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奨学金の大いなる矛盾が露呈する議論

マイナンバー制度の活用策として、年収に応じた奨学金の返還制度が検討されているそうだ。

その趣旨や良しと思うのだが、しかし奨学金制度の大いなる矛盾が明るみに出る議論でもある。

奨学金の返済 年収に応じた新制度を検討

2日の会議で文部科学省は、来年1月から運用が始まるマイナンバー制度を利用して年収を把握し、年収に応じて年間の返済額が変わる新たな制度の検討を求めました。委員からは、「同じ年収でも独身か扶養家族がいるかによって返済の負担感は違うので、世帯構成にも配慮する必要がある」という指摘や、「一生、返済を猶予するケースが出てきてもよいのか、全体の公平性も考えなければいけない」といった意見が出ていました。会議では来年3月までに新たな制度の在り方をまとめることにしています。

大いなる矛盾というのは、奨学金をもらって(いろいろな意味で)立派な社会人となり、経済的にも(ある程度)成功をおさめると、奨学金返済の負担から逃れることはできない一方で、奨学金をもらって学校に行っても経済的に成功できないと、上記のような制度が導入されると、かえって経済的にはメリットが生じてしまう。

こういう制度だと、経済学者の皆さんからは、奨学金をもらって一生懸命勉強することのインセンティブが失われるのではないかという批判が出てきそうである。

そして、従来からの奨学金制度には、むしろ奨学金をもらって学業や就職に成功をおさめると、その返還が免除されるという形で、インセンティブを増やすような設計がされてきたのである。

これは例えば成績優秀者には奨学金免除枠を用意するといった形で普遍的に見られるし、かつての育英会奨学金では教員になれば免除されるという、免除職の仕組みがあった。現在はこうした免除職というのはなくなったようで、これはつまり育英会時代とは異なり学生支援機構の奨学金の制度目的から一定の職業人養成という目標がなくなったということを意味するのであろう。

社会福祉的には、必要に応じて奨学金が給付され、かつ裕福さに応じて返還をするというのがよい。

しかし、それはいかにも社会主義的であって、自由主義的ではない。

そもそも論を言うなら、奨学金は給付するのが原則であり、その財源には奨学金を得たかどうかにかかわらず、経済的成功をおさめた人々の積極的自発的な拠出が充てられるというのが最も理想的だが、そのためには寄付文化が必要条件となる。

そう考えてくると、あの成功しすぎたとすら言えるふるさと納税制度にヒントを得て、特定の大学の少額財団に寄付すると、その大学の先生たちが出している一般向け書籍がもらえるという特典があり、他方でその寄付額は所得税からの税額控除とするというのはどうだろうか? 

もちろん税額控除による減収分は文科省の予算を削減することで賄えば、誰も文句はあるまい。というか、公益認定された法人への寄付が税額控除される制度は現在あるので、それを奨学金に応用すれば良いのである。

問題は、ふるさと納税に匹敵するような魅力ある特典を大学が用意できるかというところにあるのは言うまでもないが。

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