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異なる政策を一括りにした「1億総活躍社会」 - 河合雅司

安倍晋三首相が打ち出した「1億総活躍社会」が分かりにくい。

首相は記者会見で「誰もが今よりも、もう一歩前へ踏み出すことができる社会を創る」と説明した。改めて確認するまでもないが、ここでいう「1億」とは「全国民」の意味である。すべての人が家庭や職場、地域において活動できる社会となるよう諸制度を見直そうということだ。人口減少で細り行く労働力人口を懸念し、働く意欲と能力のある人にはすべて働いてもらいたいとの期待もあろう。その是非は脇に置くとして、こうした説明ならば首相の意図はイメージしやすい。

では、なぜ分かりにくいかと言えば、安倍首相は同時に「少子高齢化に歯止めをかけ、50年後も人口1億人を維持する」とも語ったからだ。

「1億」という数字こそ同じであるが、「1億国民が活躍」と「人口1億人維持」とでは政策の性格が異なる。前者は人口減少に伴う社会システムの激変への対応策であり、後者は人口減少を根本から食い止めることが目的だ。「誰もが活躍できる社会」を実現できたからといって、人口減少に歯止めがかかるわけではない。更に言えば、「すべての人が活躍できる社会」とは理想であり、人口が増えようが、減ろうが目指すべきものであろう。

両政策は、取り組む時間の長さも、対象となる人も違う。「すべての人が活躍できる社会」を実現するための方策は成果が急がれる。これに対し、「人口1億人維持」のためのそれは、かなりのロングスパンで考えざるを得ない。異なる2つの政策を一括りにして説明するから混乱する。

混乱の素は「人口1億人維持」の説明の中にもある。安倍首相は「少子高齢化に歯止めをかける」としたが、これも誤解を解いておかなければならない。

間違えてはならないのは、高齢化は止められないという点だ。人間誰しも毎年1歳ずつ年齢を重ねるため高齢者数の将来予測は可能だ。その見通しによれば、2040年代初頭に向けて高齢者数は増えていく。

これに対し、安倍政権が今後できることといえば、出生数の減少にストップをかけることであるが、出生数が増えたとしても高齢者数が減るわけではない。ただし、出生数が増えれば高齢化率を下げることはできる。とはいえ、それは遠い将来の話だ。高齢者数が増える状況下で少子高齢化に歯止めをかけるとなれば、長期間にわたる爆発的なベビーブームでも起こらなければ難しい。

ここまで見てきただけでも、安倍首相の語る「1億総活躍社会」は整理されているとは言い難い。これでは、その方策である「新3本の矢」((1) 希望を生み出す強い経済、(2) 夢をつむぐ子育て支援、(3) 安心につながる社会保障)がぼやけたものになるのも当然である。

安倍首相はそれぞれの矢に目指すべき目標として「GDP600兆円の達成」、「国民希望出生率1.8の実現」、「介護離職ゼロ」を挙げ、2020年代の実現を目指すという。だが、どれが「誰もが活躍できる社会」のための政策で、どれが「50年後も人口1億人維持」にどう結びつくのか、スケジュールをどう描いているのか、見えてこない。

しかも、第1の矢、第3の矢は人口規模の維持につながる政策とは言い切れない。1本目の矢である「希望を生み出す強い経済」について、安倍首相は「明日への希望は強い経済なくして生み出すことはできない」と説明した。雇用が不安定であったり、低所得であったりするがゆえに、結婚や出産を諦めている若い世代は少なくなく、人口維持に経済成長は不可欠であることはその通りだ。一般論として言えば、「GDP600兆円」を達成すれば、若い世代を含めて国民全体の生活水準が上がり、結婚や出産をためらっていた若者の希望もかないやすくなるだろう。

だが、現実は、若い世代の多くが非正規雇用に置かれている。それどころか、安倍政権は外国人労働者を大量に受け入れ、「安い賃金で働く人」を増やそうとしている。こうした政策のチグハグさに頬被りをしたまま、「GDP600兆円」を唱えられても、若い世代が豊かさを享受できるようになるとは思えない。

非正規雇用の若者が増えている背景には、多くの日本人が、安くて良い商品を大量生産し利益を得てきた過去の成功モデルに固執していることがある。「国際競争に打ち勝つためには、従業員の賃金を抑制しなければならない」との発想だ。

しかし、それは他にライバル国が無かった時代が続いたことが可能ならしめたことだ。労働力人口が減っていくことを考えれば、高価格であっても付加価値の高い商品やサービスを作り出すことが求められる。発展途上国との賃金競争から脱却するようなビジネスモデルへと転換なくして、若い世代の「希望」は生まれない。ましてやベビーブームが到来するはずもない。

第3の矢「安心につながる社会保障」についても、安倍首相がアピールする「介護離職ゼロ」は、これまでは高齢者向け施策の意味合いが大きかった社会保障を若い世代の問題として取り上げたことは評価したいが、「人口1億人の維持」とは異なる政策である。介護離職をゼロにしたとしても、出生数の増加策には結びつかない。安倍首相が団塊ジュニア世代の介護離職に危機感を募らせたように、親の介護を具体的な問題として考え始めるのは40代後半や50代だ。こうした年齢層はすでに子供を産み終えている。企業活動に影響が生じる介護離職を減らしていく努力は極めて重要だが、それを少子化対策と関連づけようとするのは無理がある。

「人口1億人維持」という目標に直接アプローチするのは、第2の矢の「夢をつむぐ子育て支援」である。少子化や人口減少対策については、「産めよ殖やせよ」政策を想起させるとして歴代政権が見て見ぬふりをしてきたテーマだ。トップリーダーである首相が、自らの言葉で国民に直接「希望出生率1.8」の実現を目指すとしたことは意味がある。

だが、これにしても政府内の動きをみると政策目的を整理しないまま議論を進めようとする動きが見られる。子供の貧困対策だ。安倍首相の周辺は、これを目玉政策にしようとしているのだ。

むろん、子供の貧困は放置できない。成長した暁に社会の担い手となるはず、支えられる側になる恐れがある。だからといって1人親世帯への支援強化と少子化対策とを結びつけるのは違和感がある。貧しい世帯への支援は生活保護など福祉施策の拡充などで考えるべきことだ。少子化対策では、結婚したいのにできない、子供が欲しいのにためらう要因を分析し、その原因を取り除くことを優先すべきである。

このように未整理の部分が多い「1億総活躍社会」の実現であるが、「すべての人が活躍できる社会の実現」も「50年後も人口1億人維持」も日本にとって避けられない重要テーマであることに変わりはない。新三本の矢の中にも、個別の政策テーマとして急ぐべきものが多数見つかる。

であればこそ、それぞれテーマごとに内容をよく分類、吟味し、誰をターゲットにしているのか、短期的な政策か、中長期に取り組む必要がある課題なのか、きちんと色分けする必要がある。

政府の予算や人員には限りはある。スローガン先行の政治で国民が混乱し、官僚たちの力が分散した結果、「どの政策も中途半端に終わった」となったのでは元も子もない。

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河合雅司(産経新聞 論説委員)

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