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ドキュメンタリーの天国と地獄

私が担当するニコニコ・ドキュメンタリーは7月開始だから、まだ開始4カ月という事になるのだが、私は「世界まる見え!テレビ特捜部」の創設者だったからバイヤーとしては1990年からドキュメンタリーの買い付け及び放映に関わって来たことになる。フランスのカンヌで行われるMIP・MIPCOMと言われる世界のテレビ屋があつまる巨大マーケットから、北京の中国中央電視台の映像倉庫部屋まで、出来るだけ東京を離れて各国のテレビ局・プロダクションを訪れた。だからニコニコでドキュメンタリーを探すに当たって事前にそんな苦労は無いだろうとタカを括っていた。

しかし、最初の川上量生さんの指令は(私が提案したとは言え「BBCで腕を磨いた英国人一流スタッフによる『日韓問題』のタブーを深く抉る作品の製作をしよう。」とか、右翼の街宣他で上映中止になった「靖国」の放送権を北京で李 纓(リイン)監督と交渉し上映可能にするとか、日本上映1日の「南京!南京!」「日韓併合時代」等を描くドキュメンタリー・映画・ドラマの放映する)ことであった。川上さんは「地上波等では絶対に放送不可能な作品を地の果てまで捜してきて放映しましょう。反日映画・上映中止映画と呼ばれているものもふくめて、タブー・アンタッチャブルな題材を放映しましょう。しかし、興味本位の放映でない事を示すためにその後に、討論会をやって論点を洗い出しコントラバーシャルな形(論議が起こる形)にして両陣営の言い分を放映します。・・・そして既成のメディアが報道しない『本当のことがしりたい。』がこの企画のテーマです。」

そういう訳で、ニコニコ・ドキュメンタリーがチョイスした作品の1本1本にはそれぞれニコニコサイドの放映の意図が隠されている。ただ「面白い場面」「残酷な映像」「刺激的な映像」を見せてアクセス数を伸ばすという目的だけではなくニコニコの場合「それを世に出す意義」が問われて来る。

「タブーを出す」。これは地上波で放送するのはなかなか勇気のいることであった。私にもかつてこんな経験があった。

イギリス取材班が欧州の有名な多国籍企業がアフリカ某国の悪条件の地下300メートル鉱山で如何に不法労働を行い現地人から搾取しているか?をリポートした作品を放映した。翌日、有無を言わせず日本で1・2を争う一流弁護士事務所に呼ばれた。会議室に10人近い弁護士が並んでいる。当時弊社の大スポンサーがその鉱山の親会社だった。翌週滅多に出さないお詫び最上級コメントのテロップを番組の最後に入れた。当時でもテレビ局の最大の恥辱だった。

私が中国電視台経由で北朝鮮のVTRを10本極秘入手し、人民のマスゲーム・高層ホテル・平壌の街などを注意深く編集し日本で初めて放映した時には飯田橋の朝鮮総連のビルに2日間、拘束された。映像入手経路の調査だったが、番組ゲストが北朝鮮の生活の惨状を語ったのでさらに問題が大きくなった。妙な小部屋に隠しカメラが2台あった。ただVTRの編集が正確だったので、やがて放出してくれ、その後も続けて当番組の人気映像になった。

アメリカの奇妙なカルト宗教の一部始終を撮ったドキュメンタリーは好評だったが、何と日本にもその宗教の立派な支部・信者がおり、我々は日比谷の集会で大声で吊し上げられた。念書を書かされ、この宗教を二度と扱わない事を誓った。この後、四ツ谷の居酒屋でスタッフとビールを飲んだとき足がまだ震えていたのを覚えている。オウムの地下鉄サリン事件の前後だった。

しかし、当時はコンプライアンスという言葉もない時代、あらゆる困難を乗り越えて「タブー」に触れたとき、その味を知ったものは癖になるほどの勝利感を得ることができた。

しかし、3・11の東日本大震災は完全なるタブーだった。事故後数カ月後のある日、ソ連のチェルノブイリ原発に事故後始めて突入撮影したBBCが「事故から20年現場はどうなっているか?」という潜入取材を試みたドキュメンタリーが手に入った。有刺鉄線で囲まれた半径3キロの地帯は不気味に静かで不思議な事になっていた。動物達のヒエラルキー(階層組織)が完全に変わっていたのだ。番組によると放射能の影響ではなく有刺鉄線で囲まれた閉鎖空間である種のサバイバル闘争が起こったという。オオカミが地上の頂点、巨大なまずが河川における頂点。熊・犬・狐・カニ・小魚は消えてしまった。被災地で苦しんでいる被害者には申し訳ないが、或る程度期間をおけば放送可能と判断した。ところが、放送によって番組に傷がついたり、番組お取り壊しになることを恐れたスタッフによって密告され私の企みは阻止された。 ヨーロッパにはつい、5年位まで、イギリス・フランスでも地上波テレビに驚嘆すべき表現性があった。(いまはかなり厳しいらしい)例えば「カニバリズム~人間は人間を何故食べるのか?」というドキュメンタリーは、人が人を食う食人の習慣・歴史に始まり、中国での食人習慣、最後にはパリで食人行為を起こした佐川一政もインタビューで出て来て事件の詳細までしっかり学術的に描いている。これを21時位から流す。(この時間はもう大人の時間である。)この様な作品には当時ほとんどタブーがなかったのである。

言うまでも無く、ドキュメンタリーには2種類ある。「テレビ」と「映画」である。両者は似て非なるもの。「映画」は映画館で上映される程の映像・音響クオリティーをしっかり持っていいる。

有名なのはベトナム戦争を描いた「ハーツ・アンド・マインズ」(79)オウム真理教を描いた「A2」(2001)日本におけるイルカ漁を撮った「ザ・コーブ」(2009)日本の元日本兵・奥崎謙三がおぞましい過去を語る「ゆきゆきて神軍」(87)一匹の魚の流入から生活・経済の狂乱・グローバリズムの悪夢を語る「ダーウィンの悪夢」(2004)そして最近ではインドネシアにおける大虐殺の模様を独特な手法で描いた「アクト・オブ・キリング」(2014)等。

そしてこの「ドキュメンタリー映画」界にある旋風が巻き起こった。 あるドキュメンタリー映画がこの業界を変えてしまった。2002年に公開されたマイケル・ムアー監督「ボーリング・フォーコロンバイン」は米コロラド州のコロンバイン高校における高校生乱射という大事件を撮った映画だった。

二人の男子生徒が最新兵器を簡単に入手して、あっと言う間に13人を射殺した。アポなしで全米ライフル協会会長のチャールトン・ヘストンに「なぜ銃刀法を改正しないのか?」と迫る。まるでハードな「電波少年」の様だ。この作品が僅か、400万円の製作費で10数倍の興業収入を挙げる。ソニー、パナソニック・JVCのハンディ・ビデオカメラの性能が飛躍的に向上し、劇場上映の可能性が広がる。アメリカでのテレビの表現規制は一部のケーブルテレビを除いて非常に厳しい、こういった状況から表現に制限のない「ドキュメンタリー映画」に大勢のドキュメンタリストや若者・映画監督が群がる。サンダンス映画祭ドキュメンタリー部門なども活況を呈する。アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞の質も上がり作品が高額で取引される様になる。

しかし、半年前アメリカ在住の映画評論家の町山智弘氏に私が聞いたところ「あの、ドキュメンタリー映画バブルはその後、数年で消滅してしまったんです。マックのハンバーガーだけを1カ月3色食べ続ける『スーパーサイズミー』とかあの頃です。あまりにも、腕を伴っていない連中も金の為に参入して、映画館に客が集まらなくなった。小屋にかけられなくなった。今生き延びている連中はそれなりの実績と腕がある連中です。」

さあ、これからニコニコで「タブー満載」のアメリカ・ドキュメンタリー映画を放映または共同制作するぞと息巻いていた私はかなり失望した。

でも、最近こんな情報も入ってくる。アメリカでは地上波・ケーブル・ネットなどプラットフォームが激増したので、慢性的コンテンツ不足に陥っている。そこでドキュメンタリー映画に目を付けたのがタイム・ワーナーが所有する最大級のケーブルテレビ局HBOや新興のNetflixである。これらは地上波でないのでコード(表現規制)はない、ハリウッド製ドラマや映画放映権よりはるかに安いドキュメンタリー映画(テレビ)を買い付けたり、初期投資し始めたのだ。持ち込まれた企画に乗る場合もあるし、アカデミー賞受賞者にポンと40万ドル位渡して「好きなもの撮っていいよ」とか、5本連続契約を結ぶとか色々あるらしい。(いま、詳しく調査中なので少々お待ち下さい。)すでに完成している作品についてはNetflixが凄い値を付ける場合があるので、コンテンツを製作した側は今か今かと連絡を待っているらしい。これにより、他のプラットフォームはNetflixの返事待ちになり買い付けが出来ない状態が続いているそうである。この状態が日本にも飛び火してくるのか?まさに「Netflixは黒船である」とは良く言ったもので、日本のドキュメンタリー市場を価格も内容も無秩序な無茶苦茶な状態にしてくれなければ良いが。

先日「山形国際ドキュメンタリー祭」で6本の作品を見て来た。玉石混合だし映画館だから時間に合わせて行って、終了まで劇場を出る事が出来ない。

この映画祭、あまり商業的でなくドキュメンタリー映画を愛する人と製作者などが集って運営されているかなり真摯な映画祭である。興味深い作品もあった。

○中国人監督が描いた中国青年の変化と苦悩。反日・共産党・人民解放軍命の青年が目の前の現実に苦悩し、毛沢東と共産党に疑念を抱く様になる。中国の方がよく撮れたものだ。
○フランスの植民地インドシナ(ベトナム・ラオス・カンボジア)のフランス到来以前からのフィルムで見せる。平和~植民地~戦争への変化が恐ろしい。
○南部の元娼婦が、ストリートガールに説教し、話を聞き、矯正させる、まで。しかし、それは容易ではない。
○一人っ子政策のおかげで、中国の奥地の小学校の生徒が激減して、次々に廃校になっている。小学生は中学生になると都会へ出て行く。極貧の村に祖父母と両親が残される。どこか絶望感が漂う。

Netflixにはアクセス数が少なそうと言うことで絶対にかからない映画達。でもドキュメンタリー映画はその奥深さ、商業価値に留まらない可能性、報道されない山ほどの事実。この世界も一度、憑りつかれたら、大変な世界だとおもった。

また、「ニコニコ・ドキュメンタリー」の表現の幅と奥行きと問題提起能力をさらに上げるための課題ができた様な気がする。そして来月の末はオランダ・アムステルダムで世界最大のドキュメンタリー映画祭(IDFA)で世界各国のドキュメンタリストと交流を持って何がうまれるのか?日本のユーザーの「本当の事が知りたい。」にどれだけ答えられるかをさらに模索してゆきたい。

表現への規制・コンプライアンス強化が世界的に行われるなか、唯一自由なドキュメンタリー映画で彼らは何を指向して行くのか?また帰朝報告を致します。(了)

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