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「就活時期の繰り下げ」はなぜ失敗したのか

答える人=千葉商科大学国際教養学部 専任講師 常見陽平

「就活」の歴史とは時期論争の歴史

予想どおり、混乱してしまった。「就活(就職活動)」の長期化を是正するため、経団連は今年から選考開始を4カ月繰り下げ、「選考は8月から」という「指針」を出した。ところがその「指針」を破る企業が相次ぎ、実質的な就活は短くなるどころか、より長期化してしまった。

この「就活時期の繰り下げ」は安倍政権が2013年4月から447の経済団体に呼びかけて始まった[※1]。前年度までの就活は、事実上、大学3年生の12月から始まるため、大学生は勉強に専念できる時間が短くなっていた。就活のため海外留学を諦める学生が多いというのも理由だ。

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開始が遅れた2016年卒の「内定率」が急上昇中!

しかし、蓋をあけてみると、9月1日の時点で内定を持っている学生が78.1%(リクルートキャリア調べ)と、多くの企業がフライングを行っていることが明らかになった[※2]

こうした混乱を受けて、経団連の榊原定征会長は9月7日の会見で「会員企業への実態調査を行ったうえで、必要があれば、問題点について改善すべきは改善していきたい」と話し、「就活は8月から」という新指針を見直す可能性を示唆した。

ルール違反が横行したわけだが、見方を変えるとこれは政府や経済団体からの押し付けに対する企業の反乱だともいえる。企業にとってはルールを守るよりも、ルールを破ってフライングするほうが合理的なのだ。

そもそも日本の就活の歴史とは、時期論争の歴史である。初めて就活の時期に関する申し合わせができたのは1928年にできた「六社協定」だ。簡単に言うと「就活時期が早過ぎるから卒業後に就活を」という取り決めだったのだが、最終的に守る企業が6社しかなかったので、こう呼ばれるようになった。その後、戦後すぐに政府も関わるかたちで「就職協定」がうまれたが、途中、経済団体が「野放し宣言」をするなど、やはりフライングが相次ぎ、守られなかった。最終的には1997年に日本経営者団体連盟の根本二郎会長(当時)が「就職協定」の廃止を決め、代わりにガイドラインとしての「倫理憲章」を定めた。ただ、これにも強制力はなく、約1300社の加盟企業のうち、末期では賛同企業は6割程度に過ぎなかった。

今回の経団連の「指針」は、すべての加盟企業が対象になっているが、解釈・運用は各企業に任されており、やはり強制力をもつものではなかった。もっとも罰則などを設けても、効果は薄いだろう。今回、8月以前の面接を「面談」と言い換える企業が相次いだように、抜け道はいくらでもある。そもそも、採用活動は企業活動の一部であり、法律などで過度に規制するべきものではない。

この問題で重要なことは、現実に即した「本音」で議論することだろう。「タテマエ」での議論の特徴は、因果関係が明確ではないことだ。就活の時期が遅くなれば、学生は勉強する、留学するというのは、どういう根拠があるのだろうか。因果関係がありそうだが、決定的ではない。

前者については、単位認定に対する大学側の姿勢も深く関係している。たとえば私立文系では大学3年次までに卒業に必要な単位の大半を取ることができる。就活を終えた大学4年生は、ゼミに少し通う程度で、大学に来る機会も少なくなるのが実態だろう。はたして大学教育はそれでいいのだろうか。

後者については、以前から大企業では留学生などを対象に「夏採用」の日程を用意している。以前、上位から中堅クラスの大学でヒアリングを行ったことがあるが、留学経験者が就活で困っているという事例は聞かれなかった。むしろ企業が留学経験を高く評価し、就活自体もスムーズに済んだというケースも多かった。

「新卒一括採用」への批判は的外れ

今回の「就活時期の繰り下げ」は多数の混乱を招き、企業や学生は大きな負担を強いられた。この経験を無駄にするべきではないだろう。私なりに整理すると、大きく次の3つの点では評価できる点もあった。

1つ目は「採用手法の多様化」だ。この20年ほどで就活では「マイナビ」「リクナビ」などの就職ナビが広く普及した。この結果、だれでも一括して複数の企業に応募できるようになった。その半面、採用側は学歴による選別などを水面下で行うようになった。今回、経団連の指針にあわせて就職ナビの開始時期も繰り下げられたため、企業は就職ナビ以外での接触を探るようになり、学生も企業の雰囲気を知る機会が増えたようだ。「就職ナビ依存型」の採用が是正されることを期待している。

2つ目は、「ワークルールへの関心の向上」である。今年は企業が内定を出した学生に就職活動を終えるよう迫る「就活終われハラスメント(オワハラ)」が急増した。このため他社の内定辞退を強要するような悪質企業は、学生間で情報共有が進んだほか、企業名を名指しして注意喚起を行う大学もあった。「オワハラ」問題は、ワークルールを歪める問題企業を炙り出した側面もある。

3つ目は「時期に関するルールは破られることが証明された」という点である。論じてきた通り、時期だけの議論では問題は解決しない。

では望ましい就活とはどのようなものなのだろうか。よく「新卒一括採用」が批判の槍玉に挙げられるが、これは的外れだ。「新卒一括採用」とは、企業側がリスクを負って、未完成の若者の可能性にかける行為である。また応募側としては、特別の職務経験がなくても採用の可能性がある。

「多様性を阻害している」との批判もあるが、むしろ経験者採用のほうが画一的な採用に陥りがちだ。一時期に多数の人材を採るからこそ、「同期」のなかで多様性が生まれる。新卒一括採用という仕組みによって、企業はリスクを払って多様な人材を味わおうとしているのだ。

ただし学生、大学、企業は、それぞれ課題も抱えている。本音で指摘してみたい。

学生は、「就職ナビ」に頼り、人気企業に一括応募することで、企業選びが雑になっている。企業社会を理解するため、1~2年生のうちにインターンシップに取り組んでほしい。学生があいまいなイメージに騙されず、業界・企業を理解し、納得のいく最初の一歩を踏み出すことが大事なポイントである。

大学は、学生を勉強に専念させたいのであれば、学生の負担を減らすために就職先の紹介・斡旋などに積極的に取り組むべきである。真っ当な単位認定が行われ、しっかりした力をもつ学生が輩出される実績があれば、企業はその大学を信用する。

最近では多くの企業が「ターゲット校」を設定し、重点的にアプローチする大学を選んでいる。「信用」の有無で、大学間の格差が開きつつある。

企業は、「オワハラ」などのルール違反を繰り返してはならない。早い時期から内定者を確保したいのであれば、リスクをとって大学1~2年生に内定を出せばいい。日本の判例では、企業による「内定取り消し」は重い責任を問われるが、学生による「内定辞退」は比較的自由だ。強い言葉で脅すのではなく、納得して入社してもらえるように自社の魅力を伝える努力をするべきだろう。

思うに、今回の「就活時期の繰り下げ」が混乱した原因は、タテマエの議論の連鎖だったからだ。こういう時こそ本音の議論が大切だ。企業も大学も学生も、タテマエを捨てて議論すべし。就活を嫌いになっても、新卒一括採用を嫌いにならないでください。いやあ、新卒一括採用って本当に素晴らしいものですね。

※1:安倍晋三首相は2013年4月、首相官邸で、経団連の米倉弘昌会長、経済同友会の長谷川閑史代表幹事、日本商工会議所の岡村正会頭(いずれも当時)と会談し、大学生の就活解禁を2016年卒から3カ月遅らせるように要請した。
※2:リクルートキャリア 就職みらい研究所が9月11日に発表した「就職内定状況(2016年卒、速報版)」による。集計対象は、モニター登録をした2016年卒業予定の男女6965人(大学生5823人/大学院生1142人)のうち、大学生 929人/大学院生385人。

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