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ポルノの背徳感に憧れ元AV嬢という人生【2】 -対談:社会学者 鈴木涼美×田原総一朗 - 田原総一朗の「次代への遺言」

村上 敬=構成 宇佐美雅浩=撮影

高校時代は渋谷のブルセラショップに通い、慶応大学ではキャバクラ嬢とAV女優を経験。東京大学大学院修了後は日経新聞の記者に。流浪の社会学者が見つめる現代女性の価値観とは──。

日経記者では満足できなかった

【田原】鈴木さんご自身の話に戻りましょう。AVに出演しつつ、東大の大学院に進学しますね。これはどうして?

【鈴木】AV女優はそんなに長くできる仕事じゃないです。だから人生を生き抜いていくために、ほかにもいろいろ取っ掛かりが欲しいなと思って。

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社会学者 鈴木涼美氏の経歴

【田原】それで、どうして東大?

【鈴木】私、ブランド好きで(笑)。慶応も響きはいいんですけど、入っちゃうとまわりも慶応生ばかりだから普通になっちゃう。それならやっぱり東大かなと。

【田原】東大はどうでした?

【鈴木】東大の図書館は地下に続く階段が金属になっています。そこをハイヒールでカンカンカンと響かせながら降りるのが、なんだかとっても気持ちがよくて。やっぱり私は夜の世界だけで生きていくことはできないなと思いました。

【田原】あなた、東大もハイヒールなんだ(笑)。ところで、まわりの人たちは鈴木さんがAVに出ていることは知っていたのですか。

【鈴木】知ってる人もいました。ただ、知っていても言わなかったり、逆に私から告白すると、「大丈夫。知ってるから、何でもないよ」みたいな態度を取ってくれる人が多かったです。

【田原】東大生はやさしいね。

【鈴木】そうですね。でもやさしくしてくれるわりに、私はモテなかった。興味はあっても、奥さんにしたいとは思ってくれないみたいで。

【田原】AVをやめたのも、それが理由?

【鈴木】いや、やめたのは私の価格が暴落したからです。AV女優って、一通りのジャンルに出ると、もう売るものがなくなっちゃうんですよ。続けるとしたら、ものすごくハードなものに出るか、ギャラを下げるしかない。それならもういいかと。

【田原】それでAVをやめて、日経新聞に就職したと。

【鈴木】もともと1回ちゃんとした企業に勤めてみようとは考えていました。修士課程が終わるタイミングで夜の仕事も一区切りついたので、とりあえず入ってみたという感じです。

【田原】でも、5年で辞めちゃった。最初から、ある程度働いたら辞めるつもりだったのですか。

【鈴木】そういうわけじゃないんですけど、やっぱり1つのことだけをやるのは苦手だったみたい。本当は副業禁止でしたが、じつは記者になってからも昔働いていたお店に月1で出勤していたし(笑)。

【田原】『「AV女優」の社会学』を書いたのも、日経新聞時代ですね。

【鈴木】そうです。新聞社に勤めていると顔出しが難しく、取材はぜんぶお断りしていました。だんだんそういうことがわずらわしくなってきたことも会社を辞めた理由の一つです。次にエッセイ集『身体を売ったらサヨウナラ』を出したのですが、表紙にバーンと顔を出しました。

【田原】じゃあ、いまの職業は何?

【鈴木】フリーの文筆業かな。ただ、完全にフリーでこの世を生き抜くのは大変なので、何か足場はあったほうがいい。それで今春から東大に戻って博士課程に籍を置いています。

【田原】そうですか。僕は大学院に戻ってもおもしろくないんじゃないかと思うけど、どうですか。

【鈴木】自分のものの見方をもう少し広げたいんです。私は学部のときも修士のときもフィールドワークが好きで、理論のほうは本当に最低限のものしか勉強しませんでした。でも、それだと切り口が浅くなっちゃうんですよ。もちろん家で1人で勉強することもできると思いますが、私はそこまで意志が強くない。それなら大学に籍を置いて、「これを読め」と言われたほうが楽かなって。

自分の人生に付加価値をつけたい

【田原】ちなみにいまは博士課程でどんなことを研究しているのですか。

【鈴木】いま真面目に書こうとしているのは2つです。1つは、ホストにハマる女の人のこと。もう1つは、私たちが女子高生だったころのブルセラブーム。

【田原】少し前、キャバクラに勤めている18歳の女性がホストクラブで借金をつくって、金銭トラブルで生き埋めにされたという事件がありました。借金してまでホストクラブで遊ぶ気持ちって、鈴木さんわかる?

【鈴木】ホストクラブはものすごいケタのお金が動きます。お客の女の人は普通の世界とホストクラブを行き来しているから、考えられない額を借金してホストクラブに通うことになる。冷静に考えれば、そんなの20歳前後の普通の女のコが背負えるレベルじゃないとわかるのですが、ホストクラブは人を狂わせる場所だから本人たちは気づかない。というか、そもそも狂いたい女がいくところだから、まわりが説教したって無理です。

【田原】狂いたいときに遊びにいく場所ですか。鈴木さんも狂いたくなったりするの?

【鈴木】ありましたけど、ホストはもういいです。十分に狂って、痛い目に遭いました(笑)。

【田原】今後の話も聞きましょう。将来、大学の先生になりたいわけじゃないんだよね。将来は何やるの?

【鈴木】どうしましょう。とりあえず物を書く仕事はずっと続けていきたいです。ただ、それだけじゃおもしろくないので、自分の人生に何か付加価値をつけていきたいとは考えています。

【田原】夜の商売に戻る気はないんですか。

【鈴木】うーん、どうですかねえ。夜の世界は楽しいですけど、いま普通にホステスとか風俗店の一従業員として働くのはもう面倒かな。これまでと違う形で、夜の女性に発信する立場だったりとか、もしくは夜の女性向けに何か商品を売るといった選択はあるかもしれません。

【田原】いっそ自分でキャバクラを経営してみたらどう?

【鈴木】いやあ、無理っす。ホステス仲間の中には、「いつか自分の店を持つ」というコもいてかっこいいなと思うんですけど、私は経営センスがないから。わりと情に厚いところがあるので、シビアに判断できなくて失敗するのが目に見えてます。

【田原】そうか、情にほだされるタイプなのか。

【鈴木】それもあるし、自分でお店まで持てるコって、「ここでしか私は生きていけない」と思い込む強さがあるんですよね。私は逆に、「ここがダメなら、あっちがあるさ」という生き方をしてきて救われた部分が大きい。これからもきっとそういう生き方になるから、本気でお店をやりたいというコにはかなわないかも。

【田原】これから鈴木さんが何者になるのか、いろんな可能性があるということですね。次にあったときに鈴木さんが何をしてるのか、楽しみです。

田原さんへの質問:バッシングにはどう対処すればいい?

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【田原】僕は自分をいい加減な男だと思っています。だから批判されるのは当然で、嫌だと思わない。むしろバッシングされると、僕の話を聞き流さず熱心に耳を傾けてくれたのかと、ありがたくなります。

もちろん人間だから悪口を言われて凹むこともあります。そういうときは、1人で溜めこまないことが大事。まわりに「こんなことを言われたんだ」と発散していれば、そのうちに「こんなことを言われる僕はなかなかのものだよね」に変わってきて、気分も晴れてきます。

そもそも誰からも批判されない意見なんて、何も言ってないのと同じで価値がない。批判は自分の意見がシャープである証拠だと思って、胸を張ったほうがいいのです。

遺言:批判は勲章。胸を張れ!

田原総一朗
1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所入社。東京12チャンネル(現テレビ東京)を経て、77年よりフリーのジャーナリストに。若手起業家との対談を収録した『起業のリアル』(小社刊)ほか、『日本の戦争』など著書多数。

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