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ノームコアとマツコ・デラックス

「衣服にこだわるなんて、もはやそれ自体がカッコ悪いことで、鍛え上げられた健康な肉体さえあれば、なんでもないTシャツを1枚、さらっと着ているのが最もカッコいい」。

さて、こちらは私の意見ではなく浅子佳英・宇野常寛・門脇耕三の共著『これからの「カッコよさ」の話をしよう』の冒頭で登場する、あるトークイベントで登壇者が提唱したらしいファッション観なのですが、あなたはこの価値観に、同意しますか? それとも、疑問を呈しますか? ちなみに、私はわりと単純なので、あと最近けっこう健康志向なので、最初は「うん、まあそうか」とすんなり受け入れておりました。

しかし、『これからの「カッコよさ」の話をしよう』は、おそらく「ノームコア」的なファッション観をさらに発展させた上記の意見に対する、否定から話が始まります。おそらく大多数を占める五体満足な健康体を持った我々は、特に意識しなければ、上記の価値観をそれほど違和感を持って受け止めはしないでしょう。最近ちょっとぽっちゃり気味な方などは、このファッション観に同意して、頑張って痩せようという気になったりするかもしれませんね。

リンク先を見るこれからの「カッコよさ」の話をしよう

『これからの「カッコよさ」の話をしよう』はこちらのファッション観のどういったところに疑問を投げかけているのかというと、「服装そのものはシンプルでいい、健康な体こそがカッコいい」という考えは、裏返すと「健康な体を持っていなければ何を着てもカッコよくない」、つまり五体不満足の方やなんらかの障害を持っている方を排除してしまうのではないかということでした。

「正しさ」と「好み」の問題

さて、上記のような考え方を紹介すると、「そんな重箱の隅をつつくようなことをいわなくても……」みたいな反応をする人がきっといると思うんですよね。Twitterで「シーザーサラダが美味しい」とツイートすると、「シーザーサラダが食べられない人だっているんですよ!」みたいなクソリプが飛んでくるとかこないとか、そういう話と同種と捉えてしまうこともありそうです。というか、私自身が「それはそうかもしれないけど~そんなに気にして怒らないといけないようなこと?」と最初は思っていました。

どういった体が健康的であるといえるのか、どういった体が美しいといえるのか。「健康」とは人間ドックの数値からわかるようなものなのか。太った人や極端に痩せている人の体は美しいといえないのか、いえないとしたらそれはなぜか。このあたりの身体の問題は考え始めるとおそらくかなりややこしい事態になるので、今回は深入りしません。だけど本書をよく読んでよく考えてみると、上記のファッション観の何が問題なのか、少しずつわかってきます。

『これからのカッコよさの話をしよう』で指摘されていた最大の問題点は、なかなかきわどいところではありますが、冒頭のようなファッション観が「正しさ」とともに提唱されてしまっている、という部分でした。太った人が奇抜なファッションをするおしゃれ、健康的で鍛え上げられた体を持つ人がシンプルなファッションをするおしゃれ、どちらも同じくらいカッコいいのだけど、自分は後者を選択する。なぜなら個人的なシュミの問題として、そのほうが好きだからだ。そういういい方をしないとダメだ、ということをいっています。

とはいえ、人がある価値観を支持するときにそれが「正しさ」に基づいているのか、「好み」に基づいているのか、見極めが難しいところではあります。本書を読んでも、「それってやっぱり重箱の隅をつついてんじゃないの?」という気が私はしてしまったのですが、冒頭の価値観はトークイベントでそれをいった張本人よりも、提唱された価値観を鵜呑みにしてウンウンと頷いてしまっている聴衆のほうにより大きな問題があるのかなあという気がしました。

本書では冒頭に登場するこのファッション観以外に、『かもめ食堂』なんかも見方によっては息苦しいイデオロギー映画になってしまうということが語られていて、まあそれは考えすぎかなという気がしつつも、なんかわかる、とはやっぱり思いました。ある価値観、あるライフスタイルを選択することは間違いではないし、多かれ少なかれだれだって選択しなきゃいけないものなのだけど、映画や書籍やウェブメディア、あるいはトークイベントなどで、それのいい面やきれいな面ばかり伝えてしまったり、正反対の価値観を提示しなかったりすると、まるで「好み」ではなくて「正しさ」を強調してしまっているように見えてしまうことがあります。それだけが理由というわけではないのだけど、そういえば私もあんまり『かもめ食堂』は好きじゃない映画だなと思い返しました。まあ普段好きこのんで観ているのがシュヴァンクマイエルとかなので、そりゃああんたの趣味には合わないでしょうねというそれだけの話でもありますが。

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ある価値観を提唱することによって観客・聴衆が「ウンウン、その通り!」となってしまうことは、場が一体になって盛り上がるので一見そっちのほうがいいのかなとも思うのですが、実はあまり褒められたことではないのかもしれません。観客・聴衆に、「なるほど。でも、本当にそうかな?」と考えさせる余地、疑問の余地を残したほうがいい。ある価値観を提唱したいのならば、「正しさ」ではなく「好み」で選択してもらうべきだ――というのが本書『これからのカッコよさの話をしよう』のメッセージであると私は受け取ったのですが、頭ではわかっていても実行するのはなかなか難しいです。だって、別に特定のスポンサーがついているわけでなくても、やっぱり1人でもたくさんの人の同意が欲しいもんね。

自分と相反する価値観を視野に入れておくこと、正反対の価値観を一緒に提示するということは、忘れてしまいがちだけどけっこう大切なことです。私は健康な体にシンプルな服を身に纏うことはやっぱりカッコいいと思うけど、それでも巨体とド派手なドレスでまわりを威圧するマツコ・デラックスも同じくらいカッコいいと思う。ノームコアを選ぶか、マツコを選ぶかは、優劣や正しさではなくて好みの問題であるべきなのでしょう。冒頭のファッション観を提唱された登壇者、そしてトークイベントの会場にいた方に、ぜひとも「ねえマツコは? マツコはダサいの?」と聞いてまわりたい衝動に私は駆られました。

★★★

『これからの「カッコよさ」の話をしよう』は他に、インテリアデザインの話やより深いファッションの話が展開されていくのですが、私はインテリアデザインやファッションには疎いので固有名詞があまり理解できず、そのあたりはちょっとおあずけです。気になる方はぜひどうぞ。

本書は9月に京都で行なったトークイベントで対談した倉津拓也(@columbus20)さんにご紹介いただいたのをきっかけに読みました。 aniram-czech.hatenablog.com

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