水族館館長) - 吉永みち子

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「深海」と「シーラカンス」がテーマの世界のどこにもない水族館をオープン、短期間で人気施設に育て上げた。
海洋生物のサプライヤーとしての経験と常識を打ち破る斬新なアイデアで未知なる世界の魅力を発信し続ける。

 目の前に駿河湾が広がる沼津港。飲食店や海産物の店が続く市場街に、回転寿司や海鮮丼や深海魚バーガーの店と並んで、目指す沼津港深海水族館があった。全貌が完全に把握できる二階建て。「え?これが水族館?」と思うほど小さい。が、平日なのにひっきりなしに人が吸い込まれていく。

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 入口を入ると、即、展示スペース。水族館のポロシャツを着た館長の石垣幸二も、入口付近を見回せばすぐに見つかった。

 「とにかく展示を見てください。小さいですから。延べ床面積1,000平方メートル程度です」

 ちなみに東京都の葛西臨海水族園は14,772平方メートル、沖縄美(ちゅ)ら海(うみ)水族館は19,199平方メートル。財団や地方公共団体などが運営管理する水族館が多い中、ここは佐政(さまさ)水産という地元の水産会社が建て、石垣に管理を委託している。会社の土地に商業エリアをつくる際に、食だけでなく何か地元で自慢できるものをつくりたいという思いから、「海の手配師」の異名を取り水族館に魚の供給をしていた石垣と相談しながら開設したのだという。そんな沼津の小さな水族館が今年3月、2011年12月の開館から3年余りで来館者が100万人を突破した。まさに快挙といっていい。

 「まず最初は、浅い海と深い海を対比させた九組の水槽から。あ、ちょうど生き物実験室の始まる時間です。面白いからこれもぜひ見てほしいな」

 白衣を着た若い館員が、刺激を受けると粘液を出すヌタウナギの実験を始め、その周りを埋めた人たちから歓声があがる。すぐ近くのカーテンで仕切られた真っ暗なスペースには、蛍のような発光体が群れ飛んでいる。

 「深海生物には発光能力をもっているものがいます。この暗い水槽の中ではヒカリキンメダイが泳いでいるんです」

 狭いスペースには深海をイメージさせる音楽が流れ、耳を傾けているうちに外の人の気配や話し声が徐々に消えていき、しだいに狭さを忘れ深い海の底にいるような気分になってくる。展示ごとにBGMを工夫するのも石垣のアイデア。

 「2階はシーラカンス・ミュージアムで、冷凍2体、剥製3体が展示してあります。世界でもここだけですから。3億5000万年も前から姿形を変えずに生き続け、生きた化石と言われるシーラカンスの冷凍保存体を見て、涙をこぼしていた女性がいました。知識として見るのではなく、深海から何かを感じ取ってもらえたのかも」

 水槽に額を付けてのぞき込む子どもや、どこかグロテスクな風貌の生き物に「何これ?ウソ~。でもかわいい」と興味を示す女性たち、実験に驚きの声で反応する人たちを眺める石垣は、とってもうれしそうだ。

 漁港の飲食店街で海の幸を堪能した人たちが、目の前の水族館に気が付き、ついでに気軽に立ち寄る。入ってみると、未知の深海にちょっとだけ、でも確かに触れた印象が残る。深海は光が届かないから暗く、水温は低くて冷たい。水圧も高い。それゆえに静寂で頑固なまでに変わらない世界なのだと知る。

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深海と浅い海の生物の比較展示がユニークな1階フロア。赤いライトに照らされたダイオウグソクムシ(左下)の水槽が目をひく 拡大画像表示

世界で唯一の「深海水族館」

 「地球上で一番高いのは8,848メートルのエベレスト。一番深いのはマリアナ海溝最深部で1万911メートル。探索は水深1万メートルまで潜水艇で行われていますが、ほとんど未知の領域なんです」

 エベレストの山頂に立った人はいるけれど、マリアナ海溝に人は立てない。宇宙ステーションに人が滞在し、ときには船外に出て作業できる宇宙よりも遠く謎の多いのが深海なのかもしれない。二年前、NHKがダイオウイカの泳ぐ姿を世界で初めて撮影した映像を放映して深海ブームが始まったと言われるが、この水族館のオープンはそのほぼ一年前だ。

 「深海への関心が高まったのは追い風でしたが、それにしてもこんなにたくさんの人が来てくれたのは予想外でした。でも、死にもの狂いで来てもらえるよう考えたんですよ」

 駿河湾は港から20分も船で行けば深海魚の漁場で、最深部は2,500メートルという日本一深い湾は、進化や生命を考えることができる貴重な財産。世界が注目する深海にコンセプトを定め、シーラカンス5体という目玉を取得。これでオンリーワンになれるし人は来てくれると自信の皮算用をしていたころ、ある人から全否定されたのだという。

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 「あんたにはストーリーがないって。ただすごいだろう、貴重なんだぞっていうオンリーワンじゃ、人なんか来てくれないって」

 石垣に冷水をぶっかけたのは「よしもとおもしろ水族館」開設の折に知り合った、吉本興業側の総責任者だった比企啓之(ひきひろゆき)館長だった。

 「水族館に魚が好きでやってくる人は10人に1人もいない。そのうえ死んでる魚をだれが見るんや、だれが感動するんやって。そんなもんアウトやって言われて頭にもきたし、ショックで落胆もしました。本当にアウトなら、もう僕の人生もアウトですから」

 しかし、計画は進んでいる。アウトにしないためにはどうすればいいのか。目玉だと信じるシーラカンスを一度否定し、だれもシーラカンスにも深海にも興味はない、だからだれも見に来てくれないというところから、水族館構想を練り直すことに腹を決めたという。

 何となく深海に魅力を感じているけれど、そもそも深海って、どこからが深海というのだろう。そんなことも曖昧なままふらりと立ち寄った9割の入館者にとっては、専門的な価値基準は提供側の思い込みにすぎず、むしろ距離を広げてしまう。

 「一般的に水深200メートルより深いと深海と呼びます。200メートルで太陽の光は届かなくなり、暗くて冷たくて海水温差が少なく、光合成で生きる植物プランクトンがなくなる。それをエサにする小魚がいなくなり、小魚をエサとする大型の魚も生きていけない。そこを境に生態系が変わってしまうんです」

 それなら水深1万メートルの海はいったいどんな世界なのだろうか。想像はどんどん膨らみ、海と海の生き物について語る石垣の話もどんどん熱を帯びてくる。このままでは、主役が深海と深海魚になってしまう。やや強引に、石垣がなぜ、かくも海に深く潜る生き方をするようになったのかまで戻してみる。

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