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- 2015年10月05日 13:12
“敵対”ではなく“包摂”こそが安倍流の党内リーダーシップ〜中北浩爾・一橋大教授に聞く(前編)
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安倍首相の無投票再選で幕を閉じた自民党総裁選。総裁選をめぐり、自民党内ではどのような意識が働き、安倍首相はどのように党内をコントロールしていたのだろうか。一橋大学教授で政治学を専門とする中北浩爾氏に話を聞いた。(取材・執筆:永田正行【BLOGOS編集部】)

安倍首相の無投票再選という事象は、「自民党内で考える幅が狭くなって来ていることの証左」なのでしょうか?
中北浩爾氏(以下、中北):まず、「無投票再選で自由が無くなった」「安倍独裁」といった批判は極端な意見だと思います。
もちろん、今回安倍さんが無投票で再選された背景には、野田陣営に対する切り崩しもあったでしょう。安倍政権のこれまでの成功の裏には、上からの強権があったことも否定はできません。ただ他方で、安倍さんは用意周到に様々な人を包摂している。そこが非常に重要な点だと思っています。
例えば、宏池会の動きを見ていても、名誉会長の古賀誠さんは野田聖子さんを支持したものの、現会長の岸田文雄さんは抑えに回りました。しかし、岸田さんが、「古賀に対抗して切り崩せ」と安倍さんに脅かされたのかといえば、そうではなくて、自発的にやったのだと考えられます。
何故なら、宏池会からは5人も閣僚が出ている。また、安倍さんと理念で相容れないリベラル色の強い谷垣さんも、最重要ポストの幹事長として処遇されている。こうした状況を見ると、単純に強権支配でみんな怯えて動けなくなっているというよりは、安倍さんが党内の多様性をしっかりと抱えていると捉えるのが自然です。つまり、“自発的な服従”なのです。
この点を見落とすと、「統制」「独裁」「ファシズム」といったような単純で極端な批判につながっていくわけですが、私は両面を見る必要があると思います。独裁的側面がまったくないとは言いません。しかし、その一方で安倍さんが党内の多様性を積極的に包摂しているという点をきちんと押さえる必要があります。
安倍首相の場合、基本的に敵を党外に設定してきました。具体的には、最大野党である民主党と、それを支えている労働組合、とりわけ日教組や自治労です。朝日新聞や毎日新聞、沖縄の2紙といった一部のメディアも、それに該当するでしょう。このように敵を党外に設定する一方で、自分とは相いれない党内のリベラル勢力や連立与党の公明党を抱え込んできたのです。これは、集団的自衛権について、「限定容認」という形で公明党に対して譲歩したことからもうかがわれます。
党外との戦いを重視して、党内の潜在的な対抗勢力を取り込んできたからこそ、まとまっている。そういう意味で、安倍さんは政党政治において“普通”のことをやっているともいえます。党内がバラバラになるのではなくて、一定の主義主張のもとで結束していくということ自体は否定されるべきことではありません。民主党に政権を奪われた反省に基づいて、「自民党の理念をしっかり固めましょう」「そのもとで結束しましょう」という一連の動きは、それ自体おかしなことではないと思います。
―では、「自民党内からかつての多様性が失われている」という類の批判は的外れだと?
中北:そうではありません。最近の自民党は「理念を固めて結束する」という傾向が行き過ぎていると思います。内部がガタガタになり、そうした弱みを突かれた結果、2009年の総選挙で民主党に大勝を許し、政権から転落しました。それについての深刻な反省があるため、外部と戦う時に、あまり内部対立をさらけ出さないようにしようという意識が党内で非常に強くなっています。安倍さん自身にもそういう思いがあるから、党内の勢力をみんな抱え込んでいる。安倍さんがコントロールして、「一方的に服従せよ」と怯えさせて切り崩しているだけではなく、自民党全体に内部対立を避けようという空気がやや過剰に存在しています。
自民党ぐらい大きな政党になると、内部にはそれなりの多様性が存在します。また、国政選挙で掲げた政策も、具体的な内容をすべて書き込んでいるわけではない。様々な政策がある中で優先順位をどうするか、いつ行うのかといった問題もあります。「女性の活躍推進」というテーマ一つとってみても、野田聖子さん的にやるのか、安倍さん的にやるのかで、色々と違ってくるでしょう。また、今回の安保法案で批判されたような議論の進め方についても、誰が総裁になるかによって違いは出てくると思います。
つまり、自民党というまとまりの中でも、相当程度に幅があり、どの政策にウエイトを置き、どう具体化していくかといった争いはあるはずです。共通の土俵の中で競い合い、最終的に選ばれた人のラインで結束していきましょうというのが、総裁選挙のプロセスです。それすら行われなかったということは、自民党が過剰に固まりすぎていることを端的に示していると思います。
仮に野田聖子さんが立候補していたとしても、自民党の枠内ですから、安保法案への賛否というほどの大きな対立になるわけではありません。ただ、一定の幅の中でも意見を戦わせることは有益です。今年の1月の民主党代表選の時も、岡田克也さん、細野豪志さん、長妻昭さんの3人が立候補して、路線対立が顕在化しましたが、最終的には「安易な野党再編をやめましょう」という流れに収斂していきました。
つまり、総裁選というのは、分裂と再統合という一種の回生のプロセスなんです。党員参加による総裁選は、有権者からみて一つの民主主義の回路ですし、党にとっては支持基盤を固める絶好の機会でもあります。私はそういった意味で、自民党の総裁選挙は、やってしかるべきだったと思います。それをしなかった背景には、民主党に政権を奪われたことへの反省から、党全体が過剰にまとまろうとしているという状況があるのではないでしょうか。

AP 写真一覧
内部対立を恐れる自民党の“2009年のトラウマ”
-9月に行われた自民党総裁選で安倍首相の続投が決まりました。このことに対し、「自民党に多様性が無くなって来ている」という批判、より過激なものになると「自民党内では独裁が進んでいる」「安倍はファシスト」という声が一部であります。安倍首相の無投票再選という事象は、「自民党内で考える幅が狭くなって来ていることの証左」なのでしょうか?
中北浩爾氏(以下、中北):まず、「無投票再選で自由が無くなった」「安倍独裁」といった批判は極端な意見だと思います。
もちろん、今回安倍さんが無投票で再選された背景には、野田陣営に対する切り崩しもあったでしょう。安倍政権のこれまでの成功の裏には、上からの強権があったことも否定はできません。ただ他方で、安倍さんは用意周到に様々な人を包摂している。そこが非常に重要な点だと思っています。
例えば、宏池会の動きを見ていても、名誉会長の古賀誠さんは野田聖子さんを支持したものの、現会長の岸田文雄さんは抑えに回りました。しかし、岸田さんが、「古賀に対抗して切り崩せ」と安倍さんに脅かされたのかといえば、そうではなくて、自発的にやったのだと考えられます。
何故なら、宏池会からは5人も閣僚が出ている。また、安倍さんと理念で相容れないリベラル色の強い谷垣さんも、最重要ポストの幹事長として処遇されている。こうした状況を見ると、単純に強権支配でみんな怯えて動けなくなっているというよりは、安倍さんが党内の多様性をしっかりと抱えていると捉えるのが自然です。つまり、“自発的な服従”なのです。
この点を見落とすと、「統制」「独裁」「ファシズム」といったような単純で極端な批判につながっていくわけですが、私は両面を見る必要があると思います。独裁的側面がまったくないとは言いません。しかし、その一方で安倍さんが党内の多様性を積極的に包摂しているという点をきちんと押さえる必要があります。
安倍首相の場合、基本的に敵を党外に設定してきました。具体的には、最大野党である民主党と、それを支えている労働組合、とりわけ日教組や自治労です。朝日新聞や毎日新聞、沖縄の2紙といった一部のメディアも、それに該当するでしょう。このように敵を党外に設定する一方で、自分とは相いれない党内のリベラル勢力や連立与党の公明党を抱え込んできたのです。これは、集団的自衛権について、「限定容認」という形で公明党に対して譲歩したことからもうかがわれます。
党外との戦いを重視して、党内の潜在的な対抗勢力を取り込んできたからこそ、まとまっている。そういう意味で、安倍さんは政党政治において“普通”のことをやっているともいえます。党内がバラバラになるのではなくて、一定の主義主張のもとで結束していくということ自体は否定されるべきことではありません。民主党に政権を奪われた反省に基づいて、「自民党の理念をしっかり固めましょう」「そのもとで結束しましょう」という一連の動きは、それ自体おかしなことではないと思います。
―では、「自民党内からかつての多様性が失われている」という類の批判は的外れだと?
中北:そうではありません。最近の自民党は「理念を固めて結束する」という傾向が行き過ぎていると思います。内部がガタガタになり、そうした弱みを突かれた結果、2009年の総選挙で民主党に大勝を許し、政権から転落しました。それについての深刻な反省があるため、外部と戦う時に、あまり内部対立をさらけ出さないようにしようという意識が党内で非常に強くなっています。安倍さん自身にもそういう思いがあるから、党内の勢力をみんな抱え込んでいる。安倍さんがコントロールして、「一方的に服従せよ」と怯えさせて切り崩しているだけではなく、自民党全体に内部対立を避けようという空気がやや過剰に存在しています。
自民党ぐらい大きな政党になると、内部にはそれなりの多様性が存在します。また、国政選挙で掲げた政策も、具体的な内容をすべて書き込んでいるわけではない。様々な政策がある中で優先順位をどうするか、いつ行うのかといった問題もあります。「女性の活躍推進」というテーマ一つとってみても、野田聖子さん的にやるのか、安倍さん的にやるのかで、色々と違ってくるでしょう。また、今回の安保法案で批判されたような議論の進め方についても、誰が総裁になるかによって違いは出てくると思います。
つまり、自民党というまとまりの中でも、相当程度に幅があり、どの政策にウエイトを置き、どう具体化していくかといった争いはあるはずです。共通の土俵の中で競い合い、最終的に選ばれた人のラインで結束していきましょうというのが、総裁選挙のプロセスです。それすら行われなかったということは、自民党が過剰に固まりすぎていることを端的に示していると思います。
仮に野田聖子さんが立候補していたとしても、自民党の枠内ですから、安保法案への賛否というほどの大きな対立になるわけではありません。ただ、一定の幅の中でも意見を戦わせることは有益です。今年の1月の民主党代表選の時も、岡田克也さん、細野豪志さん、長妻昭さんの3人が立候補して、路線対立が顕在化しましたが、最終的には「安易な野党再編をやめましょう」という流れに収斂していきました。
つまり、総裁選というのは、分裂と再統合という一種の回生のプロセスなんです。党員参加による総裁選は、有権者からみて一つの民主主義の回路ですし、党にとっては支持基盤を固める絶好の機会でもあります。私はそういった意味で、自民党の総裁選挙は、やってしかるべきだったと思います。それをしなかった背景には、民主党に政権を奪われたことへの反省から、党全体が過剰にまとまろうとしているという状況があるのではないでしょうか。



