- 2015年10月23日 10:46
全米で拡大するVWへの集団訴訟原告第1号の訴状を読む - 加藤一真
本年9月18日、ドイツの大手自動車メーカーであるフォルクスワーゲン(VW)が、そのディーゼルエンジンに搭載したソフトウェアによって排ガス規制を潜脱していた、との発表がなされた。それからわずか数週間しか経過していないが、この間各国の行政・司法・立法当局を巻き込んで、様々な動きが噴出している。本稿では、これらの動きについて整理する。
まず事実関係を確認すると、VWの不正を最初に公表したのは米国環境保護局(EPA)である。そのプレスリリースによれば、VWのディーゼル車は、通常走行時には最大で基準の40倍ものNOx(窒素酸化物)を排出するにもかかわらず、不正なソフトウェアの使用により、試験時には排出基準をクリアする結果となっていた。VWも不正ソフトウェアを使用したことを認め、謝罪している。
この不正により、独VW、その子会社である独アウディ及び米国VWに対して、米国大気浄化法違反の疑いがかけられている。当初調査対象とされたのは、2009年から2015年までの年式の4気筒ディーゼル車であり、該当する車両は、米国で2008年以降、約48万2000台が販売されていた。
その後VWは、不正ソフトウェアが搭載された車両が全世界で1100万台に上ることを明らかにして、これらにつき2016年1月からリコールを行い、同年末までに「修理」を完了させたいとしている(具体的にどう「修理」するのかも問題となるが、ここでは立ち入らない)。
日本では不正車両は正規販売されていない
問題のディーゼル車は、オーストラリアで約10万台、韓国で4000台から5000台、中国で1950台が販売されている。しかし、日本では、VWのディーゼル車は正規販売されていない。そのため、日本に個人輸入されたVWのディーゼル車は若干あるものの、日本のVWに対する日本当局の動きは、少なくとも表面上は見られない。後述する米国のように、訴訟が起こされたということもないようである。
むしろ、日本でディーゼル車を販売しているVW以外の自動車メーカーに対して、同様の不正がないかどうか、国土交通省が報告を求めるとしている。いわば、他社がVWの巻き添えを食っている格好である。
米国で莫大な制裁金と賠償金を課される可能性
深刻なのは、不正が最初に発覚した米国である。不正の発覚を受け、前述のEPAとともに、カリフォルニア州の大気資源委員会も、同時並行でVWに対する調査を開始している。調査結果によってはVWに民事制裁金が課される可能性があり、その金額は最大で約2兆1600億円にもなり得ると報道されている。
米国司法省も、VWに対する刑事訴追に向けた捜査を開始した。また、米国議会の下院では10月8日に公聴会が開かれ、米国VWの社長が出席して約2時間半に渡り証言を行った。公聴会は今後も開かれる予定である。
さらには、米国ではユーザーによるVWの提訴が続出している。いわゆるクラスアクション(集団訴訟)である。日本では考えられないことであるが、米国では、前述のEPAによる発表のわずか数時間後に、シアトルの法律事務所が最初のクラスアクションを提起した。その後提訴の数は増え続けており、最終的には数百件になると予想されている。
何年にも渡るクラスアクション対応
米国では、原告側専門の弁護士(plaintiffs bar)というジャンルが確立している。これらの弁護士は、企業に対するクラスアクションの提訴に特化しており、企業の不祥事が発覚すれば着手金なしでとにかく訴えを起こす。その後、自己の事務所のウェブサイトなどで原告となる条件を満たす人々(クラス構成員)を募集し、訴訟の規模を拡大していく。最終的に大規模訴訟となったクラスアクションで得られた多額の賠償金などから、事件によっては数十億円にも及ぶ報酬を手にする。クラスアクションは、原告側弁護士にとって一攫千金を狙う一大プロジェクトなのである。
そのため、今回のVWのような不祥事が明らかになると、クラスアクションが全米各地で提訴される。これらの訴訟は、7名の連邦判事で構成されたMDLパネルと呼ばれる機関の決定によって、いずれ1つの裁判所に集約される見込みである。その場合、集約された訴訟で代表を務める原告側弁護士(クラス弁護士)が裁判所から選任される。前述の莫大な報酬を受け取ることができるのは、このクラス弁護士として指名された弁護士である。そして、この指名を受けるための要素として、クラスアクションを進めるために費やした労力などが考慮されるため、我先にと提訴がなされるということになる。
一般に、今回のようなクラスアクションは、ほぼすべて和解で終了する。そのため、企業側がいくら支払ったのかが公開されないことが多いが、政府当局による罰金や民事制裁金の額などと比較しても、相当な多額になっていると推測される。例えば、トヨタ自動車が2012年に、米国での大規模リコールに関連するクラスアクションで支払った和解金総額は940億円であった。また、和解にこぎ着けるまで何年も要するのが通常であり、その間のディスカバリ(証拠開示)等の手続対応のほか、弁護士費用も被告側の会社にとって大きな負担となる。近年は日本企業も、例えば自動車部品やコンデンサなどの分野で、反トラスト法(独禁法)違反により多くのクラスアクションを起こされ、こうした負担を強いられている。今回のVWの件も例外にはならないであろう。
懲罰的損害賠償による巨額化
VWに対するクラスアクションの請求内容はどういうものであろうか。例として、前述した不正公表の数時間後に提出された訴状を見てみると、「秘匿による詐欺」のほか、カリフォルニア州の不正競争法や消費者法といったさまざまな法律の違反が主張されている。これは、原告第1号となったVWのユーザーが同州の住民だったことによる。
そして重要なのは、懲罰的損害賠償も請求されていることである。これは、加害行為の悪性が高い場合に、陪審の裁量により認められる賠償金である。実際の損害額に縛られないので、非常に高額な賠償が命じられることがある。今回のVWのケースでは、請求額が数千億円に達するとの見方も出ている。ただし、前述のとおり、クラスアクションは和解で終わるのが通例であり、実際の和解額はこれよりも下がる可能性もある。
VWについては、クラスアクションとは別に、各州や郡レベルでの提訴も予想され、また実際に提訴されたケースも出てきている。州レベルでは、ウェストバージニア州やテキサス州で提訴がなされている。例として、ウェストバージニア州での提訴では、州の消費者保護法違反に基づき、民事制裁金(違反1件あたり約60万円)のほか、車両購入者への損失補償が請求されている。これらの訴訟によるVWの負担も最終的に莫大なものとなり得る。
欧州での規制に対する批判
欧州では、市場の半数以上をディーゼル車が占めている。これは、EU(欧州連合)をはじめとする各国当局が、補助金や税制といった面で政策的なバックアップをしていることが大きい。今回問題となったVWのディーゼル車は、28あるEU加盟国だけで800万台(VWの発表台数の約73%)が販売されている。
にもかかわらず、今回の不正は欧州ではなく米国で発覚した。これを受けてEUでは、当局の規制のあり方に対して批判が高まっている。EUでは2007年に実走行での排ガス検査を定める立法がなされたが、これは現在もまだ実施されておらず、さらに実施延期が検討されている。自動車業界の強力なロビー活動がこの背景にあると言われている。また、EUの当局が以前からVWの不正を把握していたのではないかとの疑いも出ている。
一方で、EUレベルでは今回VWが用いたようなソフトウェアが2007年に禁止されたにもかかわらず、この禁止を実行する義務を負っていた各加盟国がその義務を怠っていたとの指摘もある。EUでは、1つの加盟国で認証を受けた車両は、EU全域で販売が可能となる。この認証台数を増やす(すなわち手数料収入を伸ばす)べく、各加盟国で認証手続を手加減するインセンティブが働いているのではないか、との懸念がある。実際、例えばVWグループのシュコダ(Skoda)は、チェコで生産した車両をわざわざ英国に運んで認証を受けているとのことである。EUで問題となることが多い、加盟国間のいわゆる「race to the bottom(最低基準への競争)」の一例といえる。
欧州でのVWに対する動きとしては、ドイツの司法当局、フランスの環境当局及びイタリアの競争法当局による調査が開始されている。ドイツでは、9月28日に、独VWのCEOをその5日前に辞任したばかりのヴィンターコルン氏を含む経営陣に対して刑事捜査が開始され、10月8日にはVW本社その他の関係先で捜索が行われた。
エンロンを上回る不祥事
VWは、リコール費用として約8900億円を計上したとされている。これだけでも莫大な金額であるが、予想される制裁金や損害賠償金を合わせると、さらにとてつもない金額に達することになるであろう。それだけでなく、各国当局対応の負担、そして何よりもVWブランドの失墜は、規制潜脱の対価としてあまりに大きなものである。今回の不正は、規模や悪質性であのエンロン事件を上回るとも評されており、他社にとってはコンプライアンス(法令遵守)の重要性を示す貴重な教材である。
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