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- 2015年11月02日 06:28
「今年の夏で死ぬんじゃないかと思ってた」 SEALDsメンバーが振り返る「安保反対運動」
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安保法案に反対するデモで注目を集めた学生グループ「SEALDs」(自由と民主主義のための学生緊急行動)。その中心メンバーと作家の高橋源一郎さんが議論した書籍『民主主義ってなんだ?』が話題になっている。河出書房新社から9月に出版された同書は、安保法案の成立時期と重なったこともあって反響を呼び、発行部数は1カ月で8万部に達している。
その一方で、彼らが「本当に止める」と反対していた安保法制は国会で可決され、抗議活動もいったん収束したかにみえる。あれから1カ月以上が経った。SEALDsの若者たちは、全国的に大きな関心を集めた自分たちの抗議活動をどう総括するのか。そして、いま、なにをしていて、どこへ向かおうとしているのか。
本の中で「民主主義とは何か」について語り合ったSEALDsの奥田愛基さん(明治学院大学国際学部4年)と牛田悦正さん(同社会学部4年)、芝田万奈さん(上智大学国際教養学部4年)が10月23日、東京・新宿のブックファースト新宿店のイベントスペースに登場し、高橋源一郎さんの進行のもと、それぞれの「いまとこれから」について語った。(取材・構成:亀松太郎)
芝田:SEALDsとしては、法案が通ってしまったのはすごく悔しい。「本当に止める」と言っていたし、「本当に止められるかもしれない」と思ってやっていたので、素直に悔しかったです。
ただ、(安保法制の反対運動を通じて)政治家が変わったと思う。(SEALDs開始当初の)5月、6月に、奥田くんと一緒にいろんな政治家に会いにいって「この法案はちょっとヤバいと思うんですが、何かできませんか」と話していたときは、「そうだね」と適当に聞いてくれただけだった。
でも、8月ごろになると、政治家のほうから電話があって「一緒に手伝えることない?」と聞かれるようになった。9月の参議院の最後の審議のときも、国会の「外」の声を聞いていてくれた。それはすごい良かったなと思う。政治家にはあまり期待していなかったけれど、安保法制が成立したあとも、政治家に会いに行くと「これからが戦いだよね」と言われます。今後も何か一緒にできそうだなと思っている。
個人としては、SEALDsのメンバーのなかにはいろんな人がいるけれど、その一人ひとりの良さが生きたと思っています。「自分はこれができるから、これをやる」という感じでやっていたので、それぞれが工夫していろんな活動が回っていた。あとは外部で協力してくれるデザイナーとか映像クリエイターとか文化人とかも含めて、幅広いつながりができた。
奥田:芝田さんは、泣きながらやっていたよね(笑)
芝田:始めの頃は「なんで私がこんなことしなきゃいけないんだろう」と思いながら、やっていました(笑)。
奥田:僕が前に出てしゃべっている裏で、どの政治家とどの時間に会うかとかの調整をしてくれてたんですよね。政党との関係もいろいろあるので、だれに挨拶しないといけないとか、だれが来るとだれが来れないといったことの調整をやっていた。打ち合わせのたび、芝田さんが泣きながら来ていた(笑)気が…
高橋:有能な秘書みたいですね(笑)
芝田:本当に忙しかった。でも、すり減ってはいないです。最後は、ニンニク注射を打ちにいったりしていましたけど(笑)
高橋:牛田くんの総括は?
牛田:公的な総括としては、デモがわりと普通になってきたというか、「デモに影響力はない」とか「デモに意味あるのか」と言うことがダサいと感じられるくらいに、デモが一般的になったということが、日本社会にとってすごく大きいと思う。デモに関する言説が変わってきたと実感している。「デモをやろう」という話が普通になってきた。
個人としては、僕には「社会運動は片手間にやっていかないといけない」という意識がある。自分の道があって、その片手間にやるのがいいなと思っている。でも、実際には、あまり片手間にはできなくて……。今日も取材、明日も取材で、勉強もできないのは、ちょっときついなぁ、と。自分の基本は、昼の3時ごろに起きて、夜7時ごろから起動という感じなのに、夜になると国会前に行くので、国会前で過ごして終わりという感じになっていた。今後は、生活リズムをしっかりしたい(笑)
高橋:牛田くんの話を聞いていると、SEALDsがあってもなくても同じような感じだよね(笑)。影響を受けない人なの?
牛田:そうですね。状況とか人から、あまり影響を受けない。基本的に閉じこもっているので。
高橋:「明るいひきこもり」だ(笑)。
牛田:僕は、2ちゃんねるで「音の出るゴミ」と言われている(笑)。それは、すごい好き。ひどいことを言われたら無視するけど、面白い批判だったらいい。「音の出るゴミ」って、なかなかいいじゃないですか。ただのゴミじゃないので。
高橋:牛田くんみたいな人間が社会運動の先頭に立っているというのは、ある意味、画期的だなあ(笑)。
牛田:運動が義務になったら終わり、と思っています。
高橋:では、奥田くんの総括は?
奥田:(著名な憲法学者の)樋口陽一先生や小林節先生がデモに来てくれるのが普通になったけど、あの人たちがデモに来たのは40年ぶりのこと。源一郎さんも実は同じ。(デモについて)ほぼゼロというところから始まって、ここまできた。たしかに力が及ばなかった部分もいっぱいあって、それは悔しいし、結果はダメだったけど、いままで「若者は政治に無関心」と言われていたり、学問と政治の関係はうんぬんと言われていたのを超えて、ここまで広がったのは、すごくいい変化だったと思う。
個人としては、もともとはあまり自分の話をしたくなかった。親がどうだとか。でも、やっていくうちに、どういう人がやっているのかとか、個々のメンバーがいろいろなことがありながらここにきた、というのも大事だと思って、ちょっとずつ自分の話もするようになった。結果としては、なんか出すぎてる気が…。(笑)
いま終わってみて、もう少し落ち着いて色々考えたいな、と思っている。何かをずっと言い続けていると、スッカラカンになってしまうから。8月15日ごろは、ヤバかった。あのころは結構、心の余裕もなくてスッカラカンの状態だった。
牛田:千鳥ヶ淵(の戦没者墓苑)に行ったとき?
奥田:そうそう。初めて、取材中に初めて記者の人にキレそうになって。あのときは、精神的にヤバかった。
高橋:何があったの?
奥田:あるテレビ局がSEALDsのドキュメンタリーを撮っていて、ずっと追いかけていたんですよね。千鳥ヶ淵に行ったときは「黙祷するだけで、色々聞かれても答えられないし、聞かないで」と言っていたのに、いろいろ聞かれた。僕も初めは答えていたけど、「70年前の死者の人たちと向き合ってみて、どんな気持ちでしたか?」とか聞かれて……。でも、どんな気持ちなんて、一言で言えるわけがないじゃないですか。まだ言葉になっていなくて、自分の中でこらえている瞬間が人間にとって大事なんだけど、それをずっと言わされ続けるというのは、すごくきつい。
そのときに「わかんないです」とか答えていたら、何か落ち込んでいると思われたみたいで、取材していた人が「いまは『本当に止める』という気持ちが揺らいでいますか?」と聞かれて…「揺らいでいるわけないだろ!」とキレて笑。そのあと、みんなと別に一人だけ帰ってしまった。そのときは、スッカラカンになっていたんだと思う。その時に比べたら、今は本を読める時間もできて少しは余裕あります。
その一方で、彼らが「本当に止める」と反対していた安保法制は国会で可決され、抗議活動もいったん収束したかにみえる。あれから1カ月以上が経った。SEALDsの若者たちは、全国的に大きな関心を集めた自分たちの抗議活動をどう総括するのか。そして、いま、なにをしていて、どこへ向かおうとしているのか。
本の中で「民主主義とは何か」について語り合ったSEALDsの奥田愛基さん(明治学院大学国際学部4年)と牛田悦正さん(同社会学部4年)、芝田万奈さん(上智大学国際教養学部4年)が10月23日、東京・新宿のブックファースト新宿店のイベントスペースに登場し、高橋源一郎さんの進行のもと、それぞれの「いまとこれから」について語った。(取材・構成:亀松太郎)
安保法制反対運動をどう総括するか?
高橋:安保法制に反対する運動は9月19日の参議院可決で、一応終わったといえるでしょう。それから1カ月が経ったけれど、SEALDsのメンバーたちはいま何を考えていて、どこへ向かっていこうとしているのか。まず、安保法制への反対運動について、どう総括するのか。3人それぞれの公的な総括と私的な総括をわけて話してほしいと思います。芝田:SEALDsとしては、法案が通ってしまったのはすごく悔しい。「本当に止める」と言っていたし、「本当に止められるかもしれない」と思ってやっていたので、素直に悔しかったです。
ただ、(安保法制の反対運動を通じて)政治家が変わったと思う。(SEALDs開始当初の)5月、6月に、奥田くんと一緒にいろんな政治家に会いにいって「この法案はちょっとヤバいと思うんですが、何かできませんか」と話していたときは、「そうだね」と適当に聞いてくれただけだった。
でも、8月ごろになると、政治家のほうから電話があって「一緒に手伝えることない?」と聞かれるようになった。9月の参議院の最後の審議のときも、国会の「外」の声を聞いていてくれた。それはすごい良かったなと思う。政治家にはあまり期待していなかったけれど、安保法制が成立したあとも、政治家に会いに行くと「これからが戦いだよね」と言われます。今後も何か一緒にできそうだなと思っている。
個人としては、SEALDsのメンバーのなかにはいろんな人がいるけれど、その一人ひとりの良さが生きたと思っています。「自分はこれができるから、これをやる」という感じでやっていたので、それぞれが工夫していろんな活動が回っていた。あとは外部で協力してくれるデザイナーとか映像クリエイターとか文化人とかも含めて、幅広いつながりができた。
奥田:芝田さんは、泣きながらやっていたよね(笑)
芝田:始めの頃は「なんで私がこんなことしなきゃいけないんだろう」と思いながら、やっていました(笑)。
奥田:僕が前に出てしゃべっている裏で、どの政治家とどの時間に会うかとかの調整をしてくれてたんですよね。政党との関係もいろいろあるので、だれに挨拶しないといけないとか、だれが来るとだれが来れないといったことの調整をやっていた。打ち合わせのたび、芝田さんが泣きながら来ていた(笑)気が…
高橋:有能な秘書みたいですね(笑)
芝田:本当に忙しかった。でも、すり減ってはいないです。最後は、ニンニク注射を打ちにいったりしていましたけど(笑)
高橋:牛田くんの総括は?
牛田:公的な総括としては、デモがわりと普通になってきたというか、「デモに影響力はない」とか「デモに意味あるのか」と言うことがダサいと感じられるくらいに、デモが一般的になったということが、日本社会にとってすごく大きいと思う。デモに関する言説が変わってきたと実感している。「デモをやろう」という話が普通になってきた。
個人としては、僕には「社会運動は片手間にやっていかないといけない」という意識がある。自分の道があって、その片手間にやるのがいいなと思っている。でも、実際には、あまり片手間にはできなくて……。今日も取材、明日も取材で、勉強もできないのは、ちょっときついなぁ、と。自分の基本は、昼の3時ごろに起きて、夜7時ごろから起動という感じなのに、夜になると国会前に行くので、国会前で過ごして終わりという感じになっていた。今後は、生活リズムをしっかりしたい(笑)
高橋:牛田くんの話を聞いていると、SEALDsがあってもなくても同じような感じだよね(笑)。影響を受けない人なの?
牛田:そうですね。状況とか人から、あまり影響を受けない。基本的に閉じこもっているので。
高橋:「明るいひきこもり」だ(笑)。
牛田:僕は、2ちゃんねるで「音の出るゴミ」と言われている(笑)。それは、すごい好き。ひどいことを言われたら無視するけど、面白い批判だったらいい。「音の出るゴミ」って、なかなかいいじゃないですか。ただのゴミじゃないので。
高橋:牛田くんみたいな人間が社会運動の先頭に立っているというのは、ある意味、画期的だなあ(笑)。
牛田:運動が義務になったら終わり、と思っています。
高橋:では、奥田くんの総括は?
奥田:(著名な憲法学者の)樋口陽一先生や小林節先生がデモに来てくれるのが普通になったけど、あの人たちがデモに来たのは40年ぶりのこと。源一郎さんも実は同じ。(デモについて)ほぼゼロというところから始まって、ここまできた。たしかに力が及ばなかった部分もいっぱいあって、それは悔しいし、結果はダメだったけど、いままで「若者は政治に無関心」と言われていたり、学問と政治の関係はうんぬんと言われていたのを超えて、ここまで広がったのは、すごくいい変化だったと思う。
個人としては、もともとはあまり自分の話をしたくなかった。親がどうだとか。でも、やっていくうちに、どういう人がやっているのかとか、個々のメンバーがいろいろなことがありながらここにきた、というのも大事だと思って、ちょっとずつ自分の話もするようになった。結果としては、なんか出すぎてる気が…。(笑)
いま終わってみて、もう少し落ち着いて色々考えたいな、と思っている。何かをずっと言い続けていると、スッカラカンになってしまうから。8月15日ごろは、ヤバかった。あのころは結構、心の余裕もなくてスッカラカンの状態だった。
牛田:千鳥ヶ淵(の戦没者墓苑)に行ったとき?
奥田:そうそう。初めて、取材中に初めて記者の人にキレそうになって。あのときは、精神的にヤバかった。
高橋:何があったの?
奥田:あるテレビ局がSEALDsのドキュメンタリーを撮っていて、ずっと追いかけていたんですよね。千鳥ヶ淵に行ったときは「黙祷するだけで、色々聞かれても答えられないし、聞かないで」と言っていたのに、いろいろ聞かれた。僕も初めは答えていたけど、「70年前の死者の人たちと向き合ってみて、どんな気持ちでしたか?」とか聞かれて……。でも、どんな気持ちなんて、一言で言えるわけがないじゃないですか。まだ言葉になっていなくて、自分の中でこらえている瞬間が人間にとって大事なんだけど、それをずっと言わされ続けるというのは、すごくきつい。
そのときに「わかんないです」とか答えていたら、何か落ち込んでいると思われたみたいで、取材していた人が「いまは『本当に止める』という気持ちが揺らいでいますか?」と聞かれて…「揺らいでいるわけないだろ!」とキレて笑。そのあと、みんなと別に一人だけ帰ってしまった。そのときは、スッカラカンになっていたんだと思う。その時に比べたら、今は本を読める時間もできて少しは余裕あります。









