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ナチスのボランティア促進策

今年は戦後70年や安保問題のためであろうか。NHKの「映像の世紀」刷新版など、第1次世界大戦から第2次世界大戦に関連した著書や映像についつい目がゆく。そして、それらを見るたびに、自分の勉強不足を恥じることになる。いい年になって、近代史を学び直しているところだ。

 そのような中、ナチスに関する斬新な著書に出会った。池田浩士著『ヴァイマル憲法とヒトラー』岩波現代全書である。著書名は、他のナチス関関連著書と同じようなものだが、その内容は一般的なナチスの著書と異なる。それは、ナチスが進めたボランティア策を描写したものだからだ。読み進めるうちに、ショックと探求の気持ちが複雑に湧き上がってきた。ボランティアやNPOなど市民社会の善の部分に目を向けた研究に従事してきた者としては、戸惑うことばかりで、だからこそ知りたいという衝動に駆られたのだ。そのような時、インターネットで、池田氏の講義があることを知った。シビルという立川の市民団体が開催する市民講座であった。小さなビルの4Fの会場には立ち見が出るほど多くの人が参加していた。

1. ナチスのボランティア政策とは ~池田氏の講義から~

 池田氏の講義は、ドイツ近代史におけるボランティアの歴史と「労働」概念の説明から始まり、次第にナチスのボランティア策の核心部分へと進んだ。

(1)19世紀のドイツボランティア活動
 ドイツ近代史においてボランティアが登場したのは、19世紀末の工業化が進んだ時代である。英国の産業革命がドイツに入り、農村から都会へと人口流出する中で、自然回帰運動がおこった。そのひとつとして誕生したのが青年層を中心としたボランティア活動で、ワンダーフォーゲル(1986年)やボーイスカウト・ドイツ支部(1911年)の結成はその代表例である。彼らの活動は、主として農村部でのボランティア活動であった。

 ところで、当時、労働には大きく2つの意味があった。ひとつは肉体労働、もうひとつは知的労働である。この時代の労働は肉体労働が主たるもので、知的労働に従事する者は一部の上流階級、知識層に属する者であった。つまり、労働の内容が身分格差と連動していたのである。そして、ボランティアによる労働奉仕とは、肉体労働をさすものだった。

(2)失業対策としてのボランティア(労働奉仕活動)~ヴァイマル政府~
  第1次大戦後、不況と敗戦で失業者があふれ、退役軍人が行き場を失った頃、ヴァイマル政府は労働奉宿営舎(1916年)を施行した。これは、失業者が労働奉仕に従事することでチップ程度の対価を受け取るというもので、国内の諸団体対応した。そして、世界大恐慌後、失業問題が深刻化する中で、政府は「自発的労働奉仕」を制度化し、失業者以外も参加できるようにした。政府がこうした施策を打った背景には、ヴァイマル憲法がある。そこには、全ての人々が失業時に手当てが施されることが明記されており政府は失業手当てに国家予算の5割以上を投じなければならなくなっていた。「自発的労働奉仕」は苦肉の策であったのだろう。

 また、同時期にプロイセン地方を中心に、アルタム同盟という農村支援を目的としたボランティア活動が展開されていた。アルタム同盟に参加する青年たちは、いずれも自発的で、社会貢献意識の高い者たちであった。プロイセンはドイツにとって重要な食糧供給地域であったが、同時に、ポーランド、ソ連に近接する地域でもあった。その意味で政府にとって、食糧自給と国境の国防という重要課題を抱える地域だった。

(3)ナチ党は政権を掌握する前からボランティア策に熱心だった
 一方、ナチ党は、1933年に政権を掌握する以前より、ボランティア活動に熱心だった。ヴァイマル政府のボランティア策には批判的で、独自のボランティア構想を練っていた。自発的労働奉仕制度によって失業者以外の参加が認められるようになるとナチ党は積極的に参加し、最大の参加団体になっていった。

 そして、1931年には、ナチ党独自のボランティア指導者講習会を開始する。翌年には、ボランティアの宿泊施設として労働奉宿営舎の建設・運営を始め、全国に展開していった。

 ナチは、政権掌握後、2年半は、ヴァイマル政府の「自発的労働奉仕」制ををそのまま継続し、着々とボランティア人口を増やしていった。そして、1935年に「帝国労働奉仕法」を制定する。同年に兵役が義務化されたが、兵役に行く前の満19歳までに、6か月間の労働奉仕を義務付けるものであった。また、翌年には女子も労働奉仕に参加できることなった。この制度によって、任意のボランティアが、義務化された奉仕活動へと転じてゆくことになる。

(4)ナチ政府の狙い
 奉仕活動の内容をみると、男子は、農業用地拡大のための農業用水るの建設・改修、湿地の土地改良工事、海岸の堤防構築、農業用水路の建設、そしてアウトバーン(帝国自動車専用道)の建設、オリンピック・スタジアムの建設に従事した。また、仏軍の侵入を防ぐための西武防御壁の建設にも従事した。女子は、農家の主婦の手伝いが主なもので、家事や子守、家畜の世話などの仕事に従事した。

 また、ヒトラーは募金活動にも熱心だった。10月1日から3月31日の間、失業者のための募金活動期間として、学校や職場で募金活動を行った。また、「一鍋日曜日」といって、1か月に1日、メインディッシュを辞めて雑炊を食べる日を定めたが、家庭だけでなく、レストランも同じことが求められた。この活動によって節約された食費は寄付に回すよう勧められた。集められた募金額は大きなものであったが、その金を防衛費などに回すことはせず、失業者対策に投じられたらしい。ただし、社会保障費がこれによって節減されることになるから、間接的には防衛費に投じる国費の確保につながったのではないかと、池田氏は述べている。

 義務化されたボランティアは、もはやボランタリー(自由意思)ではないので、本来、その意味を成さなくなる。だが、池田氏によれば、ボランティアたちは、他者や社会のためになることに喜びを感じていた人々が多かったという。ボランティアの写真は、いずれも笑顔の少年、少女たちばかりだ。ナチスのプロガンダを否めないだろうが、自由を奪われ、苦痛を感じている人々の表情には見えなかった。

 では、何がナチ政府の狙いだったのだろうか。池田氏は3つ挙げている。第1に、差別をなくすことだ。前述のように、労働には肉体的な労働と知的労働の2つがあり、それが身分的な差別と直結していた。ナチスは労働奉仕を万人に課すことによって、平等感を醸成しようとした。例えば、ナチスは、1933年に大学生の労働奉仕を義務化している。これは知的エリートに肉体労働を課せることになり、労働者層など多くの国民から共感を得やすかった。

 第2に、共同体精神の醸成であり、他者のために奉仕することで、ヒトラーが描いた民族共同体への帰属意識を高めようとした。しかも、それは抑圧や恐怖による強制ではなく、人々の自発性や社会性に訴えたところにその特徴がある。

 第3は、ナチスの隠された目的で、ナチスの国民社会主義を教育することである。帝国労働奉仕制度の下、人々は労働奉宿営舎に宿泊しながら奉仕活動を行ったが、その日課には、政治や歴史の講義も組み込まれていた。ここで、ナチ政府流の歴史や政治が教えられたのである。当時の教育制度に鑑みれば、政治や歴史を学ぶ初めての機会であった人々は少なくない。

2. 現代政府のボランティア政策とナチスのそれは異なるのか、同じなのか

 この講義を聴いて(いや、聴講前から)、大きな疑問が浮かんだ。現代の先進国でもボランティアやNPO政策が進められている。例えば、英国政府のBig Society、日本の民主党政権時の「新しい公共」である。安倍政権からはあまり聞こえてこないが、新たに打ち出された「1億総活躍」ではボランティアについて言及されるかもしれない。これらの政策で掲げられているスローガンは概ね共通したもので、絆、連帯、共同、公共心である。

 そして、それはナチ政府が掲げたボランティア政策のスローガンとも同じである。ナチのそれは制度的に義務化されてはいるが、当初ナチ党が掲げたボランティア策は、人々の自発性と社会性を求める心に訴えるものだった。そのように考えると、現代政府のボランティア政策とナチのそれとは真に異質なものなのか、あるいはグラデーションでつながっているものなのか、わからなくなったのだ。

 池田氏に、ストレートにこの疑問を投じてみたが、氏は真摯に答えた。「まさにそれこそが私がこの研究をしようと思った疑問です。私は英国や日本政府のボランティア政策を知らないのでそれを語る力はありません。しかし、自由意思によって他者や社会のために役立ちたいという人間の本質的な部分を国家によって組織化することに危険性が孕んでいることを示唆していると思います。」

 私は、新たな課題をつきつけられたような気がした。

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