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投資コミュニティから世間に富を再配分している(かもしれない)Theranos


昨日、TheranosのCEO、エリザベス・ホームズの壇上インタビューをストリーミングで見て、なんだか悲しくなってしまった。

Theranosは話題の医療ベンチャーで、CEOが19歳、スタンフォード大学の化学工学2年生の時に大学をドロップアウトして創業した。「指先を針で突いて出しただけの少量の血液で200種類以上の血液検査が迅速かつ安価に出来る」というのが売りで、昨年の6月には$308 million、約360億円を調達し、時価総額は90億ドル、と言われる。

エリザベス・ホームズは株式の半分を所有しているとされ、「史上最年少の自力でビリオネアなった女性」と話題になった。しかも彼女は非常に目に優しい(冒頭のビデオの人。これはちょっと怖いが、会社のプロモーションビデオなので気合が入りすぎているのかも)。

しかし、先週Wall Street Journalが半年かけて取材したTheranosの告発記事を掲載したことで、「え、Theranosガセだったの!?」と、CNBCのテレビ番組でインタビューされたりして騒然となった。90億ドルとはいえ未公開企業になぜそこまで注目が集まったかといえば、Theranosはすでにサービスを一般に対して提供していたことも大きい。しかもその内容は医療診断。それが信用ならないとは由々しき事態である。

Theranosのビジネスモデルは、「提携先のドラッグストアで集めた患者の血液を小さなカプセルに入れてTheranosの診断センターに輸送、そこで分析した結果を送る」というもの。「少量の血液で迅速・安価に検査できる革新的技術」が売りなのだが、その「革新的技術」の内容は「企業秘密」として語られず謎に包まれていた。

Wall Street Journalの主張は

  • Theranosの技術で診断ができているのはごく一部で、それ以外は市販されている診断機器を使っている
  • 普通の診断機器では腕からたくさんの血を取る。Theranosが集める少量の血液では足りないので薄めて使っている
  • Theranosの診断結果は信頼性が低い
  • しかもTheranosは当局の規制をごまかす方策を取っている

といった会社の存在意義をゆるがすもの。

そして昨日、当のWall Street Journalが開催するWSJD Liveというコンファレンスでエリザベス・ホームズの登壇した。記事が出る前から予定されていたものではあるが「来ないんじゃ」という大方の予想を裏切って本人登場、激しい反論を繰り広げた。

ちなみに、私、Theranosが創業した頃、コンサルティングの仕事で血液診断関連のプロジェクトを相当長期にわたってしており、大小の関連企業や医療関係者、アカデミアの人などにもたくさん会った。その後医療からは足を洗って(?)古巣のITハイテクにフォーカスして仕事をしており、Theranosが話題になったここ数年は「ふーん、そんな会社があるんだ」というくらいの関心しかなかったのだが、若い女性の創業者ということで是非頑張って欲しい、と思っていた。しかし、壇上インタビューで彼女が語っていることは結局Wall Street Journalの元記事の内容を根本的にくつがえせるものではなく、「いや、これはいくらなんでも90億ドルはないな」と悲しくなってしまったのである。

昨日のインタビューはリンク先に全編公開されているが、結局彼女が言っていることは「自社技術で診断してるのは1種類だけ。あとは他社の診断機器を使っている」ということじゃないでしょうか。がーん・・・それって、ただの血液診断ラボではありませんか。

そして、彼女は「当局のルールに則った許認可をきちんと受けている」と何度も何度も言っているのだが、その中身は、

  • CMSという組織が主体となって管理するCLIA
  • FDAという省が管理する医療機器の許認可(510(k)
  • 同じくFDAが管理するQSRという医療機器向け品質管理(ISOのような)

といったものを取り混ぜて語っている。しかも血液を輸送するカプセルと診断機器の許認可は別のものなのに、それもあまり区別せずに話していて、私にはどうしても「聞いている一般人を煙に巻くための詭弁」に聞こえてしまう。

Theranosはもともと「開発した機器を売るわけではなく、集めた血液を自社運営の検査ラボで分析するだけだから医療機器としての認可はいらない」という判断で医療機器認可を受けずに事業を開始したのだが、FDAからのプレッシャーで130種類の検査についてデータを提出、うち一つのヘルペス検査について今年の夏に認可を受けた、という経緯がある。さらに、自社技術を開示せず、論文を出してピアレビューを受けることもなく、ボードメンバーも医療に関係ない人ばかり、ということで、「うさんくさい」という噂はチラチラはあった。

そして今回の壇上インタビューでは途中「Theranos is a clinical lab company」とCEO自ら言い切った。つまり、「(革命的な医療機器ベンチャーではなく)、検査ラボの会社なのだ」ということですよね。ちなみに検査ラボは全米を2社が牛耳っており、Questという会社が売上74億ドルで時価総額90億ドル、Lab Corpという会社が売上60億ドルで時価総額110億ドル。Theranosがその2社と同じほど価値があるって・・・・ないですよねぇ。

ちなみにWSJD Liveでの質問は当然のことながら厳しいもので、それに対応するエリザベス・ホームズは質問に直接答えず回りくどい(そして脇道にそれる)許認可や、取材プロセスの是非について延々と語っており、ストリーミングの荒い画面では途中から涙目になっているように見えたのだが、後でちゃんとした映像を見たら全然泣いてなかった。さすがである。・・・というか、こういう修羅場をたくさん乗り切ってきたのかも。

というのも、Theranosの「マイクロ流体で少量の血液で検査」というアイデアは、Theranosが登場する前からずっとあるのだが、これが結構難しいのだ。マイクロ流体で大きな事業になったものといえばプリンタぐらいでしょうか。このアイデアで、大学2年生が、あまりパッとしない景気だった2003-4年に資金調達して会社を始めたのはすごい。(というか、お金を出した人がすごい。)しかし、きっとお金を集めてしまった後「やっぱりそう簡単にできない」とわかった後の苦難は相当なものだっただろう。そういえば昔「CDにマイクロレベルの溝をたくさん作って、中心に血を垂らしてCDプレーヤー状のものでくるくる回して血を外側に押し出しながらたくさんの検査を同時にする」というアイデアのベンチャーもあったが実現せず、確か創業者は姿をくらましたような。とはいえ、Theranosも「すべてがガセ」というわけではなく、ヘルペスだけ、とはいえ検査機器として認可をきちんと受けたわけだし、それ以外にも130もの診断項目のデータを提出した、というのは涙ぐましい努力である(ちなみに1項目でも涙ぐましく大変。)その中から追って認可が下りる項目もあるだろう。

とはいえ。

2003年に「何種類もの血液検査がその場できるハンドヘルド機器」を開発するi-Statという会社がアボットに買収されたが、お値段は4億ドル弱であった。また、マイクロ流体を使った検査・医薬開発のCaliperという会社は2011年に6億ドルで買収された(この会社は、というかこの会社も、事業開発の担当者まで医学・バイオ系のPhDばかりだった。医療系はそういうベンチャーがたくさんある)。ということで、「血液検査」「マイクロ流体」といった要素単体だと、Theranosの90億ドルという時価総額を正当化するのはなかなか難しい。

+++

しかし、一方で「安価な検査を一般に広く提供する」というのは確かに激しく意義深い事業である。アメリカの血液検査は超お高い。しかも、医者と検査ラボが別運営になっていることも多く、医者から「じゃあ、Questのラボに行って、これとこれ検査してきてねー」などと紙を渡され、「ちなみに、それっておいくら?」と聞くと、「さぁ、知らない」となって、実際検査してみたら自己負担分だけで200ドルの請求書が来た、などということもある。

よって、自社開発機器を使おうが、市販の機器を使おうが、安価に検査を提供するラボ会社が市場に参入するのは大変素晴らしい。Theranosにはむしろ、

「がっちり普通の採血していいから、市販の機器で普通に検査して正確な結果を出して欲しい」

と言いたいくらいである。

ただし、これがベンチャーキャピタル(とプライベートエクイティ)から集めた資金で補填された赤字事業で、そもそも限界費用の方が売値より高かったりすると、安い検査が提供できるのは自転車操業が回っている間だけの束の間の夢になってしまう。

そういえば、「1時間でなんでも配達」という、Amazonの当日配達よりすごいビジネスのKozmo.comというベンチャーがドットコムバブルの頃ニューヨークにあった。1999年から2000年にかけて約2億5千万ドル(1ドル100円で250億円)調達したが2001年に倒産。ニューヨークの人はKozmoの倒産を残念に思ったことでしょう。

アメリカの医療は大きく崩壊しているわけで、Theranosには、なんとか投資業界を煙に巻き、これからも安い検査を広く一般に提供し続けて欲しい。たとえベンチャー自転車操業でも民間による富の再分配だ。がんばれエリザベス・ホームズ。

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