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TPPは産業構造が硬直化している日本に何をもたらすのか〜理論として「比較優位」原理は正しい、しかし現実はどうか?

 今回はTPPに関して、国際貿易のあり方について考えます。

 TPPは一言で言えば、域内で関税を限りなく取り払い出来うる限りの平等な自由貿易を行おうという経済連携であります。

 TPPを理解するために、まずはそもそも自由貿易は私たちにどのような利益をもたらすのか、経済学的に考えていきます。

 TPP推進派や自由貿易主義者達のバイブルのような経済原理があります。

 「比較優位」原理です。

 イギリスの経済学者デヴィッド・リカードが発見した、貿易の大原理であり、それ以来、国際貿易というのは世界の常識になりました。

 リカードはアダム・スミスの『国富論』に影響を受け、自由貿易を唱えました。2国間で貿易をすると、実は両方の国にとって非常にいいことがある、ということを発見したのです。

 以下、具体的な例示で「比較優位」の説明を試みますが、お時間のない読者は後段の「●まとめ」まで読み飛ばしてくださいませ。

 ・・・

 まず、A国とB国がそれぞれ労働者200人で、農作物と工業品を生産するとします。

 まず工業品について、A国は労働者100人で生産量が1500個、一方B国は、同じ労働者100人で生産量は600個です。

 全体の工業品の生産量は、合計2100個です。

 次に農作物ですが、A国は労働者100人で生産量が1000個、B国は労働者100人で生産量が900個です。

 全体の農作物の生産量は、合計1900個です。

 A国は、工業品も農作物もB国より絶対的に生産効率がよいですよね、これを「絶対優位」と言います。

 上記のように、生産力は工業品も農作物もA国のほうがB国よりも絶対的に優位ですが、相対的に見るとどうでしょうか。

 工業品はA国が1500個、B国が600個なので、B国はA国の4割の生産しかありません。一方、農作物はA国が1000個、B国が900個ですから、B国はA国の9割の生産を確保しています。

 このように相対的に見れば、B国はA国に対し、農作物生産のほうが優位だということがわかります。

 そこで、A国とB国がそれぞれ得意分野に専念して、それ以外のものは相手国から輸入しようと考えたとします。


 A国は200人の労働者のうち、生産性の高い工業品に180人、農作物に20人注ぎ込み、工業品2700個、農作物200個を生産できるようになりました。

 一方、B国は相対的に優位な農作物の生産に特化し、労働者200人全部を農作物の生産に注ぎ込み、農作物1800個を生産できるようになりました。A国とB国の生産量を合計は工業品2700個、農作物2000個となり、先ほどよりも工業品、農作物ともに全体の生産量が増えました。

 2カ国の計で、工業品は2100個から2700個と+600、農作物は1900個から2000個と+100増えたわけです。

 A国はどちらの生産量も絶対的に多いのだから、工業品も農作物も自国で生産して賄えばいいと一見すると思いますが、B国が相対的に優位なものの生産を行って、A国、B国それぞれが自国の得意とするものの生産に特化し、他は貿易によって賄うことで、より多くのものを得ることができる、全体の利益が高まるわけです。

 これが、自由貿易は双方にとって利益があるという経済理論、「比較優位」原理なのです。

 ・・・

 上記の例を図表を使ってもう少していねいにトレースしてみましょう。

 なお、A国、B国の工業品、農作物の国内需要はそれぞれすべて900個、生産余剰はすべて輸出に、生産不足はすべて輸入に頼るものとし、また工業品1個の価値=農作物1個の価値であると単純化しておきます。

 まず経済連携する前のA国です。

 工業品生産は100人で1500個、その国内需要は900個、農作物生産は100人で1000個、その国内需要は900個ですから図表で示せば以下のとおりです。

■図1:経済連携前のA国の状態

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 生産性に優れたA国は、単独でも工業品・農作物ともに生産余剰が有り合わせて700個輸出可能です。

 つまりA国の貿易収支は+700個と黒字が常態化しています。

 一方、経済連携する前のB国です。

 工業品生産は100人で600個、その国内需要は900個、農作物生産は100人で900個、その国内需要は900個ですから図表で示せば以下のとおりです。

■図2:経済連携前のB国の状態

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 生産性に劣るB国は、農作物ではなんとか国内需要ぎりぎりですが、工業品では国内需要に300個不足しています、工業品は輸入に頼らなければならない状態です。

 つまりB国の貿易収支は-300個と赤字が常態化しています。

 仮に経済連携前のA国とB国をひとつの経済共同体として合算するとこのようになります。

■図3:経済連携前のA国+B国の状態

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 さて、今A国とB国が経済連携をし、A国、B国それぞれが自国の得意とするものの生産に特化し、他は貿易によって賄うことで、より多くのものを得る体制にシフト致します。

 経済連携した後のA国です。

 工業品生産は180人で2700個、その国内需要は900個、農作物生産は20人で200個、その国内需要は900個ですから図表で示せば以下のとおりです。

■図4:経済連携後のA国の状態

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 工業品は+1700個の余剰、農作物は-700個の不足で、差し引けば1100個の輸出能力を持ちます。

 提携前の700個から400個も貿易収支がの黒字が増えます。

 次に経済連携した後のB国です。

 工業品生産は0人で0個、その国内需要は900個、農作物生産は200人で1800個、その国内需要は900個ですから図表で示せば以下のとおりです。

■図5:経済連携後のB国の状態

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 工業品は-900個の不足、農作物は+900個の余剰で、差し引けばプラマイゼロとなります。

 提携前の-300個の貿易赤字の常態化から改善されたことが見て取れます。

 経済連携後のA国とB国をひとつの経済共同体として合算するとこのようになります。

■図6:経済連携後のA国+B国の状態

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 経済共同体としての輸出能力は、経済連携前の400個から1100個と飛躍的に伸びていることがわかります。

 ・・・

●まとめ

 さて、このイギリスの経済学者デヴィッド・リカードが発見した「比較優位」原理ですが、上記のように2国(A国とB国)2財(工業品と農作物)のケースだけでなく、多国多財でも成り立つことが知られています、また、国家間だけでなく、地方公共団体及び企業や個人などのあらゆる経済主体においても同様なことが成り立つことが知られています。

 この理論は、上記A国のように多くの面で絶対優位にある国に限定されるわけではなく、あらゆる面で劣位にあるB国のような途上国にとっても同じことです。

 自由貿易のもとで、自国内でより得意なもの(比較優位)に特化すれば、最終的な富は増えることになります。

 理屈はそうなんです。

 がしかしです。

 さて現実のTPPでは何が起こりましょうか。

 例えば、経済学者の伊藤修氏は、リカードの比較生産費説は「原理として不滅の真理」とした上で、この原理が成り立つにはいくつかの前提条件が必要であり、どれかが欠けると「みんなの利益」にならなくなるとしています。

 伊藤氏はその留保条件として、以下を列挙しています。

・為替レートが適切な範囲内であること

・完全雇用の状態であること

・将来の優位産業を潰さないこと

・産業調整のコストがゼロであること

・外部効果(外部不経済)がないこと

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%94%E8%BC%83%E5%84%AA%E4%BD%8D

 「産業調整のコストがゼロであること」、つまり一概には言えないでしょうが、雇用の流動性が高く、柔軟に産業構造を転換できる国が有利に振る舞うことができます。

 日本は国際競争力の高い産業を多く有しているのでTPPによりメリットが大きい側に入るのは間違いないでしょう。

 しかし日本は産業調整のコストが極めて高い、すなわち産業構造が硬直化しており、雇用の流動性が低いわけです。

 だとすると、農業などの一次産業従事者や国際競争力のない比較劣位な産業従事者にとっては、TPPによる劇的環境変化は何をもたらすのでしょうか。

 日本の場合、理論どおりに比較劣位産業従事者が比較優位産業に転職できるとは考えづらいのです。

 TPPなどの自由貿易は、比較優位な産業には財を増やす機会になりましょうが、国際競争力を失った比較劣位な産業にとっては、財が蒸発しかねない、そのままでは生き残りをかけたサバイバル、産業そのものの存亡がゆらぐ地獄絵となるやもしれないわけです。

 TPP参加のメリットを認めた上でですが、政府はそのデメリットもしっかり見据えて可能な限りの対策を講じるべきでしょう。

 ただしその対策は、今までのような比較劣位な産業を単に保護をするだけの、金のバラマキ政策であってはなりません。

 比較劣位産業の国際競争力の向上をはかり、なおかつ産業調整のコストを限りなくゼロに近づけること、すなわち比較劣位産業従事者の行き場をしっかり確保すること、この点に関して、安倍政権には骨太の政策を示してほしいと考えます。


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